オンラインショップ への注文は、携帯電話に転送される。ふだんは決してしないことだが、昨夜は枕元に携帯電話を置いて寝た。夜中1時30分ごろに、メイルの着信音が暗闇に響いた。注文が入ったしるしだ。
やはり枕元に、携帯電話は置けない。
目を覚ますと4時だった。起床し、事務室へ降りる。
メイラーを回すと、オンラインショップからの注文が4件、入ってきた。昨夜、僕を驚かせたものについては、送り先の書き込みがない 「カラ注文」 だった。よくあることだ。
諸方にeメイルを20数通、書く。
朝飯は、ソーセージとピーマンの炒めた物、刻みオクラのカツオブシかけ、キュウリとカブのぬか漬け、塩らっきょう、メシ、タマネギと豚肉の味噌汁。
午後、労働基準監督署の監督官が来る。工場内を巡回する。諸書類を調べる。特に変わったこともなく、30分ほどにて帰る。
終業後は、現場社員のアオキフミオさん、フクダナオブミさん、マキシマトモカズ君の、社内マイツール教室を行う。
アオキさんとフクダさんは、既にマイツールの使い方を知っている。自分で課題を見つけ、それに取り組んでいる。
マキシマ君は、今日はじめてマイツールを経験する。A4の紙で17ペイジの、僕の手製の教科書に沿って、指導を始める。マキシマ君のマシンは、自身で持ち込んだBIBLOだ。
夜8時すぎに、とりあえず今日のカリキュラムは修了する。
9時に自宅へ戻る。「勘三郎の天気」 を読みながら ジョニーウォーカーを生で飲む。
10時に就寝する。
知り合いが数人、日光へ遊びに来るという。昼飯には湯波が食べたいという。anne@家内と日光へ、偵察に出かける。
東照宮にほど近い 石畳 を歩き、尭心亭 へおもむく。
止せばよいのに 3種の先付け にて飲酒を始める。お酒は天鷹酒造の天鷹。
生湯波、揚げ湯波、豆腐の蒲焼き、冬瓜と蕎麦の実と小豆の炊き物。
天ぷら、筍ご飯、お吸い物、漬物。お菓子。
知り合いの昼食場所は、ここに決める。
日光の街の入り口にある "cafe cielo" へ行く。若い女の人がひとりで経営をしている、小さな喫茶店だ。
机、椅子、壁、床 を眺めているだけで楽しい。
本棚 には、景山民夫、村上龍、村上春樹、辻仁成、吉本ばなな、アーウィン・ショーなど。モンキーパンチの 「ルパン三世」 も混じる。
「愛と幻想のファシズム、面白いよね」
「面白いです! 鈴原冬二、カッコイイですよね!」
「うん、あのときの村上龍、文章、下手だけどね」
「・・・・」
僕は、こうして人間関係をしくじることが多い。
店主が作った器にて、イタリアンコーフィー を2杯、飲む。
夕刻、女子社員を集めて交流会をするanne@家内は、しその実のたまり漬、シイタケのたまり漬を混ぜ込んだおにぎり、らっきょうのたまり漬のフライ、にんにくのたまり漬としょうがのたまり漬をソースに用いた白片肉 などを作った。
僕は夜7時30分より、本酒会 へ行く。傘を必要としないほどの雨が降っていた。
9時すぎに本酒会より戻り、10時に就寝する。
東京大学のイチョウ が濃く繁っている。
20歳のころから、この初夏のイチョウを見るたびに 「瞬く間に葉を大きくするイチョウにくらべ、自分の進歩の無さは、恥ずかしいばかりだ」 と、思ってきた。そして、いまでもその思いは変わらない。
昨夜の就寝時間がひびき、甘木庵から自宅へ朝帰りをする際に使う、7時30分発のスペーシアには、乗れなかった。隅田川の鉄橋 を渡りながら、東京湾方面を望む。
10時すこし前に帰社。
「送り先が多い」 「送り先ごとに、送付する商品が複雑に入り組んでいる」 「ご高齢のため、文字が書きづらい」 など特別なお得意様に、過去のギフト送付先をプリントして、投函する。
夕食は、次男@5歳が1週間に数度もリクエストをする 豚シャブだ。インチキ鶏ガラスープとインチキ鰹だしによる鍋に、ホウレンソウと豚肉を投入する。
anne@家内と次男はこれを、ポン酢にて食べる。僕は豆板醤を用いるが、今回は自由学園の先輩ムラセフトハルさんにいただいた 「島とうがらし」 を、調味料にした。
目覚めてからベッドの上でしばらくじっとしている。以前は4月になると、疲れから夜中に唸ることがあった。今年は5月の声を聞いてから、なぜか朝にだるさを覚える。
着替えを持って居間へ移り、時計を見ると、午前3時30分だった。
朝飯は、納豆、ナスの炒め、トマトとレタスのサラダ、ゴマ豆腐、キュウリとカブのぬか漬け、メシ、ワカメとタマネギとジャガイモの味噌汁。
午後4時3分発の東武日光線スペーシアに乗る。6時10分に大井町へ至る。構内に 成城石井 が出ている。成城石井はここ数年、破竹の勢いで店舗を増やしている。
三菱鉛筆はす向かいの和歌山ラーメン 「のりや」 にて飲酒をしようとしたが、急きょ、成城石井にて晩飯を調達することにする。店内をひとまわりし、店員にワインの所在を訊くと、ここでは酒の販売はしていないと言う。時すでに遅し。
地域性を考え、商品を絞り込んでいるのだろう。
IT研究会は駅前のキュリアンにて、6時30分からの開始だ。木の芽坂のセブンイレブンまで酒を買いに行く余裕は無い。
キュリアンの4階へ上がり、「西研究所様」 という表示のある部屋を探す。本日の出席者は、西hinano順一郎先生を含めて11名だった。
成城石井にて購った ゴマパン、チーズ、牛乳 という、真面目な晩飯を食べる。
「IT研究会」 は、数年前までは 「西の会」 の名で、飯田橋タキン果実店の4階にて開かれていた。名人上手鬼巨匠、あるいはハッカー、あるいは優れた経営者が、マサチューセッツ工科大学のテック鉄道模型クラブのような雰囲気で集まる会だ。
ワイン抜きのメシを食べている僕を不憫に思われたか、hinano先生は電話にて、西研究所からプロジェクタを運んでくることになっている金子そのそのさんに、酒の持参も頼んでくださった。
7時に、そのそのさんが会場に現れる。プロジェクタをセットする。参加者中の酒飲みは三々五々、自分の前に好みの酒 を取り分ける。
今日のIT研究会のテーマは名簿管理。「なんだ名簿か」 と鼻で嗤う人ほど、自身のコンピュータには、大した名簿を装備していない。
先ずは僕がhinano先生の指名により 「すべての名簿がひとつのフォーマットに収まれば便利だけれど、どうしても顧客名簿と私的名簿は、別フォーマットにせざるを得ない」 という発表をする。
「僕ごときが長々と発表をしては、申し訳ない」 と思いつつ、種々の質問により、つい説明にも熱が入る。
奥さんの出産にて本日の出席が不可能になったYOちゃんからは、ファクシミリにて 「現在の自分の名簿の説明と問題点」 および 「今後についての質問」 が、届いていた。みなにそのコピーが配られ、活発な意見が飛び交う。
発表の2番手は、浪花ろばた八角 川崎店長の チョーヤさん。彼の名簿は、あるコラムに入れられた数字とアルファベットにて、その人と自分との関係を識別する仕組みを持っていた。
同じ マイツール という道具を用いながら、使い手により変幻自在に姿を変える 「コンピュータの盤面」 を見て、その使い手の意見を聴く。好奇心と向上心を刺激される、楽しいひとときだ。
チョーヤさんには特に頼んで、一昨年の夏、彼が西研究所主催のOA大会にて 「ホンのオマケ」 として発表した 顧客デイタ を見せていただく。
これは、常連、あるいは単価の高い顧客など、いわゆる 「目立つお客さん」 の 「ファーストドリンク」 や 「良く注文する酒肴」 や 「好みの席」 といった情報が、ギッチリと入力されたデイタベイスだ。
その抱腹絶倒、しかし次の粗利総額を見据えての研究は、「これぞパーソナルコンピュータの真骨頂」 と呼ぶべきものだろう。
しんがりは 西hinano順一郎先生 による、スケデュール管理と名簿のデモンストレイションだ。端的に言えば、hinano先生のコンピュータの使い方は 「凝らずに」 「つまり時間をかけずに」 「しかし最大の効果を得よ」 というものだ。
IT研究会は、相撲や闘牛に似ている。
