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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

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2024.10.27(日) 静けさや

事務室のシャッターを上げるのは7時40分。真っ先に出社をしてきたのは包装係のヤマダカオリさんとトチギチカさん。そのふたりを社内に迎え入れたら即、外へ出てホンダフィットの運転席に着く。そして第50回衆議院議員総選挙の投票所である今市小学校へ向かう。たかだか数百メートルの距離にクルマを使うのは、朝の忙しさによる。

その時間、その場所にいた一般人は僕ひとり。投票用紙に鉛筆を走らせる音だけで、僕の記した内容が受付係や立会人には分かるのではないか。小学校の体育館は、それほど静かだった。

それはさておき今日は「汁飯香の店 隠居うわさわ」に朝一番のお客さまが集中している。長男は手伝いのため8時30分より隠居へ向かう手はずになっていた。ところがたまり漬の本店前にはおなじ8時30分の開店前よりお客様のクルマが駐まっている。よって長男もしばらくは本店に居残って接客に当たる。道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への朝一番の納品は、配達係のイザワコーイチさんひとりに任せた。

日中、数名のアジア系のお客様にアルバイトのサイトーコナツ君がつききりで、商品の説明をしている。ここは英語の得意な彼女にお任せとばかりに、僕はキャッシュレジスターの前に立つ。ややあってそのお客様が精算のため近づいてくる。聞けば彼女たちの言葉はタイ語ではないか。よって「僕もタイ語はすこしばかりできるんです」と、財布を取り出した女性に見栄を張ってみる。

NHKの開票速報は19時55分から。しかし当方の優先順位は睡眠の方が上にある。いずれ目覚めるころにはほとんどすべての結果が出ているだろう。そして20時すぎに就寝をする。


朝飯 菠薐草のおひたし、鯖の塩焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 スパゲティナポリタンChablis Billaud Simon 2018エクレア、Old Parr(生)


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2024.10.26(土) 避けるか絞るか

「今しがた道の駅に立ち寄ろうとしたけど、駐車場が満杯で…。せっかく来たのに…。なにか方法はありますか」と日中、お客様に訊かれる。周辺に点在する別の駐車場をご案内しつつ「週末は、あそこはいつも一杯で」と言葉を添えると「その週末にしか来られない」と、お客様は苦く笑われた。

この日記にいくら書いても心に留める人はいないだろうけれど、日光に「せっかく」来るなら、観光シーズンの週末は避けるべきだ。観光シーズンの週末に来るなら「どこへ行きたい」とか「なにを見たい」などの希望をとことんまで絞るべきだ。この、僕からすればごく簡単なことのできない人のあまりに多いのはなぜだろう。

本日「汁飯香の店 隠居うわさわ」に12時30分にご予約をくださっていた13名の団体様は、渋滞に阻まれて、それでも30分の遅れでお着きになった。しかし先を急ぐとのことにて、いまだ食事を終えていない方がいらっしゃるにもかかわらず、気が急いて靴を履き、庭に出てしまわれた方もいらっしゃったと、後から聞いた。

僕の知る限り、中国、韓国、日本など東アジアの人たちは、短い日程の過密で忙しい旅行を好む。日常を忙しく働きながら、旅先でもなお忙しく動こうとする。その気持ちが僕には分からない。

夕刻、2週間の日程で日本を回っているという、アメリカ人の5人様に漬物を買っていただく。僕より20歳ほども若い現役世代であれば、2週間が旅行に割ける限度なのかも知れない。2019年3月10日にバンコクの屋台で僕に話しかけてきたドイツ人の爺様は、ラオスとカンボジアとタイを7週のあいだ旅してきたと語った。「オレもそのくらいは行きてぇよなー」とは思う。


朝飯 炒り豆腐、菠薐草のソテー、スクランブルドエッグ、炒り昆布、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と得若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ごぼうのたまり漬、夏太郎らっきょう、茹でたブロッコリーを添えた蒸し鶏、「百徳食品公司」の豆板醤とコモトリケー君行きつけのムーサップ屋のナムチム、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)、シュークリーム、Old Parr(生)


