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清閑 PERSONAL DIARY

2021年1月の日記31本

2021.1.31(日) カレンダーを2枚

2017年1月14日、我々自由学園男子部35回生は、明日館で開かれた新年総会で還暦を祝っていただいた。祝辞は、ひとつ下のクラス36回生のキムラカツヒコ君が述べた。返礼は同級生で生物学者のアリカワケンタロー君が務めることになっていた。しかしそのころアリカワ君は公私ともに忙しく、幹事のノリマツヒサト君はその代役として僕を指名した。挨拶などは3分で終わる、おやすい御用だ。

1973年、我々が高等科2年生のときに第一次オイルショックが勃発した。東京の地下街の電光看板はすべて電源を落とされ、あたりはそれまで経験したこともない暗さに沈んだ。1971年のニクソンショックにより円が急騰して企業の業績は低迷、しかし物価は上がり続けていた。1975年の春、最高学部に上がった直後にサイゴンが陥落した。1979年の卒業直前にはイランが王様を追い出して宗教国家を打ち立てた。世はいつも激動だった、そんなことを挨拶では話した。

そして現在は「コロナ」で、またまた激動である。2020年のオリンピック開催都市は東京。そのニュースに浮かれていたころ、一体誰が、今の世を想像し得ただろう。

それでもまだ、民草が戦地に送られ、生きて戻って来なかった戦時にくらべれば、よほどマシである。いまできることを淡々粛々としていくだけだ。そして「お彼岸まで、あと7週間か」と、事務机左のカレンダーを2枚めくりつつ確認をする。


朝飯 秋刀魚の梅生姜煮、油揚げと小松菜の炊き合わせ、温泉玉子、なめこのたまり炊、広島菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、三つ葉の味噌汁
昼飯 メンチカツ弁当
晩飯 鶏の胸肉のサラダ、皮蛋豆腐、豚足と大豆の煮込み「鶴一家」のラーメン、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)

2021.1.30(土) 「ブレ」の修正

深夜から明け方にかけては風が強かったらしい。「らしい」とは、明け方のそれは自分の耳で確かめているものの、深夜のことは知らないからだ。

夜に風の吹いた朝の掃除は、いつもより厄介だ。吹き寄せといえば言葉は綺麗でも、砂塵や枯れ葉が運ばれてくる。道向こうの松から落ちた枝はカワタユキさんが、隠居の桜から落ちた枝はタカハシリツコさんが、それぞれ片付けてくれた。

隠居といえば、昨年の緊急事態宣言のときには店を休み、弁当の仕出しをしながら宣言の収束を待った。その後も弁当はご注文のある限り、お作りはしていた。しかしそれをご存じない方から「また、あの弁当が食べたい」との問い合わせをいただいた。

弁当については、昨年よりその時々で内容を大きく変えつつ今に至っていた。その、家内の恣意による「ブレ」を、いまいちど元に戻そうという話がちょうど出ていた。きのう僕が肴にした詰め合わせも、また僕の手製によるソースを添えたサラダも、その一環により新たに考案されたものだ。

弁当はこれまでどおり、肴やサラダも前日の15時までにご予約をいただく形にて、来月の6日からお作りを始めるという。僕も時には買って、自身の肴にしようと思う。


朝飯 めかぶの酢の物、牛蒡と人参のきんぴら、菠薐草の胡麻和え、菜花の天ぷら、ごぼうのたまり漬、メシ、長葱の味噌汁
昼飯 「汁飯香の店 隠居うわさわ」の大きなおむすび、同ちいさなおかず、日光味噌のフリーズドライ味噌汁”with LOVE”
晩飯 「魚登久」の鰻弁当、広島菜漬け、はんぺんと三つ葉の吸い物、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2021.1.29(金) ソースはたっぷり

朝、食堂に入った瞬間「なに、この暖かさ」と感じた。カーテンを透かして国道121号線を見る。アスファルトが黒く濡れている。大寒から10日ちかくが経った。寒さは峠を越えたのだろうか。

早朝の仕事から上がってお茶を飲んでいるところに家内が来る。カーテンを天井まで巻き上げて「雪だ」と驚いている。窓の外へ目を遣ると、往来のある道路はともかくとして、家々の屋根には雪がうっすらと積もっていた。

朝食の専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日は毎週、土、日、月の3日間だ。その仕込みのため家内は朝から隠居に入る。それに先だって水道の、凍結防止のため締めておいた元栓を開く。隠居の庭の雪は、特に日なたのそれは、昼までには融けてしまうだろう。

ステーキのソースは作れるかと、長男に訊かれる。そのソースを用いた料理の写真を今日、撮りたいという。作れなければ代替品で済ませるともいう。すぐにできると答えて4階の食堂に上がり、冷蔵庫の野菜室を調べる。

レモンと粒マスタードを最寄りのスーパーマーケットで買って戻る。レシピは2019年7月13日の日記に書いたとおりだ。野菜を洗うところから後片付けを含めて、ソース作りは45分ほどで完了した。

ステーキソースは「汁飯香の店 隠居うわさわ」の新しいおかずに使うという。「ソースはたっぷり添えないと、お客様は悲しいよ」と、長男には伝える。


朝飯 納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、栃尾揚げの網焼き、めかぶの酢の物、大豆の八角煮、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 木須肉丼、ごぼうのたまり漬、薬味として長葱を追加した日光味噌のフリーズドライ味噌汁”with LOVE”
晩飯 「汁飯香の店 隠居うわさわ」の酒肴詰め合わせ、鯛のしゃぶしゃぶ、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2021.1.28(木) ほぼおなじ

背筋が凍りつくような失敗をときどきする。1992年6月からきのうまでの日計表に覚え書きを添えたものが消え失せていることに、今日は気づいた。慌ててそのバックアップを調べると、昨年の12月分までは残っていた。新年からのそれを一から入れ直すくらいは、どうということもない。危ないところだった。

日計表は残されていたものの、春までに行こうとして記録しておいた、青森への往路の行程は見つからなかった。よって二度と失うことのないよう、ここに置くこととする。

最寄りのJR駅は今市。新幹線を使えば青森まで5時間もかからない。しかしそれでは早すぎる。旅の目的は「できるだけ長く列車に乗っていること」だからだ。とはいえ夕刻には飲酒活動を始めたい。調べたところ、在来線のみで青森まで行こうとすると、夜おそくの着になる。僕は泣く泣く行き先を盛岡に変更した。その結果が以下である。所要時間は10時間4分。乗り換えは8回。運賃は7,700円と出た。