横綱が平幕の胸に頭をつけると、観客はドッと沸く。しかしシロウトには、どうして館内が沸いているのかが理解できない。観光客がいきなり闘牛を見物しても、深いところまでは楽しめない。
IT研究会も、それなりの下地があって初めて楽しめる、ためになる、自らの血肉とすることのできる、しかし誰にでも門の開かれた集まりだ。
大井町キュリアンを午後9時30分に出る。近くの飲み屋へ流れる。
久保田缶詰さんはエクセルのデイタをマイツールにコンバートしながら、そのそのさんに現在の疑問と解決策を訊ねている。
他の 「飲み屋組」 は、MUG(Mytool User's Group) の streetさん、かなみさん、里香さん、そしてJOKERさん。星象さん、チョーヤさん、伊藤さん、そして僕。
僕が例のごとくヨタ話を飛ばしていたら、久保田缶詰さんが 「あの、真面目な質問なんですが、よろしいですか?」 と、紳士的に話しかけてきたのが、なぜかおかしかった。
僕だって、たまには真面目な質問を受けることもある。
11時30分、大井町から京浜東北線に乗り、御徒町へ至る。湯島天神下の蕎麦屋 「手打ちうどんそば・みよし」 にて、手打ちでない黄金蕎麦 を肴に焼酎の蕎麦湯割を飲む。
甘木庵にて、午前1時30分に就寝する。
朝4時30分に起床する。この時間に起きられれば、気分はまずまずだ。
朝飯は、ハムエッグ、水菜の炒め煮、納豆、たまり漬だんらん、カブとキュウリのぬか漬け、メシ、ダイコンの味噌汁。
中性脂肪の血中濃度が高くなってからは、毎朝のように食べていたベイコンエッグが供されなくなった。たまにハムエッグなどが出ると、とても嬉しい。
閉店後、事務室にいると、外の駐車場で人の声がする。社員が出てみると、遠い親戚が訪ねてきていた。
僕の今夕の予定は、6時からトマトを用いたビアンコのスパゲティを肴にいまだ残っているムスカデを飲み、7時から春日町1丁目の総会に出席するというものだった。
突然の来客により、その計画は変更せざるを得なくなる。僕はスケデュール通りにコトが運ばないと、ひどく戸惑うたちだ。
茶菓の用意をしているanne@家内に 「オレ、どこかでメシ食った方がいいかな?」 と、訊く。彼女は 「そうね」 と、答える。そのままスルリと家を出る。
僕は、おとな気のない人間だ。
おとななら、にこやかに来客の相手をし、メシ抜きで総会へおもむき、空きっ腹に耐えて会議を務めるに違いない。
町内会の資料が入った箱とデジタルカメラを持ち、自転車にて 「市之蔵」 へ行く。なんと春日町1丁目の副区長、アンザイ畳屋のオヤジ が酒を飲んでいる。
「アンザイさん、きょう、総会ですよね?」
「あぁ、そうだ。あと1時間もあらぁ」
焼酎をお湯割りにする。突きだしはイカのバター焼き。
しめ鯖、揚げナス。
本日の 「頼まなくても出てくるもの」 は 広東煮 と センミーナム。
「あと10分あるな、何が良い?」
「うーん、どうしましょう」
「チゲ味噌ある?」
「もうない」
「梅キュウリ・・・だけどな、チューブから出した梅、オレ、嫌いなんだよ」
「あらウチの梅は、ちゃんと私が叩くのよ」
「じゃぁ、それ」
アンザイ畳屋のオヤジは、既に店を出た。梅キュウリ を肴に3杯目の焼酎を飲む。自転車にて、春日町1丁目の公民館へ向かう。
イワモト区長、アンザイ副区長、タケダ会計の仕切り にて、総会は無事に終了した。
夜9時に就寝する。
朝方、事務室へ降りると、おととい打ち出したタックシールはすべて、既にして 封筒に貼付されていた。
昨年は 「夏のギフトのご案内」 を6月1日に投函した。今年は5月28日に、郵便局員を呼んで渡してしまっても良いだろう。
国道121号線から隠居の塀越しに、濃いピンク色の花が見える。門を回って庭に足を踏み入れ、もういちど今度は 至近にて眺める。西洋シャクナゲという、日本の在来種よりも背の高くなるものらしい。
土曜日だけあって、お客様の数も多い。僕は事務室にて、ゆるゆると気楽な仕事をする。そしてまた、いくつかの仕事が後回しにされていく。
午後、自由学園 の同級生であるシゲマツ君夫妻がみえる。霧降スキー場のリフトを上がった先から丸山まで、細道を辿るハイキングをしていたという。
山から下りた後は、ウチにほど近い杉並木公園にクルマを停め、杉並木のトンネルを日光市まで歩いてまた戻ったという。
「東京の人は東京タワーへ行かない」 そうだが、僕も自然が間近にありながら、シゲマツ君夫妻のような、健康的な遊びには縁が遠い。せいぜいが、川の州に段ボールを敷き、酒を飲んで寝るくらいが関の山だ。
晩飯は、ペンネとソラマメ、赤ピーマンのサラダ。カモのソテーバルサミコソース。付け合わせはジャガイモ、ニンジン、グリーンアスパラガス、エリンギのオリーヴオイル焼き。
飲み物は、23日の水曜日に残した "Domaine Binner" の "Riesling 1993"。
夜9時30分に就寝する。
目が覚めると、未だ朝6時前だった。冷たいお茶にて空腹を抑える。昨日の日記と諸方へのeメイルを書く。
9時、湯島の切り通し坂を下り、湯島天神下の交差点へ出る。和菓子屋 「つる瀬」 にて 「明烏」 なる菓子を発見する。
「つる瀬」 のすぐ裏手に黒門小学校がある。黒門町といえば桂文楽、桂文楽といえば明烏。しゃれたことをするものだ。
「あの、1個だけでもいいですか? ここで喰っちゃいますから、包まなくていいです」
とは、言わなかった。
新橋から、ゆりかもめに乗る。僕の尻のあたりに英国の女の人、右手のあたりにアメリカの男の人、腹のあたりに日本の女の人。本も読めないほどの混雑だ。
10時すこし前に、東京ビッグサイト の入り口に達する。今日は ビジネスショウ2001TOKYO の最終日だ。
今回の会場で目立ったものは、以下の3点だった。
1.携帯電話への、音楽や3D映像の配信サーヴィス。
2.オンライントレイド。
3.WORDやEXCELを搭載したポケットPC。
ザウルスのブースで恐竜の写真を撮っていたら、コンパニオンのオネーサンに、逆撮影 をされてしまう。この画像は ザウルスのウェブペイジ にアップされるそうだ。
ザウルスが熱心に展示していたのは、MP3プレイヤーセットや、ザウルス上の番組情報からeメイルにて、自宅のテレビに番組予約を行うシステムなどだった。
残念ながら、僕はこの手のPDAには興味がない。B5のノート型コンピュータにすべてを負わせるか、あるいはi-modeの簡便性に傾斜してしまう。
午後4時に、日本橋の高島屋へ入る。
「経営は逆算なり」 という言葉があるが、遊びもまた逆算だ。向田邦子の展覧会を見ても、浅草で1時間は酒が飲めるだろうと、逆算をする。
向田邦子の展覧会は興味深いもので、会場を出ると4時50分になっていた。浅草にて1時間の飲酒など、できるはずもない。
6階の詩之亜にて、オレンジ色のスカーフ を1500円にて購う。これにて、先日anne@家内が買ってきてくれた 黒いもの と対になる。地下の食料品売場にて、西利の塩ラッキョウを 買う。300gで600円。
浅草に着くと5時35分になっている。6時発の切符を買う。新仲見世入り口右側の 「はせ川」 にて、焼豚を肴に燗酒を300ccほど飲む。
8時ちかくに下今市駅へ着く。普段は歩いて帰るが、今日は家内と次男@5歳の乗るクルマに迎えられる。
午後10時に就寝する。
僕の朝飯は、納豆、焼いたイナダ、水菜の炒め煮、小松屋のアナゴとカキの佃煮、たまり漬だんらん、メシ、甘エビの頭と長ネギの味噌汁。
anne@家内の朝飯は、フレンチトースト、ヨーグルト、メロン、ミルクティ。
ウチはいつも、僕とanneとで異なる朝飯を食べている。
「夏のギフトのご案内」 を送付する対象を、顧客名簿 の中から数千名、特定する。
どのような検索条件式を使うかは、その年によって異なる。
1.いつからいつまでの期間にご注文を下さった顧客を対象にするか?
2.特定の期間に、何回以上のご注文を下さった顧客を対象にするか?