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2024.10.25(金) 首の限界

午前、配達のついでにコンビニエンスストアに寄ろうとして事務机の引き出しを開けるも、いつもはそこにあるはずの財布が見あたらない。携帯電話は日に何度も探す。しかし財布を見失ったことはこれまで無かった。

きのうの夜は僕が書記と酒の取り寄せ係を務める日本酒に特化した飲み会「本酒会」の例会にて外へ出た。毎月のように変わる会場は、きのうは近所だったため、複数の四合瓶は会長による運搬に頼らず、僕が大きなトートバッグで運ぶこととした。酒瓶以外の持ち物は財布、携帯電話、投票用紙、ボールペンの4点。これらは、いわゆるバッグインバッグに収めた方が安全と思いつつ、面倒さが先に立って、そのままトートバッグに投げ込んだ。

会場では会費を支払ったから、財布はそのときまでは確かにあった。とすれば店の中に落としたか。しかし財布にはクレジットカードも入れていたから、お店の人が気づけば僕に電話をしてくるはずだ。それがないにもかかわらず「どこかに落ちていませんでしたか」などと問い合わせて、もしも無かった場合には店側も気まずさを感じるだろう。それより先ずは家の中を探そう。否、それより優先すべきは配達である。

配達から戻って、きのうの夜から今朝までの自分の行動を思い出し、その動線を辿って探すも財布は見つからない。よってもう一度、きのうの夜のことを思い出してみる。

携帯電話は料理の写真を撮るためテーブルに置いた。財布は…と考えて、これは酒瓶を取りだした後の大きなトートバッグに収めるよりは身近に置くべしと、壁を背負って座った僕の、頭より高いところに突き出した棚に載せたことを思い出した。その高さにより、テーブルの上を片づけただろうお店の人も、財布には気づかなかった可能性が高い。

いよいよ店のオカミに電話を入れる。ややあって「ありました」とオカミは声を弾ませた。「やれやれ」である。

携帯電話を探すたび「首から提げておくべし」と家内には言われる。しかし僕が日々、探すものは携帯得電話に留まらない。すべてを首から提げれば、その重さにより首は折れるだろう。すべてにエアタグを付けるのも現実的ではない。なかなか悩ましい問題である。


朝飯 茄子とパプリカとピーマンの味噌炒り、炒り豆腐、菠薐草のおひたし、炒り昆布、大根のぬか漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と大根の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ミートローフとチキンカツの盛り合わせChablis Billaud Simon 2018焼きおむすび、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」


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2024.10.24(木) 辛抱

東の空に、美しくなりゆく気配が現れる。いまだ気配ではあるけれど、油断はできない。この日記を下にスクロールして、つまり過去に遡って、朝の空の画像を探す。そして見つけた10月11日のその画像にポインタを重ねると「2024年10月11日05時15分の東の空」という文字が浮き上がった。

半袖シャツに裸足では寒かろうと、そこに長袖のTシャツを重ね、靴下を履く。そして屋上に上がって明けつつある空にiPhoneを向ける。焦点を合わせるのはNTTの鉄塔。そして何度かシャッターボタンを押す。というか、シャッターボタンとされている白枠の丸い部分に触れる。時刻は5時19分。やがて太陽が顔を出すだろう紅みのもっとも鮮やかな場所は、いつの間にか、より南に寄っている。冬至まで2ヶ月。夏至が過ぎると寂しくて仕方がないという人は、あと2ヶ月の辛抱である。

隠居の軸を秋のものから初冬のものへと替えるべく、4階の和室から羅漢山人による「大黒天の圖」を選んで事務室へ降りる。恵比寿講は10月20日。旧暦によるそれは、今年は11月20日。よってこれから3週間は、この大黒様の軸をかけ続けてもおかしくはないだろう。以降は新年に向けて、やはりおめでたいものを掛けようと思う。

さてまた週末がやって来る。多くの人にとって、週末は休めることにより嬉しく感じられるのではないか。僕にとっては、商品をより多く買っていただける、ということにより、週末は嬉しい。


朝飯 じゃがいもと人参の細切り炒め、ブロッコリーのソテー、生のトマト、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、焼きおむすび、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 “JOHNNEY’S CAFE 638″の其の一其の二其の三其の四、5種の日本酒(冷や)、家に帰ってからのパイ、Old Parr(生)


