2026.9.24(木) タイ日記(1日目)
00:02 まるで冷蔵庫のように冷えた機内に入り、ラバトリーで使い捨てカイロを腰に貼ったりダウンベストを着たりしてから63Hの席に着く。予約時の航空券の控えには、席は72Jと記されている。変わってしまったのは、機材の変更によるものだろうか。
00:07 プルバックが始まる。
00:35 Boeing777-300ER(77B)を機材とするTG661は、定刻に15分おくれて羽田空港を離陸。
00:41 「ポーン」という音の合図と共に、椅子の背もたれを最大に倒す。
00:53 チーズとコールスローを具にした丸パンとペットボトルの水が配られる。僕としては非常に珍しいことながら、即、このパンを食べてしまう。
旅の初日の深夜便では、これまで、オフクロが遺した大量のデパスとハルシオンを各1錠ずつ服用することにしていた。しかし特にハルシオンは残り2錠まで減ったため、今回はそれらを使わずに済むかどうかを試すこととした。
04:18 いくつもの夢から覚めた後も、飛んでいるところがいまだ台湾の上空などだったら落胆が甚だしいため、目はアイマスクの奥で頑なに閉じ続けていた。しかしいざそのアイマスクを外してみれば、機内は暗いものの、客室乗務員たちは朝食の準備を始めていた。
04:25 機内が徐々に明るくなる。機は海南島に近づきつつある。
04:27 ハラルの人たちから朝食が配られ始める。
05:12 ダナンの海岸線からインドシナ半島の上空に入る。往路においては、この瞬間がもっとも嬉しい。
05:50 ラバトリーで歯を磨いている最中に「スワンナプーム空港まで、あと30分」のアナウンスがある。
06:04 地上の灯りが見え始める。
06:26 TG661は定刻より25分はやいタイ時間04:26にスワンナプーム国際空港に着陸。以降の時間表記はタイ時間とする。
04:41 この日記には、これまで何度も書いてきたから長くは続けない。バンコクからウドンタニーへ飛ぶ際には、羽田で預けた荷物はウドンタニーまでは運ばれない。バンコクで「入国」をしたら羽田からの荷物を一旦、引き取り、次の便に預け直す必要がある。よっていつもとは異なって、今日はできるだけ早く外へ出ようとして、機内の通路に並ぶ。
04:48 シャトルトレインがサテライトターミナルを発。
04:51 シャトルトレインがメインターミナルに着。
05:01 入国審査場の各ブースには10数名ずつの旅客がいたものの、それほど待つことなく通過をすることができた。今年の5月までは左右10本の指の指紋を登録させられていたものの、今回は右手の4本のみで済むようになっていた。
05:06 トイレの個室にてウインドブレーカー、ダウンベスト、襟の高い木綿のシャツを次々と脱ぎ、半袖のTシャツ1枚になる。とにかく一刻も早く薄着になりたいのだ。
05:07 回転台には既にして僕のスーツケースが運ばれていた。羽田でオネーサンが付けてくれた”Priority”の札が効いているのだろうか。
05:13 到着階の2階から出発階の4階へ上がる。そしてはるか遠くのBカウンターに近づいていく。
05:20 係のオネーサンの助けを借りながら、自動チェックイン機でチェックインを完了。
05:22 別のオネーサンの助けを借りながら、荷物預けを完了。
スワンナプーム空港では、階の移動はエレベータよりエスカレータを使った方が、歩く距離は長くなるものの、待ち時間が無いだけ時間を短縮できる。もちろん、例外もある。
05:35 地下1階に降りて、エアポートレイルリンクの乗り場ちかくに並ぶ両替所の交換率を見ていく。オレンジ色の看板の「スーパーリッチ」は1万円が2,085バーツ。緑色の看板の「スーパーリッチ・タイランド」の交換率は、1万円が2,090バーツ。それでもオレンジ色のブースには人だかりがあり、緑色のブースの前には僕ひとりしかいない。意味が分からない。ここで1万円札10枚を20,900バーツに替える。
05:40 地下1階のベンチに落ち着いて、腕時計をiPhoneの時計に従って2時間だけ遅らせる。先ほど4階のチェックイン機から出力された搭乗券を確かめてみれば、搭乗時刻は06:30とある。うかうかしてはいられない。
05:49 ふたたび制限区域内に入る。