06:07 今市発(JR日光線/宇都宮行)
06:41 宇都宮着

06:58 宇都宮発(JR宇都宮線/黒磯行)
07:49 黒磯着

07:54 黒磯発(JR東北本線/新白河行)
08:18 新白河着

08:22 新白河発(JR東北本線/郡山行)
09:03 郡山着

09:25 郡山発(JR東北本線/福島行)
10:11 福島着

10:39 福島発(JR快速仙台シティラビット3号/仙台行)
11:55 仙台着

12:45 仙台発(JR東北本線/小牛田行)
13:30 小牛田着

13:47 小牛田発(JR東北本線/一ノ関行)
14:33 一ノ関着

14:43 一ノ関発(JR東北本線/盛岡行)
16:11 盛岡着

「どなたか盛岡で一緒に飲める方はいませんか」などとSNSに上げることはしない。「良いお店はありますか」などと地元の人に訊くこともしない。

楽しみは酒とタバコとパチンコ、という先輩が修業時代にいた。そのヤベさんはあるとき新幹線で名古屋へ行き、駅前でパチンコを打って、そのまま帰ってきた。僕が計画している小旅行は、ヤベさんの名古屋行きと、ほぼ変わらない。


朝飯 紅白なます、大豆と切り昆布の八角煮、納豆、茹でたブロッコリー、白菜キムチ、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と大豆とズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 マカロニサラダ、豚足と大豆の煮込み、うずら豆、沢庵漬け、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、自由学園のクッキー、Old Parr(生)

2021.1.27(水) 懐かしい黄色の紙

「海外で、訊かれたことが理解できなかったときには必ずノーと答えよ」という鉄則がある。分からないまま「ハイハイ」などと愛想笑いをしてると、そのうち取り返しのつかないことになる。一方「はい」と答えることが当然の状況にもかかわらず否定をすれば、相手は言い方を変えて何度も訊き直してくれる、というわけだ。

1980年が明けてふた月ほどが経ったころ、ニューデリーでエアインディアの事務所を訪ねた。飛行機に乗るには「リコンファーム」の必要な時代だった。女性の係とのあいだで「訊かれたことが理解できない」ことが発生した。僕は鉄則に従って「ノー」と答えた。

相手は「本当ですか、コレラの紙ですよ」とことばを変えた。僕はようやく承知をした。そして胸元の貴重品入れから四折にした黄色い紙を取り出した。

いま「イエローカード」について調べると、コレラは1973年に対象から外れたとある。しかし実際には前述のとおり、1980年代の初めまでは、あちらこちらでその提示が求められた。

国は新型コロナウイルスの予防接種を、先ずは医療従事者を対象として2月の下旬から始めたいとしてる。以降の優先順位は高齢者、基礎疾患を持つ人だという。いずれにも属さない僕に順番が回ってくるのは初夏のころだろうか。懐かしい「イエローカード」が復活するかも知れない。


朝飯 菠薐草のおひたし、温泉玉子、納豆、紅白なます、ごぼうのたまり漬、白菜漬け、メシ、トマトと白菜と菠薐草の味噌汁
昼飯 なめこのたまり炊、白菜キムチ、塩鰹のふりかけ、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 じゃがいもと胡瓜のサラダ、大豆と切り昆布の八角煮、豚足と大根と大豆の煮込み木須肉、「紅星」の「二鍋頭酒」(生)、苺の杏仁豆腐

2021.1.26(火) 一日不讀書口中生荊棘

きのう日記に韓国へ行ったときのことを書いた。今日も続ける。

僕は厚着を嫌う。できれば裸にちかい恰好でいたい。旅へ出るなら暖かいを通り越して暑いところへ行きたい。ナマケ者だからどこへも出かけない。朝からプールサイドに寝転んで、日が陰るまで本を読んでいたい。

2度の韓国行きは2007年2月と2012年2月のことだ。2度とも町内役員の親睦が目的で、閑な時期を選んでの弾丸旅行である。1度目はガイドに案内されて景福宮など名所を巡った。2度目は「そろそろ各自で」ということで、昼の時間が空いた。プールサイドに寝転んで本の読める季節ではない。

「安重根義士記念館」を朝鮮語でどう読むか調べたら「アンジュングンウィサキニョムグァン」と検索エンジンは教えてくれた。賑やかな通りでタクシーを停め、それを伝えたら運転手はすぐに理解した。

「写真を撮ってもかまいませんか」と、ロビーでパンフレットを手渡してくれた人に訊いた。その男の人は快諾をしてくれた。撮ったのは血で書いたと思われる赤い四文字だ。

記念館へは、安重根の書が見たくて行った。安重根の遺墨は、多く、日本で私蔵していた人たちから韓国に戻されたものだ。

記念館は南山という高いところにある。行きはタクシーだったが帰りは歩いた。街へはわざと、路地を迷いつつ戻った。寒さが心地よかった。


朝飯 紅白なます、納豆、油揚げと小松菜の炊き合わせ、菠薐草のおひたし、ごぼうのたまり漬、白菜キムチ、メシ、牛蒡と里芋と菜花の味噌汁
昼飯 油揚げと小松菜の炊き合わせ、白菜漬け、ごぼうのたまり漬、塩鰹のふりかけのお茶漬け
晩飯 チーズ、TIO PEPEコーンポタージュスープレタスと人参のサラダ2種のパン茹でたブロッコリーを添えた鶏もも肉の香草オーブン焼きPetit Chablis Billaud Simon 2016

2021.1.25(月) もどき

僕のコンピュータには”TR”というファイル、一般にはフォルダと呼ばれる場所がある。ここには海外へ出かけたときの覚え書きが収めてある。もっとも古いそれは2009年8月にタイ北部を訪ねたときのものだ。この日記を検索したところ、はじめて韓国へ行ったのは2007年2月。だからその記録は”TR”には無い。

2007年2月21日の夕刻まで、肉は日本のそれがもっとも美味いと考えてきた。しかし同日の夜、乙支路3街の「良味屋」で焼肉を口にした瞬間に、それまでの確信は雲散霧消した。韓国で驚いたことの随一は、食べものとマッコリの美味さだった。

韓国には2012年2月にも行った。2回の訪韓でいちばん心に残った食べものは、しかし焼肉ではない、キムチチゲと米飯の組み合わせである。

このところ、週に一度は自己流で、その「もどき」を朝食にしている。この味噌汁はからだを一気に温める。今朝は食後、直角に位置する窓2枚を開放して、大寒から4日後の外気にしばし涼んだ。汗はかきたくない性分である。


朝飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、缶詰の鯖と玉葱とトマトと白菜キムチの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 たたき牛蒡、菜花と里芋と人参の炊き合わせ、めかぶの梅肉和え、なめこのたまり炊、雲呑鍋その鍋で煮たラーメン自家製饅頭、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2021.1.24(日) そのころのそのあたり

部屋の中が薄明るみを帯びている。時刻は3時10分。地面の雪が水銀灯の光をはね返し、それが4階の窓まで届いているのだろう。「そうだ、雪だよ」と飛び起き、すぐに服を着る。食堂に出てカーテンをずらし、外の様子をうかがう。幸いにも雪は、おしろいを薄くひと刷毛したほどしか積もっていない。しばらくして降りた製造現場の気温は摂氏7度。雪の朝は、気温は意外や下がらない。

