2025.1.2(木) 初売り
目を覚まして枕頭のiPhoneに触れると時刻は2時ちょうどだった。寝の足りない感覚は無かったため、起きることにする。着替えて洗面を済ませて食堂に来る。時刻は2時18分になっていた。これだけ早くに起きればいろいろなことができる。きのうおとといの日記の他には「汁飯香の店 隠居うわさわ」へのウェブ予約にご返事をしたり、あるいは水神祭の日取りを決めるため今月の六十干支を調べたりする。
ここまでしても時間はいまだ、じゃぶじゃぶと使い放題だ。忙しいときには溜めがちになる有料のメールマガジンを、ゆっくりと読む。大晦日に事務室から引き上げ、以降は4階に置いたままのコンピュータが、5時を過ぎるころディスプレイの明るさを落とす。バッテリーが節約モードになったのだ。それを機にコンピュータは閉じ、読書灯を手元に引き寄せる。そして読みさしだった吉田健一の「汽車旅の酒」を開く。
「汽車旅の酒」は不思議な短編「東北本線」と「道端」を読み終え、しおりは観世栄夫による巻末エッセー「金沢でのこと」の1ページ目に挟まれていた。この文章が、良い。本文では語られない部分、ことに東京駅での待ち合わせのところにワクワクする。「移動の経過を欠いた紀行文は好まない」と昨年9月27日の日記に書いた僕にとっては、正にご馳走である。
吉田健一は何冊か読んだものの、何十年か前に買った「金沢・酒宴」はいまだ開いていない。これを階段室の古い本棚、応接間に続く廊下の新しい本棚と探して歩くも見つからない。そうするうち朝食の6時30分が迫って探索は中止とする。
なお本日は初売りにて、いつもの7時40分に事務室のシャッターを上げる。
朝飯 お雑煮
昼飯 会社支給の「コスモス」の「ハンバーグデミグラスソース弁当」(たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」は家で追加)
晩飯 すき焼き、SUNRISE CABERNET SAUVIGNON VALLE CENTRAL CHILE、「與兵衛桃林堂」の「桃李もなか」、Old Parr(生)
2025.1.1(水) お雑煮
「ベロ藍」の濃さは薄れているものの、6時10分の空はいまだ美しさを保っている。
元旦には家内との墓参りを欠かさない。数年前は水場が凍りつき、コンビニエンスストアでミネラルウォーター2リットルを買ってお墓に引き返したことがあった。その記憶が強烈なため、翌年からはかならず家から水を持参することにしている。しかし水場が凍てついたのは一度きりで、今日もまた、お寺の水道栓からは問題なく水が出た。
とはいえ元旦のお墓の寒いことに変わりはない。素手で水を扱うとアカギレが切れて業務に支障を来すためゴム手袋を使ったものの、それでも指先は凍えた。来年は毛糸の手袋も忘れずに持とうと思う。
帰宅の途中、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の通用口をクルマから確かめたところ、早くも施設長の働く姿があった。よって会社に戻るなり冷蔵庫に入り、今日のために準備した福袋を台車に載せる。そしてそれをホンダフィットに移し替えて、道の駅に納める。時刻は7時35分だった。その配達にて一般の商品にも補充の必要を感じ、本日2度目の配達を直後に行う。
8時を前にして、4階の食堂には既にして長男、嫁のモモ君、3人の孫が揃っていた。その5人を伴ってお雑煮を載せた盆を持ち、仏壇、神棚、稲荷社、水神、地神と、それぞれ供えていく。人間がお雑煮にありつくのは、その後だ。箸袋に家族の名を筆ペンで書く仕事は、今年は孫のリコが担ってくれた。
食後は10時30分まで寝室で横になって休む。総鎮守瀧尾神社には、長男の家族と共に7人で出かけ、昇殿の上、11時からの祈祷を受ける。そこから今度は追分地蔵尊へまわり、こちらでも初詣をする。帰宅の途中に道の駅へ寄ると、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」が売り切れていた。よって即、バックヤードの冷蔵庫から補充すると共に、会社から新たなそれを道の駅の冷蔵庫に運び入れる。
昼食の後は15時までふたたび寝室で休む。正月には普段はできないこと、すなわち昼寝がしたいのだ。
15時を過ぎてから、本日4回目の配達を道の駅に行う。これにて閉店までの在庫は充分と思われたものの、バックヤードの冷蔵庫から一部の商品を売り場に出すと、当然のことながら、冷蔵庫には隙ができた。念のため会社に戻り、その隙に収められるだけの品をカゴに入れて、本日の配達を完了する。これにて今日の道の駅への配達は、昨年の元日とおなじく5回になった。
夕刻は早めに入浴をし、早めに夕食を摂り、早めに寝室に入る。
朝飯 お雑煮、田作り、「久埜」の栗きんとん、黒豆、おせちあれこれ