3.1回のご注文で、いくら以上のお買い上げをいただいた顧客を対象にするか?
4.特定の期間に、合計いくら以上のお買い上げをいただいた顧客を対象にするか?
この抽出作業には細心の注意が必要なため、普段は明け方に行う。今日は例外で、始業後からコンピュータに向かう。
作業途中に、茨城県の中学生が3人、店を訪れる。顧客名簿を加工している最中には、できるだけ他のことはしたくない。しかしながら、席を立たざるを得ないこともある。
中学生は今朝、バスにて学校を出発し、今市市や日光市に分散して 「長い歴史を持つ食べ物」 を主題に、調査をしているという。
「たまり漬」 の説明をし、市内地図を渡して、調べてみたら面白そうなところに印を付けて渡す。
リポートに添付するのだろうか、記念写真の撮影 を求められたので、応じる。
再び元の作業に戻り、「夏のギフトのご案内」 送付対象者の検索を完了する。10時20分から12時までかかって、タックシール を印刷する。
これを更に、ヴェテランの清水花子さんがひとつひとつ目で確認をする。
1.特定の期間内に転居をしたため、ひとりの顧客が重複しているもの。
2.入院中の患者が、病室からご注文を下さったもの。
3.別途、送付先名簿を添えて詳細な案内を送る必要のあるもの。
4.ご案内を送付しても、ご注文をいただけるかどうか疑問なもの。
などを抜いていく。長い経験がなくては出来ない仕事だ。
16時3分発の東武日光線スペーシアにて、東京へ向かう。
"GOURMET" にある "Bistrot Cache Cache" にて、2年前に撮影をしたフォアジャガの画像 が気にくわない。Olympus C-800Lによるもので、ストロボによるハレイションを起こしている。
新たな画像を得るべく、銀座8丁目の目立たない路地を入り、同店に赴く。カウンターへ座り、白のグラスワインを注文する。「ハマグリのエスカルゴ風」 や 「海の幸と春野菜のサラダ」 などを肴に、飲酒を為す。
「フォアジャガ」 と 「焼きチョコ」 を、僕の最新鋭機 Olympus C-700 Ultrazoom にて、ストロボを使わずに撮影する。
「フォアジャガ」 の画像 は以前のものと較べて、はるかにまともなものになった。新たに 焼きチョコ の画像も追加する。このデザート、この1年のあいだに、少し小ぶりになっただろうか?
小雨の中を4丁目まで歩き、丸の内線にて本郷三丁目に至る。午後8時過ぎに甘木庵へ帰着し、9時過ぎに就寝する。
4時30分に起床する。
朝飯は、卵焼き、ホウレンソウ炒め、納豆、塩鮭、メシ、ナスと長ネギの味噌汁。
先日、宇都宮ケーブルテレビ の 「e-monoショッピング」 に出店することを決めた。ケイブルテレビという新しい媒体に興味がある。むやみにショッピングモール内の店舗数を増やさないという方針にも共鳴をした。
僕は我が社を訪れる営業マンには、最初から 「お断り」 の姿勢を示すことが多い。しかし宇都宮ケーブルテレビの山中拓哉君には、好感を抱いた。山中拓哉君には、朴訥さと洒落っ気が同居している。
僕はある人から 「あなたは物事の判断に、論理ではなく情を用いる」 と、言われたことがある。
午前10時から、第1回目の 取材 がある。山中拓哉君とインターネット事業部の立川倫子さんを、工場内に案内する。
午前11時過ぎに、販売の黒沢聖埜君が事務室に 「風邪で声が出ない。なにか仕事はないか?」 と、来る。即座に 「あります」 と、答える。
いま僕が MG(マネジメントゲーム) の盤面に向かっていたら、一体なにをするだろう? 黄色チップの次期繰り越し(来期へ向けての教育支援)をするように思う。
彼女は昨年12月に、自己負担10万円、残りは会社の補助にて、ThinkPad1124を買った。eメイル教室は既に済ませたが、マイツール は未だに使えないと言う。好機到来。早速に、マイツール教室 を始める。
僕の背後に長机を置き、僕と背中合わせに彼女が座る。A4の紙で17ペイジの、僕の手製の教科書を渡す。ハードは、事務室にて遊んでいるThinkPad1459を使う。
マイツールには、名簿作りから入るのが西hinano順一郎式だ。
会社の仲間、自分の家族をフォーマットへ入力する。生年月日から、現在の年齢を割り出す。合計年齢と平均年齢を算出し、数字の大きい順にソートする。あるいは一定区域に住む人のみ検索する。
「名簿から入る」 という西研究所のマイツール教室を、僕は1992年の4月に受けた。「こういうコンピュータ習得法があるのか」 と、驚倒した。「このソフトはすげぇ」 と、目から鱗が何枚も落ちた。
僕のマイツール教室は、ことによると、自分が受けた感動のシェアかも知れない。
午後4時過ぎに感想文を書いて、マイツール教室は終了する。黒沢聖埜君はおとなしいが、内実はしっかりしている。のみこみも早い。すぐにでも、マイツールにて自分の仕事を始めるだろう。
晩飯は、甘エビの刺身、タチウオの塩焼き、アジのたたき、豚肉と豆腐とホウレンソウの鍋、水菜の炒め煮。
まともな日本酒の買い置きが無い。"Domaine Binner" の "Riesling 1993" を開ける。
午後9時に就寝する。
3泊3日の旅をこなしたため、3時や4時には起きられない。こういう日に オンラインショップ からの注文がいくつも重なると、1日に書けるeメイルの数も減少気味になる。
倉吉MGでお会いしたオムロンのタナカカズヒコさんは、eメイルを書くのが仕事だとおっしゃっていた。一体どのような内容のeメイルなのだろう。
朝飯は、刻みオクラのカツオブシかけ、ナスの炒め、次男@5歳が昨夜残したオムレツ、ラッキョウのたまり漬とツナのマヨネーズ和え、納豆、メシ、厚揚げと長ネギの味噌汁。
"Sartoria" から、仮縫いをされたブレイザー とパンツが届く。秋以降は、すこし改まった席にカジュアルなティロリアンジャケットを着ていくことも、なくなりそうだ。
午後、長短あわせて40ほどのeメイルを書く。
店舗2階にある包装部門のコンピュータが、ディスプレイに故障を起こしている。暗くてほとんど文字が読めない。事務室にて遊んでいるThinkPad1459に交換することを、現場の人に約束する。
夕刻、僕の携帯電話が、立て続けに5件の受注を知らせる。短時間に連続で入る注文は要注意だ。案の定、5件の注文はすべて、同じお客様から出されたものだった。
1通目、商品と郵便番号を入力したのみで発信。
2通目、上記+住所まで入力して発信。
3通目、上記+氏名まで入力して発信。
4通目、注文商品を変更して発信。電話番号は未入力。
5通目、上記+電話番号まで入力して発信。
結局は、オンライン受注にもかかわらず、遠方まで電話にて確認をとることになる。
「ウチの ご注文受付 が簡便性に欠けるのだろうか?」 と、考える。「そんなことはない」 と、僕は判断をする。
しかし人が言うに、僕の短所は 「すべて自分を基準にモノを考えるところ」 だそうだ。
包装部門のコンピュータ交換は、明日、行うことにする。
5月4日を最後に、僕の携帯電話にメイルが入ってこなくなった。「なにかおかしいな」 と思いながら、放っておいた。
試しにコンピュータから携帯電話にメイルを送ると、携帯電話のディスプレイに 「確認できません」 というメッセイジが出て、数秒で消える。これでは誰かが当方にメイルを発信していても、気がつかないわけだ。
docomo-shopへ行く。係員にメイルが届かないことを伝える。調べに15分ほどかかる。
未読メイルが100件に達したことが、新規メイルの届かない原因だった。既読メイルなら、新規メイルに押し出される形で消えて行くが、未読メイルは消えないのだという。
未読メイルのすべては、オンラインショップ から転送されてきた注文だ。
携帯電話がメイルの着信を知らせる。チラリと見ると 「注文書」 という題名が見える。本文には、コンピュータのマクロで解析される前の、ローマ字と数字と記号の集積が見える。
この暗号、読んで読めないことはない。読むこともある。しかし読まないこともある。どうせ受注はコンピュータで行われるのだ。携帯電話に転送された 「注文書」 は、注文が入ったことを知るだけの目的が果たせれば、それで良い。