雪はしかし、その後も降り続いて、止みはしない。始業時の積雪は9センチ。雪国の人には嗤われるだろう、しかし雪のそれほど降らない地方の者にすれば、たかだか9センチでも厄介だ。朝のミーティングでは、喫緊の仕事のない社員はすべて雪かきに当たるよう伝える。

店の駐車場、蔵の大木戸の外、隠居の周囲と庭の飛び石、その3ヶ所を結ぶ歩道の雪かきは、6名により9時40分に完了した。感謝に堪えない。

昼にラーメンを食べつつ日本経済新聞の、辻惟雄による「私の履歴書」を読む。

「1971年5月、妻と幼い娘2人を伴って文学部東洋・日本美術史学科の助教授として東北大学に赴任した」
「赴任した年の夏、初めて渡米した」
「訪米は6~8月の3カ月。充実した旅だった。1ドルが360円から308円になったばかりだが、まだ円が安かったので貧乏旅行だ」

と、この3ヶ所を目が辿ったところで「待てよ」と、赤い警告灯が頭の中に点滅する。iPhoneを取りだし「ドル円 360円 308円」とgoogleに入れてみる。

スミソニアン博物館で開かれた、いわゆる「スミソニアン会議」によりドル円が360円から308円に切り上げられたのは、果たして1971年12月のことだった。

1971年といえば僕は中学3年生。山の中にオートバイを隠し持ち、人目に付かないところで乗り回していた。それから数年のあいだにガソリンの価格は数倍になり、ドル円も急騰した。そのころのそのあたりについては、僕の記憶は結構、鮮明なのだ。


朝飯 鰯の丸干し、白菜漬け、メシ、トマトとズッキーニの味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、白菜漬け、大根のキムチ、トマトとレタスのサラダカレーライスOld Parr(お湯割り)

2021.1.23(土) 必読というか

非常事態宣言発令中、とはいえ仕事が無くなるわけではない。早朝、扉の鍵を次々と解きながら、天井の明かり次々と点けながら製造現場に入る。白衣や帽子や手袋は、きのうのうちから用意してある。そして週に幾度となくある仕事に従う。壁の温度計は摂氏6度。前日に一切の作業が為されなかった1月2日の朝、という特殊な日を除いては、製造現場が石室のように冷え込むことはない。

来月10日から16日までのあいだ日本橋高島屋で開かれる「老舗名店味紀行」で、上澤梅太郎商店は出張販売をする。それをハガキでお知らせするお客様の、顧客名簿からの抽出は、今月10日に行った。その、50音順に整列したそれを、ふたりの事務係は普段の仕事をしながら確認してきた。今日はツブクユキさんより、その名簿を郵便番号順に並べ替えるよう頼まれる。彼女たちはこうしてまた、お送り先を精査するのだ。

閉店時間がちかくなるころ雪がちらついてくる。販売主任のハセガワタツヤ君が駐車場に融雪剤を撒くあいだは店番をする。そこに包装主任のヤマダカオリさんが来たため、明日の、らっきょうの大袋は幾つ作るかの確認をする。

夕食の前に軽く飲みながら、今日とどいたばかりの「甦るインドシナ半島のやきもの」を開く。五島美術館が1986年の展覧会に合わせて発行したこの図録の解説は、島津法樹が書いていた。彼による旅行記は、南アジアの文物を好む人には必読の書と思われる。というか、べらぼうに面白い。「読まずに死ねるか」である。


朝飯 蓮根と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、煮奴、めかぶの酢の物、広島菜漬け、ごぼうのたまり漬、大根のゆず風味漬け、メシ、白菜とベーコンの味噌汁
昼飯 塩鰹のふりかけ、蓮根と人参のきんぴら、大根のゆず風味漬け、ごぼうのたまり漬、なめこのたまり炊のお茶漬け
晩飯 チーズ、TIO PEPE、ベビーリーフのサラダスパゲティミートソースPetit Chablis Billaud Simon 2016煮リンゴのマスカルポーネチーズ添え、Old Parr(生)

2021.1.22(金) 雪の予報

本日は金曜日。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業は土曜日から月曜日にかけての3日間。よってその案内を、朝のうちに会社のfacebookpageに上げる。

朝ごはんの専門店「隠居うわさわ」の定食は2種類。簡素な「汁飯香」は、いきなりご来店をいただいてもお出しできる。しかし一汁五菜膳、実際には五菜より多いおかずの添えられる分については、前日15時までのご予約により、準備を始める。それは、時間を厳密に管理しながら味噌やたまりに漬け込む魚や肉が、お膳に含まれるからだ。

「不思議なことに」と店側が首をかしげてはいけないけれど、どこもかしこも人の少ない現在においても「隠居うわさわ」には毎日、お客様に来ていただけている。

今週末の天気は雪だという。雪は大迷惑ではあるけれど、お客様におかれては「大幸運」と、ぜひ隠居にお出かけください。格別の景色を、お約束させていただきます。土、日、月の朝から14時までは0288-25-5844(日光ごはん良し)へ、それ以外のときは0288-21-0002(08:30~17:30)まで、予約のお電話をいただければ幸いです。


朝飯 蓮根と人参のきんぴら、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、ごぼうのたまり漬、大根のゆず風味漬け、広島菜漬け、メシ、トマトと白菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 豆腐と長葱の味噌汁、菠薐草の胡麻和え、蛸のサラダ、油揚げと小松菜の炊き合わせ、鮭の焼き漬け、3種の漬物、「白糸酒造」の「山田六十五」(冷や)

2021.1.21(木) お休み(2日目)

会社は休みでも朝は早く起きる。明け方の時間を惰眠により失いたくないのだ。天気はこのところ素晴らしく良い。南東の空が明るくなり始めるのは6時10分のころだろうか。

8時を過ぎたところで道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場を掃除に行く。「ホロホロふりかけ」が思いがけず減っている。よって会社に戻り、冷蔵庫から「これだけあれば夕方まで保つだろう」という数を出す。それをふたたび道の駅へ行って冷蔵ショーケースに収めてひと息をつく。

10時からは社会保険労務士のオカザワさんと面談。かねてより分からずにいたことにつき教えてもらう。12時20分にホンダフィットに乗り込み宇都宮を目指す。家内を整体院の前で降ろし、自分の番が来るまで喫茶店で本を読むことが、昨年末からの、ささやかな楽しみになった。

夕刻に帰社して一服の後に製造現場へ入る。そして普段は社員に任せている、明日の準備をする。

夕食は僕ごのみのものだった。しかし昼に食べたものがいまだ胃に残って食欲が湧かない。次回より、昼はすこし軽いものにしようと決める。


揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、茹でたブロッコリーを添えたスペイン風目玉焼き、めかぶの酢の物、蓮根と人参のきんぴら、大根のゆず風味漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、きのうの夜の肉だんごと長葱の味噌汁
昼飯 “Denny’s”のデミ煮込みハンバーグ、ライス
晩飯 スパゲティサラダ刻みキャベツを添えたコロッケPetit Chablis Billaud Simon 2016

2021.1.20(水) お休み(1日目)