昼飯 お雑煮、いちご
晩飯 おせちあれや、これや、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)、「明治の館」のチーズケーキ、Old Parr(生)
2024.12.31(火) おおつごもり
おとといの日記に書いた「阪納誠一メモリアル走行会」の「日程に都合のつかなかった2017年と2018年」とは多分、開催日が日曜日、あるいは大晦日必着の「日光の美味七選」の出荷日に当たってしまったことによる出場断念だったような気がする。しかしその美味七選も、おととしからは僕の手を完全に離れた。世の中には、いつまでも仕事にしがみつこうとしたり、院政を敷いたり、という人が少なくないらしい。それが僕には信じられない。楽が一番ではないか。
事務室で僕のする仕事は、今年はもう無くなった。店も、すこし忙しくなったときに手伝いに行く、くらいのところまで落ち着いてきた。なにより今日は大晦日である。
上澤梅太郎商店の年末年始の休みは元日のみ。明日は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の売場が賑わうだろう。製造現場には道の駅用の一部商品jについて、予定より増やして準備するよう指示を出した。
夜は酒に燗をつけて、鴨鍋と年越し蕎麦を賑やかに食べる。
朝飯 ハムエッグ、生のトマト、小松菜のソテー、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、鴨鍋、「やぶ定」の蕎麦、鴨鍋のつゆによる素麺、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)、「與兵衛桃林堂」の桃李もなか、Old Parr(生)
2024.12.30(月) 年末の仕事
本日すべきことは、メモにしておいた。それに従って外へ出ようとしたところ、先月27日の日記に書いた、そして本日出荷の「日光の美味七選」に封入する商品説明をもう一度見直すよう、長男に頼まれる。その結果、2、3の個所に朱を入れて長男に戻す。嫁のモモ君には、年越し蕎麦のつゆへの言及が欠けているとの指摘があり、それも加えることとなった。
「日光の美味七選」については、かつては荷作りを除いてはすべて僕が担っていた。それがいつの頃からか僕の手を離れ、今ではすべて長男、モモ君、そして社員がしてくれる。有り難いことこの上ない。
銀行では釣銭のための、今年最後の両替を頼む。そこから今度は、盆暮れ彼岸にはなにかと仏壇に供物をくださる方のお宅へまわり、一升瓶を置く。会社に戻りつつ道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ寄り、早くも在庫の少なくなっている商品を確かめる。
店舗入口右側には現在「汁飯香の店 隠居うわさわ」への案内が掲げてある。それを外して「賀正」の墨書に掛けかえるのは今か、それとも閉店後かと長男に問われて「いま、やっちゃおう」と返事をしつつ立ち上がる。その次には隠居へ行き、床の間の、柏木弘の”UNTITLED 08-Ⅲ”を河井寛次郎の「喜者開扉」に掛けかえる。
この時期には、いきなり大口のお客様のいらっしゃることが珍しくない。15時30分にはまたまた道の駅に、まとまった納品をする。「日光の美味七選」の限定40セットは無事、宅急便に引き渡された。
夜には少しゆっくりして、飲みさしのワインを干す。
朝飯 菠薐草のおひたし、玉子焼き、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ、パン、レバーペースト、クリームシチュー、PREDICADOR BLANCO 2015、「松之助」のハミングバードケーキ
2024.12.29(日) 阪納誠一メモリアル走行会
「モビリティリゾートもてぎ」の西コースを年末に借り切って開催される「阪納誠一メモリアル走行会」には2006年から、日程に都合のつかなかった2017年と2018年、および新型コロナウイルイスによる社会の混乱により中止をされた2020年を除いて参加をし続け、今年で16回目になる。
宇都宮の外れのホテルを出発したのは7時6分。トランスポーターを曳くホンダ車のフロントウインドーには霜が凍りついていた。モビリティリゾートもてぎには北ゲートから入り、パドックには7時48分に着。8時よりコントロールタワー下の会議室で受付が始まる。手渡された参加一覧のクルマは1925年から2000年までに生産をされた64台。ちなみに僕のBUGATTI T35は1926年製だから今年で98年目のクルマである。
8時20分からのドライバーズミーティングを終えてパドックに戻ると、タシロさんは既にして一度エンジンをかけ、異常の無いことを確かめていた。そして9時よりコースに出る。