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2024.10.23(水) 指令

本日の13時よりセキネ耳鼻科からセキネケーイチ先生が出張をしてくれて、インフルエンザの予防接種を受ける、その情報は1週間ほど前に、事務室の裏に張り出された。そこには問診票も置かれていたため、僕も1部を取って、日曜日のうちに記入を済ませておいた。

数名の社員に遅れて先生の脇に立つ。先生は僕の左腕に注射器の針を打ち込みつつ「おっ、硬い」と笑った。注射を恐れる気持ちから、筋肉が緊張していたのかも知れない。接種の希望の有無を記するための名簿をしげしげと眺めたわけではなかったものの、多分、すべての社員がこの機会に接種を受けたのではなかったか。インフルエンザで社員に休まれれば業務に支障を来す。そのための、福利厚生である。

それはさておき、夏ごろは釣銭のための10円硬貨が減らず、その50枚で1本の筒を、お盆の社員への祝儀に含めてようやく減らした。ところがここ1週間ほどはその10円硬貨が見る間に出て行って、夕刻には遂に残り100枚のみになった。このまま放置をすれば、今週末には困ったことになるかも知れない。しかし夏のことを思えば備蓄もし難い。一体全体このような「波」は、どのような原因により起きるのだろう。

2時間も押し黙ったままだった電話が、いきなり複数の回線から同時に鳴る、ということがたまに起きる。これもまた、不思議な現象である。人はときおり、目に見えない何者かからの指令により同じ行動に及ぶ、そう考えたくなることは結構、多い。


朝飯 揚げ湯波の甘辛煮、大根おろし、納豆、茄子とパプリカとピーマンの味噌炒り、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「こつぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と万能葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 トマトとレタスのサラダエリンギとマッシュルームのソテーじゃがいもと人参の細切り炒めブロッコリーのソテーミートローフ、夏太郎らっきょう、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)「久埜」の豆大福、Old Parr(生)


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2024.10.22(火) 密度

田中一村の名は知っていたものの、その絵の実物に触れたことはなかった。それを観るため上野駅の公園口を昼前に出る。公園の、人種年齢を問わない人の数は大変なもので「きのうの銀座より、よほど人の密度が高けぇじゃねぇか」と、大いに驚く。

東京都美術館には、しばらく前にも来た記憶がある。そのときには何を観たのだったか。食堂で何かを食べたような気もする。あるいは一昨年の夏におなじ上野の東京国立博物館平成館を訪ねた、そのときの記憶が曖昧な形で残っているのだろうか。

「田中一村展」は出品点数の多さに加えて観覧客の数も馬鹿にならず、すべての作品を観、またすべての解説のほとんどの文字を読みつつ出口に到ると、2時間40分が経っていた。

午後、おなじ台東区内で「あなたの血管年齢を測定します」というブースの人に声をかけられ、言われるまま右手の中指を差し出す。ディスプレイには何やら分からない波形と僕の1分間あたりの心拍数が現れ、やがて僕の血管年齢は41歳と出た。何年か前に日光市内の病院で薦められて計ったそれは「年齢相応」というものだった。「41歳」は、いささかできすぎだろう。

早めの晩酌は御徒町にて。そこから地下鉄で浅草に移動をすると、17時ちょうど発の下り特急には5分だけ遅かった。よって駅ビルの上の本屋で時間を調整し、17:59発のそれに乗って20時前に帰宅を果たす。


朝飯 「ドトール」のチーズインミラノサンド、コーヒー
晩飯 「もつ焼でんアメ横店」のあれやこれやそれや、他あれこれ、梅割り焼酎


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2024.10.21(月) 「外す」は必須

朝のテレビの天気予報は、竜頭の滝からの中継だった。

今月2日、いまだタイにいたときに僕は「彼らはまず、先人の歌によってすでに知られた場所へ行く。そして彼らがそこで褒めほそやすのは、桜かもみじにかぎられ、名もない丘に咲く名もない花の美しさには、一言一句も費やすことがない」という「百代の過客」におけるドナルド・キーンの筆の一部を日記に引用した。それはなにも、中世日本の旅人に限られた特徴ではない。それから千年以上を経た今も、世界中の旅人は、まるで巡礼のようにして、名所ばかりを目指すではないか。