「注文書」 という題名だけで 「あ、注文だ」 と認識され、読まれずに閉じられたメイルが100件を超えたというわけだ。
未読メイルの全件削除はできないため、100通のメイルをひとつずつ開いた後に 「既読削除」 をする。サーヴァーに 「問い合わせ」 をすると、5月4日以降、当方に送られた36通のメイルが次々に送られてくる。
詰まっていた水道管は、こうして復旧した。
晩飯は、フォアグラのオムレツ、トマトサラダ、クレソンとレタスとベイコンのサラダ、ふかしジャガイモのバター和え、パン。
飲み物は、5月12日に、後輩のゴウダタカシ君との 「エビタイ」 による物々交換にて得た Domaine Kehren の Riesling 1997。
5月12日の日記を読んだチューリッヒのゴーダタカシ君から
「これはアルザスの名もない村の農家で、長靴を履いたオヤジが作り、オカミがレッテル貼りをしている、1本数百円のワインだ。だからフォアグラのオムレツには、もったいない。喉が渇いた夕方にでも、一気に飲んじゃってくれ」
とのメイルが届いた。
しかしここであえてリースリングを飲まないと、僕の遊びは完結しない。
冷えたリースリングは、まるで皮を剥いたマスカットをキョロリキョロリと丸のまま呑み込んでいるように新鮮な香りと、ほのかな甘みを持っていた。この甘みが、フォアグラと得も言われない相性で絡み合う。
anne@家内と 「お、おいしい」 「う、うめぇ」 を連発しながら、晩飯は滞りなく終了する。僕は料理屋ではなく、家でこそ、最も美味いものを食べている。
酔ってヨロヨロと皿を片づけ、入浴し、午後9時前に就寝する。
昨日の鳥取と同じく 倉吉の上空も、良く晴れている。
昨夜、三朝川の露天風呂にて、デジタルカメラのバッテリーが枯渇した。酔って充電をし忘れた。倉吉駅の中にあるコンビニエンスストアへ、乾電池を買いに行く。
携帯電話のバッテリーも、残り少なくなっていた。インターネットアドレスのeメイルは取り込めたが、niftyのpatioを巡回中に、それも切れた。持参した充電器は、他の機種のものだった。
3000円以上も通話可能度数の残るプリペイドカード電話も、ザックに入れて持参した。しかし鳥取まで来たら、電波のインディケイターが1本も立たない。
僕の下準備とは、こんなものだ。
午後3時過ぎに、第5期を終了する。最優秀経営者賞は、中西木材社長の中西章一郎さん が獲得した。妥協しない、しぶとい経営計画が実った。
僕の成績は、4Aの計数力4位。4Aとは、MGの2日間を通じて常に、最もPQ(売上高)の高い市場に参入し続けた、ということを意味する。反面、自己資本は3期末よりも下げて、199に留まった。
中西章一郎さんが運転するメルセデスのワゴンにて、西hinano順一郎先生と共に鳥取空港までお送りいただく。先生と共に、出発ゲイトの食堂にて軽食を取る。
左手に夕日を見ながら東南東へ飛び、午後8時に羽田空港へ到着する。
西hinano順一郎先生は、タクシーにてご帰宅になった。僕は滑走路から新橋まで、1時間弱を要して移動した。山手線にて御徒町へ至り、甘木庵に宿泊する。
今年はできるだけ多くの、あるいは諸方のMGに参加したい。
午前4時30分に起床する。鳥取市の上空は快晴 だ。昨日の日記を書き、8時過ぎにホテルを出る。
ボンゴ君の18万キロを走破したフォルクスワーゲン・ゴルフにて、倉吉へ向かう。1時間と少し走り、「伯耆しあわせの郷」 へ到着する。
山陰本線の鉄橋が、穏やかな川を横切る。初夏の風景は、いつまでも乾いて涼しかった。倉吉へ来るのは、これで2度目のことだ。
倉吉へは、MG(マネジメントゲーム)をしに 来た。
倉吉のノンカー氏が10数年前に、この地にMGを根付かせた、そこに、自由学園で僕より3年後輩の 天宝ちゃん が、参加をした。そして3年先輩、つまり僕の同級生のボンゴ君に、MGを紹介した。
ボンゴ君は1991年の6月、当時、新宿で開催されていた東京MGに僕を誘った。
僕が楽に仕事ができるのも、まわりよりも進んだコンピュータの使い方ができるのも、MGを知ったお陰だ。
夕刻、僕は第3期において、339の自己資本 を稼ぎ出した。ゲイム下手の僕としては、上出来の成績だ。倉吉市内に移動し、「のの楽」 にて交流会 となる。
僕は 「とりあえず、ビールね」 という習慣を持ち合わせない。グラスに2Cmほど注いだビールにて乾杯をした後は、天宝ちゃんが社長を務める梅津酒造の うまいがな に切り替える。
東京MGの交流会も楽しいが、地方のMGには、その地方なりの交流会がある。美味い料理と良い空気の中で、優れた人たちとの邂逅を楽しむ。
夜10時、ボンゴ君、天宝ちゃんと記念写真を撮るころ、交流会は中締めとなった。同窓生3人は一度、駅前のホテルセントパレス倉吉に戻る。
部屋に荷物を置き、再び3人で外へ出る。
太平門 は、僕のコンピュータに天宝ちゃんが徹夜でマトリックス決算システムを組み上げた5年前に、夜食をとった店だ。この店の ホルモン が忘れ難く、再びの来店となった。
オバサンに、僕のこの店のホルモンへの思いを語り、真露のオンザロックスを飲む。
開かず、ぶつ切りされたホルモンは、焼き上がるにつれて 内部からムニューッと 脂が盛り上がり、やがてそれは巨大に膨張する。
かつては、これを食べるためだけに、東京駅から寝台特急 「出雲」 に乗ろうと考えたことさえある。「あぁ、子供にこれを食べさせてやりてぇな」 と思う。
11時15分に太平門を出て、タクシーを拾う。三朝温泉までは、2000円弱の距離だった。三朝川河畔の露天風呂にて、大混浴大会 となる。
オバサン、若い女の子、オッサン、若い衆が入り乱れて混浴する様を眺めているうちに、どこか知らない国へ来たような感覚に襲われる。
再びタクシーにて倉吉市内へ戻り、「のらくろ」 にて 北九州系のラーメン を食べる。壁の時計を見ると、既にして午前1時にさしかかっていた。普段なら、起床しているかも知れない時間だ。
徒歩にてホテルに戻り、1時30分に就寝する。
午前10時に少し遅れて、今市小学校2年生の3グループが 会社見学 に訪れる。
原材料洗浄の場所 から出発し、漬け込みの初期 から 最後の袋詰め まで、品物の流れに沿って歩きながら説明をする。
子供の興味をことさら喚起する必要は無い。子供は好奇心の固まりだ。マンホールを開け、廃水処理の活性汚泥槽も見てもらう。
最後は 質疑応答コーナー。小学校低学年の会社見学においては、僕にとって、ここがもっとも美味しい部分だ。
「あれは何だ?」 「これは何だ?」 「それは何だ?」 「○○の大きさはどのくらいだ?」 「○○に使われる時間はどのくらいだ?」
およそ先生が制止をするまで、質問の途切れることは無い。
人間はオギャーと生まれた瞬間に、一生で最も優れた頭脳を持っている。齢を重ねるごとに、脳の硬度は増していく。子供は大人よりも明敏だ。
13時36分発のスペーシアに乗る。浅草から地下鉄銀座線に乗る。
昨夜帰ったanne@家内が、日本橋高島屋で開かれている向田邦子回顧展が、とても良かったと言っていた。途中下車して寄ろうかとも考えたが、思いとどまる。
新橋から山手線に乗り換え、品川から京浜急行にて羽田空港へ行く。
自動チェックイン機に、手持ちの16時50分発のティケットを入れると、エラーメッセイジと共にティケットが押し戻される。近くの係員に訊くと、僕のティケットは購入時から既に、チェックインが完了していると言う。
ティケットを見ると確かに 「直接搭乗口へ」 と書いてある。僕は、飛行機の乗り方すら知らない。
1978年に、ひとりでスペインへ行った。グラナダ空港の搭乗口で航空券を差し出すと、「ボーディングカードを持ってこい」 と言われた。スペインまで達しながら、ボーディングカードというものを知らなかった。
飛行機の乗り方を知らなくても、人は海外へ行けるという良い見本だ。グラナダでは散歩と飲酒に明け暮れた。いまと同じだ。
搭乗口へ行くと、16時30分になっていた。出発まで20分。向田邦子どころではなかった。
右の眼下に、太い雪渓を持つ高い山が見える。自分が登ったことのある山だろうか? と考える。しばらくして天の橋立が見える。やがて砂丘が見えてくる。niftyの僕のpatio "BANYAN-BAR" に、レスポンスを9点書く。