1月21日と22日の2日間は社員研修を予定していた。しかし新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための緊急事態宣言が栃木県にも発令をされてしまった。そうなれば、大勢がひとところに集まっての勉強はしづらい。よってその2日間は社内の清掃と修繕に充てることとした。

朝、その休みを報せる看板を外へ出す。そして掃除も兼ねて道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ納品をする。9時より清掃業のフクダさんにより店の床のワックスがけが始まる。10時からは保険業のクリバヤシさんとズーム会議。午後はオフクロが晩年に通っていた床屋”Sting”で散髪。会社に戻るとLANケーブルを新しく引く場所をコジマ電機が調べているところだった。そちらは長男に任せて4階に上がる。

食堂できのうの日記を完成させる。午前に注文した五島美術館のパンフレット「甦るインドシナ半島のやきもの」の支払いを促す報せが届いている。よって送料込み1,360円をクレジットカードで決済する。ちなみにamazonではこの図録に9,300円の値が付いていた。

それにしても、社員もお客様もいらっしゃらない建物の中で静かにしているとは、なかなか得がたい経験である。「元旦もおなじだっただろう」と問われれば、決してそのようなことはない、ウチの元旦はけっこう忙しいのだ。

夜は思いがけず賑やかになった卓上のあれこれを肴に日本酒を飲み、早々に寝る。


朝飯 揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、ごぼうのたまり漬、鰯の生姜煮、大根のゆず風味漬け、メシ、白菜と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 蓮根と人参のきんぴら、大根と白菜のキムチ、肉だんごと白菜の鍋肉まん、稲荷寿司、「白糸酒造」の「山田六十五」(冷や)、わらび餅、Old Parr(生)

2021.1.19(火) 謎の宋胡録

2014年にオフクロが亡くなったとき、2005年に亡くなったオヤジの分も含めて2トントラックで5台分のモノを捨てた。食器棚にあった食器、あるいは応接間などに飾られていた器は、その99パーセントを捨てた。残したものは2点。ひとつは中国の空港で買ったとおぼしき青磁の三方茶碗。これは現在、僕がたまに使っている。謎は、もうひとつの方である。

その鉢は、応接間の本棚にあった。良いものであることは一目で分かるから、不要品の箱には含めず取り置いた。オヤジは朝鮮の器を好んだ、しかしこの鉢は明らかに、タイのスコータイで焼かれたものだ。オヤジはタイへは行ったことがない。とすれば、いつ、どこで手に入れたものだろう。

いまこの鉢は、玄関の低い戸棚に飾っている。釉はすり減ってほとんど残っていないから、料理には使えない。せいぜい果物を盛るくらいのところだろうか。それにしても良い風情の鉢だ。大切にしようと思う。


朝飯 茹でたブロッコリー、納豆、「なめこのたまり炊」のフワトロ玉子、鰯の生姜煮、広島菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と蕪の葉の味噌汁
昼飯 鰯の生姜煮、塩鰹のふりかけ、なめこのたまり炊、大根のゆず風味漬け、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 レタスとベビーリーフのサラダ浅蜊のスパゲティビーフシチューチーズPetit Chablis Billaud Simon 2016Grand Vin de Leoville 1982

2021.1.18(月) 今のクルマ

緊急事態宣言が発令されれば例年の売上げは期待できない。とはいえ道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場の検品と掃除には毎朝、出かける。今日も8時すぎにホンダフィットに乗り込む。すると久しぶりにフロントグラスが凍りついていた。霜は、エンジンをかけ内側から窓に温風を圧送すれば数分で融ける。しかしその数分が待てない。このようなときには霜にアルコールを噴霧する。霜は文字のとおりに霧消する。

冬の朝、エンジンをかけてすぐにクルマを乗り出せる、そのことに僕はいつも感動する。むかしのクルマを知っているからだ。

第二いろは坂が完成する1965年以前は、現在の第一いろは坂が登りと下りの双方を担っていた。馬返しには沢水が引かれ、ほとんどのクルマはここでラジエターに冷水を足して坂を登った。これを怠ると、特に観光の季節にはオーバーヒートを起こした。

暑くても寒くても、否、季節を問わず、むかしのクルマは具合を悪くした。今のクルマは凄いと思う。


朝飯 メシ、柴漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、トマトとブロッコリーと長葱と白菜キムチと揚げ玉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 紅白なます、菠薐草と榎茸のおひたし、薩摩芋のレモン煮、広島菜漬け、ごぼうのたまり漬、おでんお汁粉、「白糸酒造」の「田中六十五」(冷や)

2021.1.17(日) 冊子とはいえ

「タイ・やきものロードをゆく」という、本というよりは機関誌と呼んだ方がふさわしい冊子の存在を3日前に知った。そしてこれを欲しいと思った。amazonには29,980円で出ていた。しかしその値段では買えない。一方「日本の古本屋」にはほぼ定価の810円で出物があった。即、注文したことは言うまでもない。

当該の冊子は本日の午前に配達をされた。既製の封筒ではなく古カレンダーで包まれたそれを、中味を傷つけないよう慎重に開封する。

曹洞宗国際ボランティア会が1997年4月1日に発行したこの冊子には、読み進むにつれ、驚くべきことがいくつも詰まっていることが分かった。先ずは28ページ。「パ・ヤーン村の窯跡」と説明のある右上の写真は、2019年3月8日、タマリンドの林の中で、枯れ葉を踏みつつ近づいていった窯跡とおなじものだ。それは、その脇にある木の形ではっきりと分かる

38ページからは、2009年8月24日に訪ねた陶工房ドイディンデーンが、4ページに亘って紹介をされていた。この工房は、水田と養魚場を見おろす涼やかな丘にある。興味のある人は、チェンライでクルマを頼むことだ。誰もがすぐに行けるだろう

バンコクから現地報告を書いているのは、首都最大級のスラムであるクロントイで子供たちの教育に関わっているヤギサワカツマサさんだ。僕はバンコク在住のコモトリケー君の案内により、ヤギサワさんとはこれまで何度もお茶を飲んだり食事を共にしてきた

この冊子は全72ページながら、未知の興味深い記事も多く含まれている。この情報の宝庫を、しばらくは座右に置いてみようと思う。


朝飯 きのうのビーフシチューの残り、茹でたブロッコリー、柴漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 春雨サラダ水餃子広島菜漬け、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)、焼き林檎の杏仁豆腐

2021.1.16(土) 持ち帰り

「そんなにデカくしなくても読めるよ」と、呆れるほど大きなフォントだった。緊急事態宣言の栃木県への発令を下野新聞が朝刊第一面で伝えたのは、先週の木曜日だっただろうか。とすれば、我が日光市の飲食店はその日から、おしなべて20時に閉店をしているのだろうか。

外食とは、食事を作るのが面倒だからするわけではない。今夜あたりはあのお店のこれこれが食べたいという理由により出かけて行く。しかし20時という閉店時間が目の前にぶら下がっていては落ち着かない。