はじめの20分間は、いまだ熱を蓄えていないエンジンと冷えたタイヤを慮って、エンジンの回転数は2,500までに抑えておく。エンジンの8気筒はばらつくことなく回っている。ブレーキの片効きもほとんど無い。1年ぶりの整備ではあったものの、調子は軽快そのものである。
10時30分からの20分間では、いよいよエンジンの回転を上げていく。このときの最高は3速で4,000回転まで。丸みを帯びたコの字型の第一コーナーの僕の限界は3速3,300回転。ここを過ぎつつあるときには常に「踏め、踏め、踏め、踏め、恐れるな」と、心に強く言い聞かせる。バックストレッチから右に入る狭いシケインには3速2,500回転が許容できる最高の速度だ。この隘路が数十メートル先に迫ったときには「ハンドルを回せ」とみずからを叱咤する。昨年、ここを通り過ぎて前方の草地に乗り上げたクルマがあった。焦燥と迷いの結果だろう。
昼食をはさんだ12時50分からは同乗走行。随分と前から来つづけてきてくれているモモイシンタローさんが横に乗っているときには、冒険は避けるものの、手を抜くこともしない。真剣に走らないと面白くないのだ。その20分間が終わると息つく間もなく13時20分からはまたヴィンテージクラスの20分間が始まる。
ホームストレッチの最後、第一コーナーの入口では、コーナー手前100メートルで急制動をかける。ブレーキを踏みつつかかとでアクセルを蹴り、4速から3速にギヤを落とす。そのときコーナー手前50メートルを示す表示までは、いまだ20メートルほどの余裕がある。つまりシフトダウンに要する時間は1秒くらいのものだろうか。蛮勇を鼓舞して3速3,500回転でコーナーに飛び込むと、その回転数あたりから急に馬力が上がるのか、尻が左に振り出される。
バケットシートにシートベルトで固定されているわけでもない身体は、右の側壁に押しつけた右の脛、およびギヤボックスに押しつけた左の脛で支えている。この状態で大径のハンドルにカウンターを当てることは難しい。できることはアクセルにかけた右足の力を弱めることで、すると車体は元の体制を取り戻すものの、速度は落ちる。結局のところ、第一コーナーには3速3,300回転で入って行き、その回転数を保ったまま出て行くのがもっとも良い手、かも知れない。
帰り支度を始める参加者が目立つころになっても、タシロさんはエンジンの調整やホイールの増し締めに余念が無い。14時50分からのヴィンテージクラスでは、真っ先にコースに出て行く。その2周目にさしかかったとき、ピットロードから出ようとして、しかし第一コーナー手前の草地にスタックしてしまった赤いクルマはMGだっただろうか、それともアルファロメオだっただろうか。続くクルマは皆無だったから、以降、全長1,490.361メートルの西コースのすべては僕の貸切になった。最後は15時40分からの同乗走行。
ヴィンテージクラスと同乗走行の合計時間は115分間。モモイシンタローさんによる、今回の僕の最高タイムは1分03秒。つまり平均時速は85キロ。とすれば1日の走行距離は163キロメートルになる。これは間違いなく、本日の参加者中で最長の時間、最長の距離だろう。
僕はおよそ、頑張るということをしない。これまで頑張ってきた、そして今でも頑張っていると人に言えるのは、BUGATTI T35をできるだけ速く走らせようとすること、それのみではないか。そして「また来年」である。
朝飯 「ホテルルートイン宇都宮ゆいの杜」の朝のブッフェ
昼飯 「グランツーリズモカフェ」のカレーライス
晩飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、すき焼き、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(冷や)、干し柿の菓子
2024.12.28(土) 正月飾り
12月28日は餅つきの日として僕は認識をしている。小学生のせいぜい3、4年生までのころ、上澤梅太郎商店の事務長だったコイズミヨシオさんの家に泊まり、翌日はその親戚のフジワラさんの家で餅搗きを見物する。それはかならず12月28日で、忘れられない楽しい思い出だ。
年の瀬も迫りつつあるころ、カレンダーの12月28日の日付を見て考えるのは、神棚とお稲荷さんの掃除を朝のうちにすべし、ということだ。しかし今日に限っては僕があれやこれやするうち、双方とも長男が済ませてくれた。多いにありがたい。長男によれば、稲荷社に収めた護符の傷みがこの1年間で随分と進んだという。だったらその箱には樟脳でも入れるべきだろうか。護符だけは別の場所で保存、などということをすると、結局は紛失のもとになるから要注意である。