海岸線に沿って西に飛んでいた機は左に旋回して、やがて同じ海岸線を東に向かい始める。湖山池が見える。箱にきっちりと納められた薄い板チョコのように、美しい水田が見える。
どんどん降下し、砂浜に着地するのではないかという僕の心配をよそに、ANA機は18時00分、鳥取空港に到着した。
自由学園の同級生、ボンゴ君の出迎えを受ける。市内観光などせず、鳥取駅前のワシントンホテルに直行する。荷物を置き、即、街に出る。空は未だ明るい。
オデンの 「大八」 にて、タケノコ煮、甘唐辛子、ゼンマイ、フキ、油揚げとおろ抜き大根、鳥モツ の煮物4点、白ハタの焼いたの、オデン。
ボンゴ君は、生ビールを中ジョッキで4杯。僕は焼酎の 「かぼす」×1、「白水」 ×1、白波」 ×2を、それぞれオンザロックスにて飲む。
かなりの量のオデンを食らい、10300円を払って 店を出る。
街の真ん中にある 「日乃丸温泉」 へ行く。下足箱は 3番ナガシマ、ロッカーも 3番ナガシマ。
昭和21年の物価統制令勅令第118号第4条! の規定により改訂された入浴料金310円と、貸しタオル代の20円を、番台のオバチャンに支払う。
ボンゴ君は風呂好きなのか、途中休憩 を入れて2度、塩味のする温泉に浸かった。
繁華街を抜け、静かな夜の道を歩く。バー 「シック」 では、ドライマーティニを1杯と、レッドアイを2杯。つまみはソラマメと落花生。
ふたたび繁華街へ戻り、公園のブランコにて地元の人から 現地情報を収集する。
屋台を見つけて ラーメンを1杯。これでますます腹が出る。
11時30分に、ホテルへ戻る。僕としては長い、5時間のクルージングだった。なぜか 「パリテキサス」 という映画を思い出す。0時過ぎに就寝する。
起床は午後11時30分。睡眠時間は3時間。僕は極端な早寝早起きだが、1年に何度かは、日付が変わる前に、目の覚めることがある。
夕刻、次男@5歳に 「今日はなにを食べる?」 と訊くと 「きのうとおなじところでいい」 と言う。
次男と手をつないで家を出る。昨日とは異なり、晴天の穏やかな空だ。
「市之蔵」 のすぐ近くまで来ると、大きな藤の花 が目に入る。巨大なモミジだかカエデ もある。かなり歴史のある庭のようだが、誰の屋敷かは知らない。僕は世間の事情に、とても疎い。
裏手のパチンコ屋が更地になってしまったため、辰己の方角を向いた 「市之蔵」 は、北の空を背にして、すっきりと涼しげだ。
本日の 「頼まなくても出てくるもの」 は、ワカサギの素揚げ、鳥皮煎り、刻み茗荷のカツオブシ和え、ニシンの一夜干し、グリーンアスパラとエリンギ炒め、カブの一夜漬け。
次男の注文は、鳥の唐揚げ と、メニュにはない 豚肉とモヤシ炒め。
頼まなくてもこれだけの品が出てくると、まるで ミルクワンタン あるいは会席料理屋にでも、行ったような気分になる。
僕の本日唯一の自発的注文は 茶蕎麦。
引き戸を開け、ほど良く客の入り始めた店を出る。道ばたの諸々に興味を示す5歳の子供と酔っぱらいの歩行速度が、ほどよく均衡する。
7時30分に帰宅し、8時30分に就寝する。
マイツール による顧客名簿から、田無市と保谷市の顧客、および大宮市、浦和市、与野市の顧客を抜き出す。合計で543件あった。
田無市と保谷市は 「西東京市」 に、埼玉県の3市は 「さいたま市」 に更新する。バックアップも含めて、所要時間は20分。
西東京市は4文字、さいたま市は5文字。いたずらにハードディスクの容量を食う地名の制定は、避けて欲しい。
漢字は優れたアイコンだが、ひらがなの地名はことによると、旧行政区域の象徴性を薄めるための穏やかな、あるいは狡猾な方便かも知れない。
午後、月刊誌の ガルヴィ が2冊、届く。4月10日に、自由学園の先輩 シノトー君 の取材を受けたものだ。
資料を貸し出すと紛失するなど、とかく出版社はだらしがない。シノトー君が編集長を務める ガルヴィ は、その点がしっかりしている。
ポジフィルムは、礼状を添えてただちに返却された。今日、届けられた2冊は、モデルになった社員のサイトウヨシコさんへの謹呈分と、会社に保存する分だろうか。
夕刻、雷の鳴る中を 「市之蔵」 へ行く。このところ2回ほどは、焼酎をオンザロックスにせず、お湯割りにしている。
本日の 「頼まなくても出てくるもの」 は、甘エビの刺身、スルメイカの煮物、水菜の炒め煮、タケノコとシイタケと身欠きニシンの煮物、タチウオのみりん干し。
次男@5歳のリクエストは、マグロの刺身 と グラタン。
僕は 生のエシャロットとセロリ を注文する。
締めは 蒸した毛ガニ。まとめてドンブリに入れ、甲羅の味噌をかけまわして、一気に食べる。
パラパラ降る雨の中を歩き、7時30分に帰宅する。8時30分に就寝する。
朝5時すこし前に起床する。いつものように オンラインショップ からの受注をこなす。昨日の日記を完成させる。数通のeメイルを書く。
nifterm を回すと、僕がシステムオペレイターをしている patio "BANYAN BAR" の未読が70を数える。有り難いことだ。
事務室の机に、JR仙台駅の遺失物係から届いた荷物 が載っている。開くと、お菓子の空き箱に丁寧に梱包された Fuji FinePix4500 が表れた。JRバンザイ!
届いているものが、もうひとつあった。
僕は 奥飛騨ほっとらいん の上宏一さんが運営するniftyの会議室 「奥飛騨PATIO」 を巡回している。5月初めのハードディスク不調の際に、この会議室の過去ログから25000強の発言が失われた。
届いたものとは、この18MB分の発言を納めたスマートメディア だった。niftermへの取り込み方法も、懇切に手紙で説明してある。その心遣いには、痛み入るばかりだ。
朝飯は、ハムエッグ、ブロッコリーのオリーヴオイル炒め、メシ、豚肉とダイコンと長ネギの味噌汁。
上宏一さんからのスマートメディアをThinkPad240Xに差し入れ、解凍の後、niftermに取り込む。失われた発言は10秒を経ずして、「奥飛騨PATIO」 に格納された。
科学の妙を見る思いだ。
気温が上がったため、昼飯は ラーメンふじやの味噌冷やし にする。この味噌冷やしがメニュに載るようになると、そのときが何月だろうと、季節は夏 ということになる。
午後からanne@家内が出かける。今日から二泊三日ほどは、次男@5歳との生活だ。
我が社では盆や暮の繁忙期を前にして、宴会を持つ。夕刻、洋食屋の 「金長」 へ行く。店主のカネコ君 と簡単な打ち合わせをする。宴会は、6月なかばになるだろう。
打ち合わせだけをして店を出るわけにはいかない。ホタテ貝のトマトソース、ステーキ、メシの代わりに大量のサラダ を摂取する。飲み物はグラスの赤ワインを3杯。
夜7時30分に帰宅し、8時30分に就寝する。
朝6時すこし前に起床する。
オンラインショップ からの受注を処理し、社内の会議室にアップされた発言に、返信をつける。自分の個人的な会議室に、十数通の返信を書く。巡回先の会議室に、数通の返信を書く。
甘木庵の、我が家へ送付する必要のある諸々を荷造りし、9時すこし前に外へ出る。湯島天神大鳥居はす向かいのヤマト運輸から、荷物を送る。
上野広小路に近い "PRONTO" にて、ホットコーフィーとツナのサンドウィッチ の朝食をとる。ここのコーフィーはローストが強い。僕の好みだ。
ゆりかもめの新橋駅は、いままでよりも数十メートル、JR新橋駅寄りに移された。ホームからは、左に博品館、右に天國ではじまる銀座通り が見渡せるようになった。従来の新橋駅は撤去されないまま、薄ら寒い様子をさらしている。
開発中の広大な空き地や浜離宮 を眺めながら、東京ビッグサイトの "Fooma Japan 2001" 会場へ至る。この手の展示会では、会場内でのクルージングが長時間におよぶ。サイフと携帯電話のみをポケットに入れ、ザックはロッカーに保管する。
1ヶ月に1度ほど弊社に顔を見せる包装資材屋のブースは、横目でやりすごす。「お茶でも」 などと言われると、時間が無駄になる。こういう時間の費消を厭うところが、僕の大きな欠点だ。
数年ぶりに来社して招待券を置いていった食品加工機械屋の営業係には、声をかけ、商品の仕上がりと、それに必要な機械についての質問をする。