家メシ、家飲みの好きな僕も、たまには他所のものが食べたくなる。専門職にしか作れない料理もある。普段は出前をしてくれる店も、時節がら働き手の数を限っているかも知れない。とすればここは、持ち帰りの可否を店側に確かめるところだろうか。

上に書いてきたこととはまったく関係のないことながら、今夜のワインの栓は、崩れかけながらも無事に抜けて良かった。長く保たせることの可能なワインこそ、これからはできるだけ、栓にはコルク以外の素材を使って欲しい。


朝飯 牛丼、生玉子、広島菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、きのうの天ぷらとトマトと蕪の葉の味噌汁
昼飯 牛肉のしぐれ煮、広島菜漬け、塩鰹のふりかけ、柴漬け、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 トマトとモッツァレラチーズのサラダスパゲティ茹でたブロッコリーとマッシュドポテトを添えたビーフシチューチーズGrand Vin de Leoville 1982

2021.1.15(金) なめこを炊く

「日光味噌のたまり」に熱を加えたときに特有の、何ともいえず香ばしい匂いが漂ってくる。いよいよなめこが炊き始められたらしい。僕は事務室を出ていそいそと蔵へ行く。そして鍋の「たまり」の中で入念に、丁寧に攪拌されているなめこの様子を見る。

大粒のなめこを「日光味噌のたまり」でコトコトと炊き上げると「なめこのたまり炊」ができあがる。上澤梅太郎商店の売れ筋は、圧倒的に「らっきょうのたまり漬」だ。しかし僕が子供のころから今に至るまでもっとも喜んで口にするのは「なめこのたまり炊」である。

「なめこのたまり炊」の仕込みは冬を選んで行われる。記録によれば、2012年すなわち東日本大震災の翌年からは毎年、松が明けてすぐ、1月の第2週より開始をしている。仕込みの日を前倒しすることにより、増産を目指したのだ。

午後、4階の食堂にいるところに長男が、今日の一番鍋から抜き取った「なめこのたまり炊」を見本として持って来る。それを舌の上に載せてみれば、すこし塩分濃度が低いように感じられた。明日、冷えたところでもういちど試食をしてみようと思う。


朝飯 生のトマト、納豆、菜花のおひたしを添えた鯛の煮付け、めかぶの酢の物、広島菜、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、蕪と胡瓜のぬか漬け、メシ、白菜と揚げ湯波の味噌汁
昼飯 鰯の生姜煮、広島菜漬け、塩鰹のふりかけ、柴漬け、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 はんぺんと三つ葉の吸い物「みとや寿司」の握り鮨2種の天ぷら「白糸酒造」の「田中六十五」(冷や)

2021.1.14(木) 年賀状

昨年11月29日に産んだ第二子を連れて、きのう嫁のモモ君が実家より戻ってきた。それに先だって、食堂の天井に埋め込まれた空気調和機を綺麗にしておこうと考えた。昨年末に連絡をした掃除業者が指定をしてきた日は、しかし今日だった。

食堂は南東と南西に向いた角部屋で、家の中ではもっとも居心地が良い。早起きの僕は、朝食までの数時間をここで過ごす。夜にあれこれすることを好む家内は、夕食後の数時間をここで過ごす。つまりこの部屋は毎日、24時間のうち半分ちかくは使われている。空気調和機も、それだけ汚れようというものだ。

8時すぎに来たイソヤマビルサービスは、昼ごろに仕事を終えた。そして僕に現場の確認を促して去った。僕は事務室へ降りて、本日の掃除の記録をコンピュータに残す。

新型コロナウイルスの、日本への上陸から1年が経った。テレビや新聞は毎日、新規感染者の指数関数的な増加ぶりを伝えている。昨春まで毎日ウェブログを書いていた人の中には、その後、更新頻度を極端に落とす例が目立っている。コロナ禍が、様々な形で影響しているのだろう。

僕はウェブログは書ける。しかし年賀状は得意でない。そこのところを何とか頑張って、今日は1枚のみ返事を書く。


朝飯 菜花のおひたし、納豆、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、鰯の生姜煮、ごぼうのたまり漬、広島菜漬け、メシ、豆腐と菠薐草の味噌汁
昼飯 塩鰹のふりかけ、牛肉のしぐれ煮、鰯の生姜煮、柴漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」のお茶漬け
晩飯 チーズ、紫キャベツとリンゴのサラダ、TIO PEPE、鶏笹身肉とトマトとレタスのサラダ2種のパン小海老と帆立貝のグラタン焼き林檎Petit Chablis Billaud Simon 2016

2021.1.13(水) 説明

昨年の冬至は12月21日。この日の東京の日の出は6時47分。素人としては、その翌日から、夜明けは徐々に早くなり始めると考える。ところが今朝の日の出は冬至の日より4分おそい6時51分だった。この現象について、詳しい人に確かめたことがある。その人は「よくぞ訊いてくれた」とばかりに嬉々として長々と説明をしてくれた。結論からすれば、それまで以上に何が何だか分からなくなった。

「ウェブショップで買い物をしたいものの、使い方が分からない」というお客様から、月に数回は電話をいただく。今日のお客様も、結論からすれば「まぁいいや、今回は電話で注文するわ」ということになった。ことほど左様に説明は難しい。

そういう僕も、いわゆる「新技術」に関してはハナから習得を諦めているところがある。しかしそのままでは生活は便利にならない。よって僕は、その「新技術」を自分も使えるようにするため人を頼む。その「頼む」の多くは「教えてもらう」ところにある。

1996年にパソコン通信によるオンラインショップを、そして1998年にはウェブショップを開いた。この日記は2000年から書き始めた。そのときどきに、否、ときどきどころではない、多くの機会に人を頼んできた。自分の説明能力も、高めていかなければならない。


朝飯 鰯の生姜煮、鮭の昆布巻き、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、納豆、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と白菜の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 薩摩芋のレモン煮、チョロギの梅酢漬け、「久埜」の豆きんとん、広島菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、玉子の吸い物菜花のおひたしを添えた鯛と牛蒡の煮物、「白糸酒造」の「田中六十五」(冷や)

2021.1.12(火) 温かいとは

「しんしんと冷え込んできたね」とか「明日の朝は路面の凍結が心配だ」という声が、夕刻になると聞こえてきた。それを受けて、店の駐車場に融雪剤を撒くよう、販売係のササキユータ君に言う。閉店直前の店から僕も、その駐車場に出てみる。「零下何度だろう」と、しばらく前に外へ出しておいた寒暖計を目の高さに持つ。意外や気温は摂氏4度だった。

「しんしんと」とか「凍結」ということばを耳にするうち「気温は氷点下に違いない」と思い込んでしまったのだ。耳から入ってきたことにより五感を狂わせる、そのひとつの典型かも知れない。

終業後、関東の1都3県や関西の1府3県に続いて栃木県にも緊急事態宣言が発令されそうなことを、ウェブニュースで知る。「そうなったら、どうするか」ということは、きのうの場長会議で決めておいた。それを実行に移すまでだ。