伊豆に行っているあいだに輪飾りや注連縄などの正月飾り、また幣束などが届けられていた。今朝は柱飾りも届いた。「正月の飾りつけはいつすべきか」については諸説紛々、議論百出で収拾がつかない。いつもは30日に行うものの、今年は仏滅に当たる。とすれば前日の29日はどうか。しかし29日は「二重苦」につながるとして嫌われている。よってふたつの柱飾りは今日のうちに店と事務室に取り付けられた。鏡餅も届いているものの、これは仏滅もものともせず30日に飾ることとなった。
大安、仏滅、友引、先勝、先負、赤口などの六曜については、個人としては、どうでもよいものと考えている。それは、食べ合わせの禁忌を子供のころから嗤っていた、そういう僕の性格によるだろう。
終業後はEBエンジニアリングのタシロジュンイチさんが運転するホンダ車の助手席に収まって、宇都宮の外れまで移動をする。
朝飯 ハムエッグ、トマトとレタスのサラダ、鮭の焼きほぐし、千枚漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「魚べいゆいの杜店」のあれこれ、「白鶴酒造」の「白鶴純米大吟醸」(冷や)
2024.12.27(金) 伊豆治療紀行(31回目の2日目)
きのうの就寝が早かった分だけ、今朝の目覚めは早い。枕頭のiPhoneをたぐり寄せ、TikTokを開いて先ずは「梅太郎」のアカウントに戴いたコメントに返信をつける。そして「レコメンド」に戻ると「カイロプラクティックのような代替医療、民間療法は、それを受けて気持ちが良ければ否定しないけれど、科学的根拠は皆無」と、どこかの整形外科医が解説をしていた。
2018年の晩秋、これまで経験したことのなかった痛みに背中の右側が襲われた。どうにかしようと訪ね歩いた中には勿論、整形外科医もいた。国立病院でMRIによる画像を撮り、それを分析してももらった。しかし整形外科医は湿布と鎮痛薬を処方し、痛み止めの注射を打つ、それしか手は無く、薬が切れれば痛みはぶり返した。その痛みを霧消させたのは、当時、宇都宮で開業していた、現在は「伊豆痛みの専門整体院」のワタナベ先生である。整形外科で治るなら、僕も整形外科へ行くのだ。「治せねぇんだから、しょうがねぇじゃねぇか」である。
今日の治療はきのうより楽だった。からだの要所要所が深刻でなければ治療の時間は短くて済む。そのお陰で今日は城ヶ崎海岸11:05発の上りに間に合った。
東京駅からは京浜東北線で神田、そこから京橋、そこから神田、そして銀座と、一見、合理性を欠く移動をするも、それにはいろいろとワケがある。京橋のモンベルでは今月23日の日記に「買うことを決める」と書いたクリフサーモパンツではなく、より細いガイドサーモパンツを買った。サイズはS-L、つまりウエストはSでレングスはロング、というものがちょうど良かった。履き初めは12月19日。元日早朝の墓参りの際にも、あるいは穿くかも知れない。
神田で別れた家内とは銀座で落ち合って食事を摂り、浅草19:59発の下り特急を使って22時前に帰宅を果たす。
朝飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の朝のブッフェ其の一、其の二、其の三
昼飯 「教文館カフェ」のケーキとコーヒーのセット
晩飯 “Bistro Le Nougat”のウフマヨネーズ、クレソンとマッシュルームのサラダ、2種のパン、ブーダンノワール、パリブレスト、Rully La Chaume,J.Y.Devevey 2020、エスプレッソ
2024.12.26(木) 伊豆治療紀行(31回目の1日目)
海外のある国でピータンをナイフで二つ割りにすると、黄身の中でとても小さな、ミミズのような虫が複数でうごめいている。しかし「現地の人が食べているものなら問題はなかろう」と、躊躇することなくそれを食べる。味は、特に黄身の味が濃く、普通のピータンよりよほど美味かった。という夢を今朝は見た。
僕の性格に負けず嫌いの部分はひとかけらもない。しかし食べられないものがある、ということに関しては非常な悔しさを覚え、それが好きになるまで徹底的に食べる。そうして苦手な食べものを克服してきた。
家内がアイスランドで買ってきた缶詰の臭い魚も、食べてみれば「フツー」だった。サイゴンのベンタイン市場の脇の屋台で食べたヒヨコになりかけの茹で玉子も、また「フツー」だった。人が日常的に食べているものは、おしなべて「フツー」なのだ。
下今市09:34発の上り特急きぬ116号は、09:05発の上り特急リバティけごん14号の車両点検のため、20分おくれで発車。それを受けて伊豆高原には14時37分の着。従って14:30に駅前を出るホテルの送迎バスには間に合わず、タクシー代1,130円を無駄に使う。
ホテルから歩いて行ける「椅子高原痛みの専門整体医院」での治療は、昨月ほどは楽でなかったものの、拷問まがいの痛みは感じずに済んだ。5,000ボルトを発する電子ペンによる痛みは、患部の状態が悪いほど強く、問題が小さいほど軽くなるのだ。