竜頭の滝の茶屋から紅葉の様子を眺めたければ、週末、特に連休に来てはいけない。渋滞に阻まれて、いずれたどり着けないからだ。有名どころへ行きたければ、週末は外す。週末にしか来られなければ、有名どころは外す。観光の季節に観光地で観光を楽しみたいなら、この「外す」は必須中の必須、である。

午後より東武線の上り特急に乗って、先ずは大宮市のオーミヤナナサト眼科へ行く。2018年の秋に白内障の手術を受けた。以降は半年に1度の検診を欠かしていない。夕刻からは東京に移動をして、飲酒喫飯を成す。


朝飯 菠薐草のナムル風、生のトマト、胡瓜と蕪のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、豆腐と茸の味噌汁
昼飯 「日光鱒鮨本舗」の「鶏めし」、特急スペーシアXの車内販売の「日光みそと湯波のお味噌汁」
晩飯 “Pizzeria Trattoria Vomero”の有機ベビーリーフと季節の野菜のサラダ旬の貝類のワイン蒸し、2種のパン、Casalforte CHARDONNAY VENTO


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2024.10.20(日) 遺影考

オフクロの祥月命日は10月15日。お墓へは家内と早朝に出かけた。供えた花は5日を経てどうなっているか。それが気になって、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への配達のついでに如来寺に立ち寄る。菊と百合によるそれは、捨てるには忍びないほど生き生きとしていた。よって今日は水を換え、線香立てと、その周りを水で洗うのみとした。帰りには寺務所に立ち寄り、お十夜の回向料を置いた。

先般、妹の同級生のお父さんのお通夜に伺った。焼香をしようとして近づいた祭壇の遺影には、大いに驚かされた。青いポロシャツの胸元には白いTシャツが覗いている。帽子は農業協同組合か農機具会社のノベルティにでもありそうなもの。そして青空の下で完爾と微笑んでいた。教育者でありながら、その農夫然とした様子に僕は心を打たれた。このような良い遺影は、滅多にあるものではない。

これまで見てきた遺影のうち印象に残るのは2点。ひとつは黒い礼服に勲章を帯びた、明らかに写真館によるもので「これは立派だ」と、しげしげと見入った。もうひとつは鬱金色の着流し姿で、僕は故人と椅子を並べて飲んだ夜を思い出し「随分と粋ではないですか」と嬉しかった。

一朝有事の際には使うようにと、僕の遺影用の画像は既にして長男に渡してある。それは今月16日の日記に書いたムスタン・タカリ・チュロで知らないうちに撮られたものだ。しかし前出の3葉には遠く及ばない気がする。それもまぁ、仕方のないことではある。

ところでウチのお墓はまめな手入れを必要とする。お墓は毎年、お盆までは何とか保つものの、その後の強雨により乱れる。それを晩秋に復旧させるための見積もり書に夕刻「OKです。」と書き添えて、お墓の会社にファクシミリで送信する。


朝飯 茄子とパプリカとピーマンの味噌炒り、蓮根のきんぴら、納豆、生玉子、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 茄子とパプリカとピーマンの味噌炒り、菠薐草のナムル風、夏太郎らっきょう、3種の焼売、紹興酒「曲渓」(燗)


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2024.10.19(土) 昼は快晴、夜は雨

2時台の目覚めを奇貨として「汁飯香の店 隠居うわさわ」のお客様が残してくださった感想カードの、コンピュータへの入力を未明より始める。今朝は、タイから戻った10月5日の分から。直近の分までは、朝食の準備にとりかかる6時30分に到っても処理しきれなかった。しかし残りも少なければ、もう30分もあれば完了するだろう。

今朝は9時と9時20分にバスの予約をいただいていた。朝のバスは大抵、ホテルや旅館の多い鬼怒川方面から来る。すると必然的に、バスは店舗とは国道121号線を隔てた向かい側の駐車場に駐まる。そこまで横断歩道を渡ってご案内に向かうのは僕の役目だ。