「必要とする機能を持つ最善の機械」 を 「同じような機能を持つ多くの機械」 の中から選ぶことは、なかなかに難しい仕事だ。
しかし、メイカーと商社とのしがらみ、系列、商社の利益率、そういうものを無視したり、あるいは有効に使ったりしながら、新たに欲しい機械を見つけていくことは、また楽しい仕事でもある。
帰途、日本橋の高島屋に寄る。味百選売場の極上の店員イノウエシズカさんに、フォアグラの所在を訊ねる。ペックとフォションの売場の間に、それはあった。75gで3000円のフォアグラの缶詰 を買う。
金もないくせに、こういうことをするから、ますます懐が苦しくなる。
夕刻5時15分に、東武日光線浅草駅へ着く。6時00分発の、下りスペーシアの切符を買う。
浅草にて、列車の出発まで1時間の余裕があれば、台湾料理屋 「天道門」 で飲酒を為す。20分ほどの余裕しかないときには、異常に早い完成投入時間から美しい料理を作り出すラーメン屋 「はせ川」 へ行く。
「天道門」 で飲む時間は無く、「はせ川」 は月曜日が定休だ。
フランス料理の 「大宮」 はす向かいにある 「よろい屋」 にて、ニンニク抜き春雨入りの餃子3個を肴に、浦霞の冷やを1杯飲む。鯖節がブンブン利いた、熱くて脂っこい漬け汁で食べるザルラーメンで締める。
座席で今日の日記を書きながらふと顔を上げると、春日部駅に停車中だった。プラットフォームに コンピュータショップ があったことに、初めて気づく。
夜8時ちかくに帰宅する。anne@家内と話をしていたため、いつものような早寝はできなかった。10時に就寝する。
朝飯は、納豆、自由学園男子部の生徒が 「産業」 の時間に作ったシイタケとタケノコと昆布の煮物、キュウリとカブのぬか漬け、メシ、厚揚げ豆腐と長ネギの味噌汁。
いつものように朝飯の写真を撮ろうと、きのう使っていたザックを開くが、Fuji FinePix4500 が見当たらない。思い当たる場所をウロウロと探し歩くが、見つからない。
昨日、新幹線が宇都宮駅へ到着する直前に、それまでテイブルの上に出していたマヒマヒ氏の本 「西式スケデュール管理」 と Fuji FinePix4500 は、確かにザックにしまったはずだ。どうにも謎が解けない。
11日に修理から上がってきたカメラを、早くも12日には紛失してしまった、ということだろうか? ゲンナリした気分で事務室へ降りる。
4月に事務机が新しくなってから、名刺は貰ったそばから マイツール へ入れることを習慣づけた。
5枚ほども入力したところで思うところがあり、少々フォーマットを変更した。その作業の途中、誤って30名ほどのデイタを消去してしまう。ゲンナリの二乗だ。
anne@家内が事務室へ降りてくる。紛失したカメラについて、駅には問い合わせてみたのかと訊く。僕はまだだと答える。百にひとつの可能性に賭けて、仙台駅の遺失物係に電話をする。
係員に当方の乗った列車名と号車番号、それにおおまかな座席位置を知らせる。1分も経たないうちに、カメラはどのような物に入れていたのか、という質問を受ける。グレイの布の袋だと答えると、それなら仙台駅にて発見されたと言う。
全身に血がみなぎるように、元気になっていく。よくもまぁ、宇都宮から仙台のあいだで盗難に遭わなかったものだ。とても嬉しい。
この数年のあいだ、列車の中には数々の忘れ物をしてきた。
◎都営浅草線の網棚に、モンベルの傘を置き忘れる。
(追跡せず)
◎山手線の網棚に、スカーフを置き忘れる。
(追跡するも不明)
◎都営浅草線の車内に、携帯電話を落とす。
(上野警察署からハガキで連絡が届くまで、落としたことに気づかず)
◎東武日光線の座席のゴム網に、サイフを置き忘れる。
(鬼怒川温泉駅にて保管)
◎東武日光線の座席の窓際に、近眼鏡を置き忘れる。
(東武日光駅の保管期間を過ぎ、日光警察署にて保管)
◎東武日光線の網棚に、ThinkPad535Xを置き忘れる。
(銀座線に乗ってから気づき、慌てて戻る。浅草駅事務室に一時保管)
「持ち物一覧表」 を作って、いちいちそれと持ち物を照合しようと考えたこともあったが、電車の乗り降りのたびに、そんなこともしていられない。
どうしてそんなに、物を紛失するのか? 琉球語の 「なんでかねー」 という無責任な返事しか、僕には用意をすることができない。
午後6時、下今市駅から上りのスペーシアに乗る。平野部に出て少し進むと、右手に 大きな夕日 が見えてくる。こういう画像は、Fuji FinePix4500 では撮ることができない。
北千住、西日暮里、日暮里と移動し、北改札口から西口を出る。御殿坂を上がり、ゆるゆると下る。時刻は既にして8時に近い。谷中銀座への階段を降りる手前の "TORIYA" へ行く。
焼酎を、オンザロックスにて注文する。男の店員が 「オンザロックスなら、○○が良いと思います」 と、焼酎の銘柄を伝える。僕には聞き取れない。「あ、それでお願いします」
僕はしごく、イイカゲンな人間だ。
店員が戻ってくる。「あの、○○、切れてました。普通の焼酎にします」 「あ、はい」
人間は、コダワリを捨てた方が生き易い。
お通しは、オクラを刻んでカツオブシを振ったものと、鬼おろしでおろしたダイコン。こういう極端にシンプルな肴も、悪くはない。
つくね、ちぎも。ほぼ満員の店内と焼き鳥の完成投入時間を勘案して、冷やしトマトを頼んでおく。目の前から食べ物を切らしてはいけない。
プティトマト、砂肝。Olympus C-700 Ultrazoom のファインダーに見えるインディケイターは、シャッタースピードが1/2秒であることを伝えている。
鳥皮 は分厚くて、とても美しい焼き上がりだ。
焼酎を2杯飲んだところで、勘定を頼む。店が材料の在庫切れを起こしているため、注文品のすべては届かなかった。2620円という懐に優しい金額を支払い、谷中銀座への階段を降りる。
春木屋の品書き は、なぜかすべてが0円だ。書き換えるのが面倒になったのだろうか。
路地の迷宮を抜け、不忍通りに出る。団子坂下の千駄木駅にて千代田線に乗ろうとするが、湯島方面行きの入り口が見つからない。そのまま歩き続ける。
千駄木の 銀泉 は、20数年前から行きたいと思い続け、いまだにそれを果たせないでいる店だ。こういう潔い看板を持つ店は、大抵、美味いものを出すと決まっている。
通りの空気は暑くもなく寒くもない。数年前に沖縄で買ったアロハシャツが、肌に心地よい。
根津で試しに、綾瀬方面行きの入り口から千代田線構内に入ると、目の前は湯島方面行きのホームだった。こんなことなら、千駄木から乗れば良かった。
湯島にて地上に出る。切り通し坂を上がり、10時ちかくに甘木庵へ入る。
本日撮影した画像を加工し、日記を書く。0時ちかくに就寝する。
朝1時30分に起床する。事務室へ降り、昨日の夕方以降に入った オンラインショップ の注文を処理する。eメイルを10通ほど書き、昨日の日記を作成する。
朝6時前に、事務室のガラス窓をコツコツと叩く者がいる。振り返ると、本酒会 の会長、イチモトケンちゃん だった。30年ほども前の8ミリ撮影機を持って、散歩の途中だった。
今夜は本酒会場のやぶ定にて、テレビドラマの撮影があるという。イチモトケンちゃんは、エキストラとして出演をするそうだ。役柄は 「同窓会におけるその他大勢」 のひとり。
朝8時30分、祖父の祥月命日につき、anne@家内と如来寺へ墓参りをする。
朝9時、下今市駅から東武日光線スペーシアに乗る。今日はコンピュータは持参していない。社内の 「日程管理教室」 へ向け
朝4時20分に起床する。事務室へ降り、オンラインショップ からの受注をこなす。
注文が10件入っていても、すべてを点検しないとぬか喜びになる。
支払方法に 「代引き着払い」 を選び、その直後に 「クレジットカード払い」 にて同じ発注を繰り返す顧客は意外に多い。
必要事項をすべて埋めずに注文ボタンを押し、その後、徐々に注文ペイジへの書き込みを増やしながら、2度3度とデイタを送信する顧客も少なくない。
自宅へ上がると、廊下の端に 牡丹 がある。牡丹の咲く季節を初めて知る。
朝飯は、お茶漬け大会。トッピングは 丸赤の極辛塩鮭、はれまの佃煮 「野菜」、子持ち昆布、キュウリとカブのぬか漬け、タクワン、蕗のとうのたまり漬、山椒の佃煮。