焼酎のお湯割りを温め酒と呼ぶかどうかは不明ながら、今夜はそれが早く飲みたかった。よってそのための肴は家内まかせにせず、自分でも進んで用意する。用意とはいえ大したことではない、冷蔵庫にあるものを出して器に盛れば、それで完了である。食事、部屋、風呂。温かいとは本当に有り難いことと、つくずく思う。


朝飯 人参の甘煮、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、納豆、巻湯波と根菜類の炊き合わせ、緑豆のスクランブルドエッグ、広島菜漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、胡瓜と蕪のぬか漬け、メシ、豆腐と三つ葉の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 紅白なます、めかぶの酢の物、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、鮭の昆布巻き、刺身湯波、チョロギの梅酢漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、鮭のムニエル、広島菜漬け、メシ、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2021.1.11(月) 気にしているのは

「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日は毎週の土、日、月で、開店は8時30分だ。調理係の家内は早くから隠居に入る。おとといは8時30分に複数人様のご予約をいただいていた。よって僕は夜と変わらない空の下、家内を隠居の柴折り戸まで送っていった。

隠居が営業する週末から週初にかけての3日間は、僕はひとりで朝食を調える。味噌汁は元より自分が好き好んで作っているから、特に問題はない。

そのような日の朝食の準備法は、日によって様々だ。時にはお盆にあらかじめ器を配置し、その器に常備菜を盛っていく。常備菜はすべて冷えている。しかし汁飯香のうちの汁が熱く、飯が温かければ、痛痒はまったく感じない。

今朝の味噌汁の具はブロッコリーと玉葱。このところ多い組み合わせだ。茹でてあるブロッコリーと生の玉葱を同時に鍋に入れては具合が悪い。できるだけ早く熱が通るよう、玉葱は薄く刻む。そのあたりの工夫もまた、味噌汁づくりの楽しいところだ。

「腹が減っては戦ができぬ」のことわざは英語圏にもあって、それは”An army marches on its stomach.”だという。いつでもどこでも兵站は大切なのだ。もっとも僕の場合、気にしているのはメシのことばかりではあるけれど。


朝飯 牛肉のしぐれ煮、納豆、鰯の生姜煮、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、ブロッコリーと玉葱の味噌汁
昼飯 「金谷ホテルベーカリー」の2種のパン、ミルクティー
晩飯 チョロギの梅酢漬け、たたき牛蒡、人参と椎茸と絹さや豆の炊き合わせ、菠薐草と榎茸のおひたし、巻湯波と根菜類の淡味炊き、紅白なます、刺身湯波、広島菜漬け、メシ、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2021.1.10(日) 粛々と

来月10日から16日までのあいだ日本橋高島屋で開かれる「老舗名店味紀行」に、上澤梅太郎商店は出張をする。よってその準備は、怠りなくする必要がある。お知らせをお送りするお客様の、顧客名簿からの抽出も、そのひとつだ。

この仕事は手順に従えば、小一時間ほどで完了する。しかし途中でつまずくこともある。あるいはより良い方法が見つかれば、いったん立ち止まって、手順を書き換える。今日は「つまずき」と「より良い方法の発見」により、2時間とすこしを4階の食堂で費やした。仕事場を離れてするのは、静かな環境が必要だからだ。

15時30分に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行くと「らっきょうのたまり漬」が売り切れていた。即、関係者用の通路へ出て蔵へ電話をする。そして急遽これを用意するよう、製造係のイトーカズナリ君に伝える。

蔵へ行くと、包装係のタカクコータロー君とスギヤマアイカさんが「らっきょうのたまり漬」を通い箱に納めているところだった。それをホンダフィットに積んで即、道の駅へと戻る。

首都圏に緊急事態宣言が発令されても、その宣言の対象に栃木県も加えるべしと知事が政府に働きかけても、経済活動は粛々と進めていかなくてはならない。来週からは、いよいよ「なめこのたまり炊」の仕込みが始まる。仕込みは春彼岸まで続ける予定である。


朝飯 メシ、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、きのうのキムチ鍋の残りを具にした味噌汁
昼飯 柴漬け、塩鰹のふりかけ、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、ごぼうのたまり漬のお茶漬け、なめこのたまり炊のお茶漬け
晩飯 ポテトサラダ茹でたブロッコリーを添えたメンチカツPetit Chablis Billaud Simon 2016SAS DU CHATEAU HAUT BAILLY ROSE 2004

2021.1.9(土) 氷点下摂氏10度

きのうの日記にも書いたように「汁飯香の店 隠居うわさわ」は朝ごはんの専門店で、開店は8時30分だ。その隠居から「お湯が出ない」と8時40分ころ電話が入った。水は出るというから、お客様にご迷惑をおかけすることは、とりあえずはない。しかしお湯が出なければ、特に食器洗いに支障を来す。先ずは出入りのハヤカワ設備に長男が電話をする。

「市内各所で水道管が凍結し、社員は各現場に散って対応に追われている、本職が行っても、できることは水道管をストーブやお湯で温めるくらいしかない、だから何とか自分で対処して欲しい」というのがハヤカワさんの返事だった。

隠居のお湯は、隣接する蔵の給湯器から来る。お湯が出ないとは、その給湯器に水を送っている管が凍りついているのだろう。そう考えて、蔵の中の石油ターボヒーターを隠居に運ぶ。そして地面から立ち上がる当該の管へ向けてスイッチを入れる。一方、蔵の内側からは、おなじ管にハロゲンヒーターを向けてスイッチを入れる。時刻は9時を10分ほど過ぎたところだった。

「お湯が出た」と家内から事務室に電話が入る。時刻は9時40分。というわけで、隠居の敷地に建つ味噌蔵の水道凍結については、今朝、その解決法が見つかった。今年の大寒は今月20日。「どんと来い」である。


朝飯 鰯の生姜煮、揚げ湯波と蕪の葉の炒り煮、牛肉のしぐれ煮、めかぶの酢の物、柴漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、ブロッコリーと玉葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 広島菜漬けキムチ鍋、麦焼酎「むぎっちょ」(お湯割り)

2021.1.8(金) 朝ごはん屋のしごとはじめ

新しい年にはじめて運ぶ荷物は初荷、はじめて物を売る行いは初売り。だったらはじめてお客様に食事を供することは何と呼ぶのだろう。上澤梅太郎商店商店が運営する朝ごはん専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」は、明日がことしはじめての営業になる。既にしてご予約をくださっているお客様もいらっしゃるが、空席もある。ここはひとつSNSに告知を上げようと、写真を撮るため隠居へおもむく。

その門の前には門松がある。門松をいつまで置くかは地方や家により様々だ。上澤梅太郎商店は関東としては遅めらしい15日まで置く。経費や手間ひまのかかったものであれば、できるだけ長く飾っておきたいではないか。

隠居の床の間には鏡餅がある。その脇には長男が調えた松、竹、椿がある。庭はすっかり冬景色でも、屋内は暖かい。今週末のお客様には朝食と共に、その暖かさも楽しんでいただければ幸いと思う。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」は毎週、土、日、月の営業。開店は8時30分、オーダーストップは12時30分、閉店は14時。電話番号は0288-25-5844(日光ごはん良し)。本店の電話番号0288-21-0002(08:30~17:30)なら毎日、ぐるなびなら24時間、ご予約を承れます。