9時20分のお客様を誘導している最中に、それらの方々とは別に、長身の外国人女性が店に入っていらっしゃる後ろ姿が見えた。店に戻ると、スマートフォンのディスプレイを示された販売係のサイトーミホコさんは僕の方に向き直って「隠居でのお食事をご希望だそうです」と告げた。

「汁飯香の店 隠居うわさわ」は土日月の週に3日の営業で、今日から明後日までは既にして満席をいただいている。「一人でも無理でしょうか」と、その女性は静かにお訊きになった。店内は混み合っていたものの、人員も充分なため「庭だけでもご覧になりますか」と外へ出て、蔵の塀に沿って南へ歩く。途中、隠居の建物は150年ほど前の小さなもので、だからすぐに席が埋まってしまうことなどをご説明する。

紅葉狩りの季節、とはいえ隠居にはいまだ緑が濃い。その庭に面した座敷の大小4客あるテーブルのうち3客は、お客様により占められていた。のこり1客にもいずれお客様がお着きになるだろう。帳場に上がって隠居も含めた上澤梅太郎商店の案内をひとつ取る。そして玄関前に戻り、それを女性に手渡す。

「それにしても気持ちの良い日だ」と、女性は緑の葉越しに快晴の空を仰いだ。女性はフランス人で、現在は東京のホテルに滞在中。日本は好きで毎年のように訪れているとのことだったため、次の機会にはできるだけ早くご予約をくださるよう、お願いをする。

If you wish to have breakfast at Inkyo Uwasawa, please make sure to make a reservation,as soon as early.

終業後は「今市屋台まつり」の様子を見るため、雨の降る外へ出る。傘を差し、洋食の「金長」のある通りから小来川街道を横断して鰻の「魚登久」の角を曲がる。早くも太鼓の音が聞こえ始める。そこから数百メートルほども下ってJR通りに出る。各町内の彫刻屋台の中に「春日壹」の提灯を探す。我が町内の屋台はJR通りから日光街道へ左折をしようとしているところだった。

僕は会計係にて、また週末の繁忙により現場には出ない。雨の中で屋台を曳く面々、また食事を用意してくれた婦人会、それを休憩所まで運んでくれた大膳には感謝に堪えない。そうして頭のユザワツネオさんに挨拶をしてから家へと戻る。


朝飯 胡瓜と蕪のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、メシ、トマトと菠薐草の味噌汁
昼飯 焼きおむすび、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、若布と長葱のスープ
晩飯 3種のパンベビーリーフを添えた鶏のトマト煮VOSNE-ROMANEE Jean GROS 1985Chablis Billaud Simon 2018


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2024.10.18(金) 普段の倍

終業後は羽田空港へ向かう、という先月25日の朝に銀行へ赴き、釣銭のための紙幣と硬貨を作ってもらった。帰国するまでの10日のあいだには、また両替の必要が起きるだろうと考えていた。ところが帰って通帳を確かめてみると、その跡は無かった。紙幣と硬貨はその後も、漸減はするものの、どうにか今日まで保った。お客様の数が予想したより少なかった、ということではない。いわゆる「キャッシュレス」の進捗によるものだろう。

釣銭を得るためには相手の手間も考えて、銀行には朝一番で行く。今日は時間を確かめないまま会社を出たところ、銀行はいまだ開いていなかった。ATMは8時45分から使えるため、とりあえずは小口現金のための幾ばくかを払い戻す。

午後、本日2度目の納品のため道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ行くと、売場の冷蔵ショーケースと裏手の冷蔵庫の2個所に充分に置いたつもりだった、らっきょうのたまり漬「ピリ太郎」が売り切れていた。即、持参したそれを売場に並べる。今日は普段の倍の量を包装係に頼んでおいて良かった。明日もまた、製造係には倍の量を頼むことにしよう。

一年中、ではあるものの、特に秋には、油断は大敵なのだ。


朝飯 茄子とパプリカとピーマンの味噌炒り、長葱のソテーを添えた目玉焼き、納豆、蓮根のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、若布と長葱の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 レタスとソムタムを添えたビーフステーキマッシュドポテト3種のパンチーズチョコレートケーキVOSNE-ROMANEE Jean GROS 1985


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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