朝8時15分から 加藤床屋 へ行く。散髪中、"Sartoria" のオヤジさんから、先日注文したシャツについての電話がかかる。
昼飯は、ハンバーグとサラダ菜とプティトマトとタマネギ、ハム&エッグのハンバーガー、それにイチゴ。
夕刻、コジマ電気から、Fuji FinePix4500 の修理が完了したとの連絡が届く。山の浅緑を目に楽しみながら、クルマを走らせる。
Fuji FinePix4500 を持ち帰る。修理報告書には何も書かれていない。袋から磨き上げられた本体を取り出す。64MBのスマートメディアは、新品同様に研磨したものだろうか、あるいは新品に交換したのだろうか、平滑な表面が、金色に光っている。
これで僕は、2台のデジタルカメラを同時に所有することとなった。
Fuji FinePix4500 \68,000
単焦点 240万画素 単3ニッケル電池・充電器 スマートメディア別売 204g
Olympus C-700 Ultrazoom \75,000
10倍ズーム 211万画素 リチウム電池パック×2 スマートメディア8MB同梱 442g
並べてみると、いかにも Olympus C-700 Ultrazoom の方が買い得にみえる。子供にどちらかを買い与えるとすれば、迷わず Olympus C-700 Ultrazoom を選ぶだろう。
しかし自分が使うとすれば、僕は Fuji FinePix4500 を選択する。デザインの悪さ、悪趣味な薄紫色のパーツ、豆粒のようなレンズには目をつぶって、なにものにも代え難い単純さと機動性を取る。
夕刻、外へ出ると、東側駐車場の松の木の彼方に 入道雲 が出ている。僕は入道雲が大好きだ。ダナン上空の入道雲を思い出す。南の国へ行きたくなる。
次男@5歳は知人の家へ泊まりに行った。夕食はanneと、市之蔵でとる。
アジのたたき を食べ始めてからしばらくして、画像を撮り忘れたことに気がつく。揚げナス は、僕が最も好きな総菜のひとつだ。
本日の 「頼まなくても出てくるもの」 は、キャベツ巻き と 東坡肉。締めは 豆腐ステーキ と 茶蕎麦。
僕はお金がないため、anneにおごってもらう。ちゃっかり吉四六のボトルまで入れる。
Fuji FinePix4500 の機動性を愛しつつ、ストロボ無しでこれだけの料理画像が撮れる Olympus C-700 Ultrazoom の性能も捨てがたく思う。サイズと性能の両立は、なかなかに難しい。
夜8時30分に就寝する。
朝飯は、納豆、丸赤の極辛塩鮭、はれまの佃煮 「野菜」、キュウリとカブのぬか漬け、メシ、ワカメとお麩の味噌汁。
外注SEのカトーノさんが来て、3台のコンピュータに設定をほどこす。
手始めに、高橋savon君と山田pooh君 の、それぞれVaioとThinkPad1124に、携帯電話による通信カードの設定をする。
僕が4、5年前に "docomo DATA/FAX CARD 9600" を買ったときには、この設定は至極楽だった。マニュアルは、折り畳んだ1枚の紙だったかも知れない。
これが現在では、ウンザリするような、左脳的労働を要する作業に変わってしまっている。
高橋savon君の携帯電話は "docomo" のため、比較的早期に設定が完了する。本日の山場は、山田pooh君の "au" にあった。
カトーノさんがマニュアルの20ペイジまで読んで試行錯誤を繰り返すも、文字化けや回線切断の連続。遂に山田pooh君には、自宅へ戻って携帯電話のマニュアルを取ってくるよう、言い渡す。
彼女が自宅へ戻り、カトーノさんがマニュアルの21ペイジを熟読したときに、初めてナゾが解けた。"au" の電話を経由して "nifterm" の自動巡回に成功する。作業開始から3時間の苦闘だった。
"au" からインターネットへの接続は、それほど難しい問題ではない。"nifterm" による会議室 "patio" への接続が、難関だった。
インターネットを媒介にした "patio" が開発されれば即、niftyとはオサラバをするかも知れない。しかしいまのところ、"patio" を超える会議室を、インターネットの世界に見つけることは難しい。
めでたく 使用者本人による動作試験 が完了する。
3台目の設定は、マキシマトモカズ君@23歳のBIBLO への、マイツール と "nifterm" のインストール。こちらの方は30分ほどで、サクサクと完了する。
会社の掲示板にも、社内コンピュータ教室への参加希望者名 が、徐々に書き込まれてきた。数週間以内に、社員のコンピュータ使用能力を一段階高めたい。
晩飯は、カマスの干物、自宅で固める豆腐、キュウリの醤油漬け。カトーノさんのお母さんが山の中で採取された水菜、カボチャの煮物、ナスの田楽、西酒造の 「ちびちび」。
夜9時に就寝する。
朝4時45分に起床する。この2日間は眠りすぎだ。春眠でもないだろう。季語の世界では、5月は既にして夏である。
朝7時に起床する。夜中に目覚めていた時間もあるが、9時間ほどは眠ったようだ。
午後、事務室の本棚を整理する。
明け方、妙な夢を見る。
かつて存在した九龍鉄道は、尖沙咀の南端にある九龍車站にて終わっている。夢の中ではこの駅から更に線路が続き、九龍半島の東海岸を北上して、啓徳空港の引き込み線で終わっている。
僕は空港の構内を歩いている。白い半袖シャツを着た英国人が、踏切の番人をしている。
ちょうどそのとき、カリマーの緑色のショルダーバッグに入れた僕の携帯電話が鳴る。呼び出し音は賛美歌380番だ。出てみると、日本にいるanne@家内からの電話だった。
「いまテレビで、啓徳空港の踏切事故のこと、やってるのよ」
「いや別に、事故はねぇな」
目が覚めると、4時30分になっていた。
朝飯は、ナス炒め、ダイコンおろし、トマトとレタスのサラダ、納豆、卵焼き、メシ、厚揚げと長ネギの味噌汁、キュウリのぬか漬け。
朝9時、何年か前に後輩のワタナベシンヤ君からもらったCD
午後、長野県茅野市の ダイヤ菊酒造 からeメイルが入る。この蔵の 「わがまま」 を、本酒会が高く評価した ことへの礼状だった。
「ダイヤ菊酒造による大津屋・三割五分精米を送るから、本酒会で試飲してみてくれないか?」 との一節もある。
「代引き着払いにて2本、送って欲しい」 旨の返信をすると即、電話がかかってきた。「1升で15000円の酒だが良いか?」 と言う。「かまわない」 と答える。
「そのうちの1本は本酒会への寄贈だから料金はいらない」と言う。僕は恐縮し、礼を述べる。
果たして5月30日の本酒会では、この 「大津屋・三割五分精米」 に対して、客観的な評価を下せるかどうか。とにかく 「飲み順第1位」 のお酒として、準備をすることにする。
ThinkPad240Xのハードディスクの具合は、ますます悪くなってきた。4回続く異音が "nifty" の自動巡回中に起きると、その場で回線は遮断される。 "Nifterm" はエラーメッセイジが出たまま、再立ち上げをしても復旧しなくなった。
毎日の仕事に必要なマイツールの一部分のみをバックアップし、カトーノさんに電話を入れる。また、サーヴァーとして組み上げるため、"FSE"に預けてあったThinkPad i-1459 を、社長のシバタさんに連絡の上、ウチまで届けてもらう。
2台のThinkPadやデイタ移行用のハードを持って、連休の戦争が終結したばかりの 日光わんわんの森 へ行く。とりあえずは カトーノさんのチェック を受ける。
ハードディスクの不調がソフトからくるものであれば、明日までには復旧するだろう。ハードの不具合であれば、IBMに送ってハードディスクの交換を受ける。
その場合、巨大なi-1459が代替機となる。とてもではないが、持ち運ぶ気にはなれないシロモノだ。
ずいぶんと日が伸びた。夕刻6時30分を過ぎても、外は明るい。ホンダシティの窓を全開にして、我が町のダウンタウンへ戻る。
ゲコ@ビビンバ はこの1週間で、恵比寿の徳ちゃんに3回も行っている。悔しいので、僕も対抗して焼肉を食べることにする。日光わんわんの森からの帰途、大昌園に寄って、オバサンに 「15分以内に来る」 ことを伝える。
家の前で待っているanne@家内と次男@5歳をクルマに乗せる。