朝飯 納豆、めかぶの酢の物、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、ごぼうのたまり漬、茹でたブロッコリー、広島菜漬け、メシ、大根と玉葱の味噌汁
昼飯 牛肉のしぐれ煮、なめこのたまり炊、塩鰹のふりかけ、柴漬け、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、めかぶの酢の物、生のトマト、鰯の生姜煮、ごぼうのたまり漬、水餃子、「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)

2021.1.7(木) カワラセンネン

2011年3月11日の午後に大地震が起きたとき、上澤梅太郎商店の蔵の屋根には何人もの人がいた。

出入りのイナバ塗装には、そもそも店の破風を、新築以来35年ぶりに塗り直すよう注文していた。高所作業車に乗ったイナバ社長はそこで、屋根瓦にも手を入れた方が良いことに気づいた。僕は本職の意見には従うたちだから、そのまま屋根のことも頼んだ。

瓦職人も加わった一団は、やがて店の屋根から蔵の屋根まで調査と調整を進め、そこで地震は起きた。南東と北東にそれぞれ面した屋根の、そのとき彼らは北東側にいた。盛大に瓦を滑り落とした南東側にいたら、何人かは命を落としていたかも知れない。

イナバ塗装の社長には、これこれの金額を用意してくれれば即、材料の確保に入ると言われた。信じがたい大惨事がテレビを通して伝えられ続けていた。「屋根をステンレスで葺き直せば、瓦が落ちるなどは、もうないではないか」とも思った。そして2日のあいだ考えて、屋根はやはり瓦のままでいくことを決めた。資金の出しどころについては、スズキトール税理士に報告、確認をした。

そこここで資材が急騰、欠品する中、上澤梅太郎商店の瓦屋根はいち早く元の形を取り戻した。「瓦千年、手入れ毎年」とは、そのとき知ったことばだ。

昨年末、その蔵の庇に不揃いな瓦が見つかった。2011年には手を着けなかった場所だった。修理は松の内最終日の本日に行われた。「手入れ毎年」とはいえ、しばらくは安心していられると思う。


朝飯 巻湯波の淡味炊き、納豆、牛蒡の牛肉巻き、めかぶの酢の物、茹でたブロコリー、ごぼうのたまり漬、広島菜漬け、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 「大貫屋」のタンメン
晩飯 マカロニサラダパンロールキャベツPetit Chablis Billaud Simon 2016

2021.1.6(水) 手並み

アスファルトの割れ目から芽吹く雑草がある。「雑草」という名の植物は存在しない。しかし様々な要因から、それらは「雑草」と十把一絡げに呼び習わされている。地面にしゃがみ込み、しげしげと眺めてみれば、しかしそれらにも、それぞれ味わいのあることがわかる。

googleのAIは、世界の森羅万象について予想をしているらしい。日本における新型コロナウイルスの新規感染者数も、そのひとつだ。それによれば、今月末には全国の新規感染者は6,000名を超えるとのことだった。しかし本日の発表は6,001名だから、新年6日にして、早くもそれを超えてきたことになる。AIはまた、東京の1日あたりの新規感染者は1,500名で高止まりと予想していたという。それに対して本日のその数は、1,591名と発表をされた。

不要不急の場合を除いては、嵐が収まるまで蟄居、閉門せよと、官は民に対して言い始めた。そのような中で気づくべき、見つけるべきは、雑草の持つ味わいではないか。熊谷守一は20年ものあいだ家から出ることなく、あれだけの画業を遺したのだ。

もっともほとんどの人は、熊谷守一並みの極貧には耐えられない。ほとんどの人は、熊谷守一の何十倍も複雑な環境に生きている。蟄居閉門などは、実際には、できることではない。ひとりひとりの手並みが問われている。


朝飯 牛肉のしぐれ煮、納豆、巻湯波の淡味炊き、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬け、ごぼうのたまり漬、広島菜漬け、メシ、豆腐と海老の頭と長葱の味噌汁
昼飯 “Denny’s”の日替わりランチ
晩飯 三つ葉のおひたし、冷や奴、牛蒡の牛肉巻き、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬け、蛸のマリネ、広島菜漬け、「秋田酒造」の「雪の美人純米大吟醸」(冷や)、大根おろしを添えた焼き鮭「松瀬酒造」の「松の司生酛純米酒」(冷や)

2021.1.5(火) ヤクのバターの茶は美味い

「印刷屋に頼んだありきたりの、あるいは年賀状作成アプリケーションで作成したこれまたありきたりの、自筆のどこにもない年賀状は要りません」と、そのような年賀状を寄こした人に電話をしたところ「オタク、評判、悪いよ」と叱られた、そういう夢を見ながら目を覚ます。

きのう菅総理大臣は年頭の会見にて、首都圏1都3県への緊急事態宣言の発令を示唆した。時期については明言を避けたものの、どうやら今週中には出されるようだ。それを受けて長男は、あちらこちらに電話をかけはじめた。事態は忙しく動いている。

「動いているのは旗なのか、それとも風なのか。いいえ、動いているのはあなたの心です」と、ネパールのある高僧は言ったという。ネパールの、山の上の尼僧院で飲ませてもらったバター茶は美味かった。しかし今はとにかくバター茶よりも対コロナだ。

きのうの長男の電話により、今日は入れ替わり立ち替わり3人の人が来た。それらの人たちと、取り急ぎの打合せをする。各部の長を集めての場長会議は、今月は11日に予定をされている。最終の決定は、そのときになされるだろう。

旅先で窮地に陥ったときとおなじ気分がする。決して嫌いではない気分である。


朝飯 巻湯波の淡味炊き、納豆、茹でたブロッコリー、スクランブルドエッグ、広島菜漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と大根の葉の茎の味噌汁
昼飯 海老の天ぷらと大根おろしと「なめこのたまり炊」の雑煮、黒豆
晩飯 蛸のマリネ鶏とマカロニのグラタンチーズイチゴTIO PEPEきのう”Finbec Naoto”から持ち帰ったBourgogne Pinot Noir Domaine Billard 2018

2021.1.4(月) 返信の書きどころ

銀行は今日から業務を開始。大晦日から昨日までの売上金を、日別に預金する。この、売上金額を日ごとに分けて銀行に入れるとは、山形県で会計のソフトウェアを開発しているウノヒロシさんに教えられて始めたことだ。これを神奈川県に住む会計の先生サトーマサヒデさんに伝えたところ「ウノちゃんもたまには良いことを言う」と笑った。税務署員にも褒められる、現金の取り扱い方である。

ところで昨年末に、年賀状はいつどこへ届けるべきかと、郵便配達の人から訊かれた。初売りの2日に事務室へ、と僕は答えた。きのう届いたその束は、そのまま家内の事務机に載せた。家内はそこから僕宛のものを選り分けて僕に渡す、それがこれまでの習いだった。しかし今回のそれらは、ほとんどそのまま僕の事務机に回ってきた。