夜は日本酒を冷やで300ccほども飲み、21時に就寝する。
朝飯 三つ葉のおひたし、トマトのスクランブルドエッグ、揚げ湯波の甘辛煮、千枚漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、けんちん汁
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、伊右衛門「京都ブレンド」
晩飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、「澤乃井」の特別純米(冷や)、ロビーで無料で提供されているアイスクリームにこれまた無料のアイリッシュコーヒー用ウィスキー”BUSKER”をかけたもの
2024.12.25(水) 非生産的でも嫌いでない仕事
首尾良く3時台の起床。先ずは仏壇のことを済ませ、次はコンピュータの電源を入れる前に、釣り銭のための種銭を数える。お盆のころは溜まりに溜まった十円硬貨が、このところはすこしずつでも出て行く。それがきのうの閉店時には、いよいよ枯渇した。よって今日は朝一番で銀行へ行かなければならない。
釣銭を作るという仕事は、どちらかといえば非生産的なものだ。ところが僕はこれが嫌いでないばかりか好きだったりする。種銭の合計金額を睨みつつ、コンピュータに自作した計算機にて、両替すべき五千円札、千円札、五百円硬貨、百円硬貨、十円硬貨の数を決める。来るべき年末年始の銀行の休みは長い。安全を考えれば、両替は30日にも必要になるだろう。
それにしても、きのうの日記にも書いたことだが、ご来店になるお客様の数は、きのうに引き続いてとても少ない。しかしこの状況は、あさって金曜日までの、真空域のようなものではないか。そんなことを考えている僕に長男は、年末年始の、日ごとの繁忙予想を持って来た。
上澤梅太郎商店は「いま食べごろの味」をお客様にお届けするため、繁忙期においても商品の作り置きはしない。売り切れを避けるため、商品の生産量は、今週の土曜日から一気に増やすことになるだろう。
朝飯 ハムエッグ、茹でたブロッコリーと生のトマト、菠薐草の胡麻和え、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布とズッキーニの味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 千枚漬け、「日光味噌のたまり浅漬けの素・朝露」による松前漬け、鮨其の一、鮨其の二、鮨其の三、焼き鳥あれこれ、「柏露酒造」の「越の四季超特選大吟醸」(燗)
2024.12.24(火) 丸いテーブル
今月16日の日記に書いた3枚のCDが、店のiPadでミックスされて、遠く離れたスピーカーから流れている。その音量はお客様の迷惑にならないほどに落とされているものの、僕の耳には明瞭に聞こえている。やがて曲が”The Supremes”の”My Favorite Things”に変わる。特筆すべきは当時22歳だったダイアナ・ロスの若々しい声、よりも僕はバックのドラムスに注目したい。スネアとシンバルを叩きまくりの大活躍で、とにかくカッコ良いことこの上ない。確かめてみたい人はYouTubeを”The Supremes My Favorite Things Motown Records 1965″で検索していただきたい。もっともコンピュータの小さなスピーカーでは、その良さの10分の1も伝わらないかも知れない。
さてこちらは今月20日の日記に書いた、地方発送の年内お届けは今月24日のお受け付け分まで、について。ご来店のお客様は、今日からめっきり減った。発送をお申し込みになるお客様の中には、年が明けてからお年賀として出荷するよう指示される方もいらっしゃった。一方、電話によるお申し込みはいまだ「年内の配達は間に合いますか」のお問い合わせがほとんどだ。さて明日の具合は、どうなるだろう。
夜の食卓は、それは賑やか。丸いテーブルを1歳から68歳までの8人が取り囲んでいるのだ。そして来週の今日は、いよいよ大晦日である。
朝飯 玉子焼き、納豆、菠薐草の胡麻和え、紅白なます、蕪と胡瓜のぬか漬け、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と白菜と万能葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「コスモス」のローストチキン、レタスとベビーリーフのサラダ、ミートローフ、「進々堂」のパンドカンパーニュ、同シュトーレン、他あれこれ、Chablis Billaud Simon 2018、BOURGOGNE Jean GROS 1994