1980年代後期から10年間ほどは極上カルビなどを注文していたが、この店では 並のカルビ の方がいろいろな部位が混じり合い、歯ごたえもあり、脂は多すぎず、かえって面白いことを知った。
「カルビ、イチでいいかな?、ニにするか?」 と言うと、すかさず次男が大きな声で 「ニ!」 と答える。僕と家内と注文取りのオネーサンは、思わず苦笑い。
レヴァ刺×1、カルビ×2、タン塩×1、コブクロ×1、オイキムチ×1、モヤシナムル×1、石焼きビビンバ×1。
ボトル置き場に僕の焼酎が見つからないため、新規に1本を注文する。
焼肉を食べるためになぜこの店へ来るかといえば、テグタンラーメン の存在が大きい。水を入れた小さな丼に、次男のための麺を分ける。水にくぐらせないと、子供は辛すぎてこれを食べられない。
麺の半分ほどは、次男に食べられてしまった。
帰宅し、午後9時に就寝する。
3時に起床する。
朝飯は、レタスとグリーンアスパラガスのサラダ、スペイン風目玉焼き、メシ、ほうれん草と油揚げの味噌汁。
僕が勝手に 「スペイン風目玉焼き」 と呼んでいる卵料理が、僕は大好きだ。
1.トマトの皮と種を除き、1Cm角に刻む。
2.これをバターとサラダオイルで炒める。
3.その上から玉子を落とし、目玉焼きにする。
バターとサラダオイルの混合比率が、味を大きく左右する。僕は定食屋で、ハム&エッグスを肴に酒を飲むことが好きだ。この目玉焼きも、飲み屋のメニュにあったら嬉しい。
昨日から、ThinkPad240Xのハードディスクがおかしい。
「カチャン、カチャン、カチャン、カチャン」 と異音が4回続き、この間、コンピュータはフリーズする。正常に電源の切れることが少なくなり、また、正常に電源を切っても、起動には必ずスキャンディスクが伴うようになった。
友人の カトーノさん は、モバイラーというものに対して、ある種、信じがたい思いを持っているという。
「大切なデイタの入ったコンピュータを、よくもまぁ危険にさらして持ち歩きますね。家から出かけるたびに、何か仕事をするたびに、バックアップを取っているわけではないでしょ?」
そう言われてみれば、その通りだ。
「ウワサワさんのお友達は、バックアップというものに対する認識が甘いですよ」
そう言われてみれば、確かにその通りだ。
このThinkPad240Xは、昨年の8月に購入したものだ。いまならハードディスクは無料で交換されるだろう。しかしながら、修理にはどのくらいの期間を要するだろう? 見ている前で直してくれる施設があれば、たとえ遠くても出かけていくところだが。
晩飯は、湯波、高知県幡多郡佐賀町黒潮1番地の明神水産による 「一本釣り・藁焼き鰹たたき」、タラノメ、エビ、エリンギの天ぷら。
吉田兼好は 「徒然草」 の中で 「昔はカツオなどというゲボンなものを、高貴な者は食べなかった。ところが最近は・・・」 というようなことを書いている。
カツオには白ワインよりも、むしろ軽めの赤が似合うだろう。"Domaine Leflaive" の "Blagny 1er Cru 1994" を飲む。
夜8時に就寝。
先日、自由学園 に学んだ者のメイリングリストからアンケートの依頼があった。その中に、1ヶ月にどのくらいの数のeメイルを受信するか? という質問があった。僕は6000通と解答をした。
受信が6000通なら、発信はどのくらいだろう? 多分、600通くらいのところだろう。
気分が楽なときには、仕事に直接関係のないeメイルを書く手もスムーズだ。それでは気分が楽ではないときとは、どういうときだろう? それは気分の忙しいときだ。
僕のように時を無駄づかいすることが好きな者には、スケデュールの管理が必須だ。スケデュール管理によって気分の忙しさを軽減しないと、何から手をつけて良いかが不明確になる。あるいは、無駄な時が過ごせなくなる。
昼飯は、ゴマだれの中華麺。
晩飯は、冷や奴、アサリの酒蒸し、トマトとグリーンアスパラガスのサラダ、春巻。
夜8時に就寝する。
4日連休の初日は、雨天で始まった。先週末から昨日までの営業成績は、前年度の数字を上回っている。こういうときに限って、狙い澄ましたように雨が降る。
午後4時ごろ、事務室に電話がかかってくる。「いま同窓会をしているから来るように」 という、唐突なものだ。服を着替え、CAMEDIA C-700UltraZoom を首から下げて、小倉町の飲み屋まで徒歩にて出かける。
正月の同窓会も同じだが、なぜかこの手の集まりは、いきなりの電話にて始まることが多い。
僕が幹事になり、手紙による同窓会の案内を送ったことが3回ほどある。そこまで段取りをしても、当日、同窓会場から電話で誘わないと、出てこない者がいた。理解しがたい人間だ。
午前中から開いている飲み屋の 「永龍」 にて、既にして昼から飲んでいる同級生たちと合流をする。昼飯がいまだ胃袋から去らない僕は、酒肴なしで焼酎のオンザロックスを200ccほども飲む。
飲みながら同窓会名簿を広げ、更に諸方へ勧誘の電話をする。当たり前のことだが、みな不在か、あるいは何かしらの用事で抜け出せない者ばかりだ。
だいたいが、今日の同窓会にしても不思議だ。どうして今日の午後になって急に連絡が来るのだろう? 幹事はしっかりと段取りをして欲しい。
いまだ日も暮れないうちから二次会に移る。小学校からの同級生ヨシハラノリコさんの店 "candle" へ行く。
彼女がむかし経営をしていた別の店に、コニャックをボトルキープしたことがある。3年を経て裏を返しに行ったら、そのボトルは流されずに、そのまま置いてあった。それ以来、僕はこのヨシハラノリコさんを信用している。
"candle" では、カミヤマノブコさんとホシノタカシ君 の向かい側に座る。永龍の代金を、僕は支払っていない。IWハーパーのボトルを、僕の負担にて買う。この店なら、3年でも4年でも保存してくれるだろう。
午後9時に帰宅。9時30分に就寝する。
前夜、酔って裸で寝ていたら、今朝になってノドが痛い。うがいにて凌ぐが、午後になってその痛みが増してきた。
関根耳鼻科へ行くと 「これだけノドが真っ赤で、よく熱を出さないものだ」 と言われる。ここの先生は注射と強い薬を好まないが、特に頼んで、抗生物質の注射をしてもらう。
夜は栄養補給のため、うなぎ屋の魚登久へ行く。ノドに炎症があるにもかかわらず、白焼きによる 「う酒」 を飲む。駒形橋ちかくにある前川の 蒲焼きによる鰻酒 とは、また異なったおもむきだ。
肝焼きを肴に燗酒を1合、追加注文する。
ここの 上うな丼 のうなぎは、まるでミルクのように美味い。飯山の本多 のスフレのようなうなぎに、肩を並べる美味さではないかと思う。
関根耳鼻科でもらった抗生物質を飲み、夜8時に就寝する。
午前3時に起床する。
清閑PERSONAL は1ヶ月に1度、BANYAN BAR、MY FAVORITE、GOURMET のいずれかに、文章をひとつ加えることにしている。
昨年の後半は数ヶ月分の文章の在庫を持っていたが、それも底をついた。ここ数日をかけて "democratic computer" を書く。
顧客名簿は3ヶ月ごとに更新をする。お得意様のご住所や家長名に変更があった際に、失礼があってはいけない。名簿のこまめな手入れは、我が社にとって必須の仕事だ。
この作業は細心の注意を要する。電話や来客のある日中にはミスが発生しやすい。朝4時から、キーボードとディスプレイに集中をする。
30分間かかって、1993年から昨日までの顧客25500名の中から、特定の人物を2秒以内に検索するためのデイタベイスを完成させる。
朝飯は、トマト、ほうれん草炒め、納豆、キュウリのぬか漬け、メシ、エリンギとお麩の味噌汁、スイカ。
昼飯は、ソーセージ、トマト、タマネギ、グリーンアスパラガスのスパゲティ。
夕刻、店舗2階の包装部門へ行き、"democratic computer" に載せる画像を撮影する。本日のコンピュータ担当は、コイタ・ミー坊@19歳。
晩飯は、鶏のクリームソース煮、ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリー添え。
清閑PERSONAL の区切りの良いカウンタをゲットした人に贈る、出来の良いシャブリもある。しかしながらケチな性格のために、自分ではなかなか飲めない。いつも通りにムスカデを飲む。
午後9時に就寝する。