僕宛の年賀状の、特に自筆による文字のあるものについては、いずれ返事を書く必要があるだろう。返信の葉書はこれまで海外の、特に田舎から書き送ってきた。今の様子からすれば、今年は海外へ行くことの叶わなそうな雲行きである。よって返事は明日から書き始めようと思う。


朝飯 ツナとブロッコリーのサラダ、巻湯波の淡味炊き、黒豆、ハムエッグ、柴漬け、ごぼうのたまり漬、メシ、菠薐草の味噌汁
昼飯 焼き鮭、広島菜漬け、塩鰹のふりかけ、ごぼうのたまり漬のお茶漬け
晩飯 “Finbec Naoto”のポテトとレタスと人参のサラダエスカルゴのブルゴーニュ風海老芋のスープカレーライスきゅうりのたまり漬とらっきょうのたまり漬アップルパイチーズの盛り合わせコーヒーブルゴーニュの赤の中でもっとも安かったワイン

2021.1.3(日) 変えない予定

それにしても静かな正月だ。午前のお客様の数は、冬の平日なみではないか。きのう事務係のカワタユキさんは、机の脇に発送伝票の控えをうずたかく積み上げた。そして12月12日から溜まり続けたそれを、たった1日で、すべてコンピュータに入力してしまった。電話も鳴らないゆえの、能率の高さである。

おなじきのう、東京、神奈川、埼玉、千葉の知事4人は緊急事態宣言の再発令を求めて、西村経済再生担当大臣と3時間も会談をしたという。菅総理大臣は明日の記者会見で、どのような決定を述べるか。それによって上澤梅太郎商店も、直近ひと月ほどの計画を急遽、練り直す必要がある。

お客様の数は幸いにも、午後になって伸びてきた。僕も事務室から店に移動をし、販売の手伝いをする。ふたつ残った福袋のうちひとつは、販売係のタカハシカナエさんがお客様にお勧めをして、お買い上げいただけた。夕刻に外を掃除していると、最後のひとつを手に提げたお客様がクルマに乗り込むところだった。とても有り難い。

秋の紅葉時期には釣り銭を準備するため、週に1度は銀行に通った。しかしこれから春彼岸までは、それも月に1度で済んでしまうかも知れない。きのうの日記にも書いた通り、長期の製造計画は例年と変えずに突進する予定である。


朝飯 雑煮、黒豆
昼飯 会社支給の「琥侍」の弁当
晩飯 蛸のマリネトマトと鯖のスパゲティ焼き林檎TIO PEPEPetit Chablis Billaud Simon 2016、Old Parr(生)

2021.1.2(土) 初売り

12月30日に活けた花を仕上げるため、カワムラコーセン先生は7時30分に店に入った。先生は以降もたびたび訪れて、手入れをしてくれることになっている。花は、2週間ほどはお客様の目を愉しませてくれることと思う。

コーセン先生を追うようにして、続々と社員たちが出勤をしてくる。その各々と、新年の挨拶を交わす。7時55分より、おなじ挨拶を第一声として朝のミーティングを始める。

今朝のニュースによれば、初詣を受け入れることを決めた神社の人出は、おおむね例年の9割減とのことだった。その数字はまた、きのう瀧尾神社で目にした風景に一致をしている。

昨年1月、未知のウイルスの、武漢から世界への広がりを耳にしたときには、3月くらいには収まるものと、安易に考えていた。その子ネズミが、1年を経てゴジラかキングギドラのように巨大化してしまうとは、いったい誰が想像し得ただろう。

日光の二社一寺への、大晦日から元旦にかけての参拝客は昨年の8割減、周辺の商業施設の元日の売上げは6割減と、情報が入ってくる。それを受けて、今日から明日にかけての生産計画に変更を加える。超短期の計画は変えても長期のそれは変えない。年明けからの厳冬期は、仕込みの季節だ。「強気で行きますよ」である。


朝飯 雑煮
昼飯 会社支給の「コスモス」の弁当
晩飯 蛸のマリネパン茹でたブロッコリーを添えたマッシュルームの牛肉巻きトマトソースチーズ、Petit Chablis Billaud Simon 2016、MONTESOLE TAURASI D.O.C.G 2O11

2021.1.1(金) どちらも幸せ

起床は4時23分。日が昇り、あたりが充分に明るくなったころに家内と外へ出る。

墓参りに訪れた如来寺の水場は不凍栓が締めてあるにもかかわらず、凍りついていた。家に戻ってバケツに水を汲んで来ようとする僕に、コンビニエンスストアで水を買うことを家内は提案した。その、ペットボトルの水を満たした一双の花立てに、それぞれ5輪ずつの白菊を活ける。快晴、無風にて、線香には容易に火が着いた。

道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場の拭き掃除から戻ると、4階の食堂には雑煮が煮えていた。そこから5客のお椀を調え、4階の仏壇、1階事務室の神棚、坪庭のお稲荷さん、蔵の水神と地神にそれぞれ供えて歩く。人間が雑煮にありつくのはそれから。時刻は8時50分だった。

初詣における最後の昇殿時間は11時にて、これに合わせて瀧尾神社を訪ねる。拝殿の人の数は、例年の4割だっただろうか。参道の人出は更に少なく、9割減くらいだったかも知れない。

日光市今市地区の旧市街西端にあるのが瀧尾神社なら、その東端にあるのが追分地蔵尊だ。次はこちらへ回り、3体の地蔵に線香を供える。そして御札を受け取って戻る。

午後は、第二子を産んで里帰り中のモモ君が、そのシンを抱き、長男、リコとの4人で来た。とにかく4歳のリコが、弟の小さな手や足を終始、触りたがって、どうしようもない。幼子ふたりを気遣って、僕は終始、マスクをかけたままでいた。

彼らがいまだいる15時すぎに、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ売場の様子を見に行く。GoToキャンペーンは一時中断、不要不急の外出は避けよとの国からの達しにより、神社と同様、こちらも人の数は、例年ほどではない。

17時40分に製造現場へ降りて、普段は製造係がしている仕事をする。壁の寒暖計は摂氏5度。正月に遊んでいられる身が幸せなら、仕事ができるのも、また幸せなことだ。

夜はすっかり寛いで、4種の酒を飲む。そして22時に就寝する。


朝飯 鮑の柔らか煮、黒豆、「久埜」の純栗きんとん、いちご、雑煮「天鷹酒造」の「有機純米大吟醸五百万石」(冷や)
晩飯 鮑の柔らか煮、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」で漬けた松前漬け、同「朝露」で漬けた鮪、巻湯波の淡味炊き、牛肉のすき焼き風、「天鷹酒造」の「有機純米大吟醸五百万石」(冷や)、Petit Chablis Billaud Simon 2016、MONTESOLE TAURASI D.O.C.G 2O11、クッキー、Old Parr(生)

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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

蔵見学