05:59 保安検査場を通過。
06:02 B2ゲートに達する。夜が明けつつある。雨が降っている。
06:30 搭乗開始。
06:39 最後尾右窓際の54Kの席に着く。
07:00 プルバックが始まる。雨はいつの間にか止んだらしい。周囲に乗客のいないことを幸いとして、パックパックから取り出した財布の日本円を、タイバーツに入れ替えるなどをする。本来であれば、羽田空港でしておくべきことだったかも知れない。機内はまたしても寒いため、バックパックからウインドブレーカーを取り出して着る。
07:12 Airbus A320-200(32X/3206)を機材としたTG002は、定刻に12分おくれてスワンナプーム国際空港を離陸。
07:40 眼下には、蛇行する川の作った複数の島や三日月湖が見えている。
07:43 「ウドンタニーまで20分」のアナウンスがある。雨季の雨をしっかりと含んだイサーンの大地は、緑の部分がほとんどを占めている。
08:01 TG002は定刻より9分はやくウドンタニー国際空港に着陸。「国際」とはいえ、この空港に国際便は発着していない。
08:10 機外に出る。
08:15 回転台の先頭から2番目に、見慣れたスーツケースが現れる。
ロビーに出て右側のハイヤーのブースには、今朝は係の姿が見えない。よって声をかけてきた手配のオジサンに、ホテルの名と場所を告げる。オジサンは「200バーツだけれど、よろしいか」と訊く。その料金はいつものものと同じだから了承をする。オジサンはあたりに立つ別のオジサンにそれを伝える。僕はそのオジサンの後に付いて空港のビルから外へ出る。
08:21 タクシーとはいえメーターなどは備えていない、オジサンの自前ではないかと思われる日産車が空港の駐車場から動き出す。
08:36 ホテルのポーチにタクシーが横付けをされる。即、ロビーからはベルボーイが出てくる。
08:43 ホテルのフロントには、見覚えのある優しそうなオバサンがいた。ことによると、昨年の秋と今年の春に使った、斜向かいのホテル”THE BAN BUA”で働いていたオバサンではなかったか。4泊分の6,534バーツを支払い、且つデポジットの1,000バーツも預ける。オバサンは「チェックインの時間は15時です。部屋の準備が整うまでお待ちください」と、穏やかな顔を僕に向けた。
さて現在の時刻からすれば、15時まで待つのは容易ではない。よってベルボーイが奥の部屋に預かろうとしていたスーツケースとバックパックをとりあえずはロビーのソファへ運び、床に開いて本とトートバッグを取り出す。更には「昼ごろ」と大雑把に予約をしておいた、昨秋から馴染みになったマッサージ屋にLINEを飛ばし、既にして開店してることを確かめる。
この時間から商売を始めているとは、いかにも勤勉な店だ。2時間のオイルマッサージの間に眠ってしまうのではないかと懸念をしたものの、それは杞憂だった。マッサージの代金は、700バーツから800バーツに値上がりをしていた。オバサンには200バーツのチップ。
マッサージ屋の帰りには、遠回りをしてウドンタニーの駅のちかくまで歩く。左手の”FOOD CENTER”に正面から入って左の3番目と4番目のふたつのブースを使っている店は、ことし3月に食べて美味かった、その店も女将も健在であることを確かめる。そしてホテルへ戻り、正午ちかくまでロビーで涼んでから、ふたたび”FOOD CENTER”へ行く。
“FOOD CENTER”では、卓上に置かれた4種の調味料のうちの砂糖を、雀が食い放題にしていた。「なんだか暑くなくて面白くないな」と感じていたものの、食後には汗が吹き出した。それをホテルのロビーで拭いつつ、半藤一利の「日本のいちばん長い日」を開く。30ページまで進んだところでベルボーイに呼ばれる。時刻は13時22分だった。
通された部屋は、最上階の423号室だった。ベルボーイには50バーツのチップ。およそ30分をかけて、部屋の中を自分ごのみに模様替えする。そして落ち着いたところで机上にコンピュータを開き、きのうから完成しているおととい22日の日記を公開する。
僕は日記を公開をした後も、その文章をこまめに修正する。しかしおとといの日記には、どこにも直すべきところは無かった。多分、旅先での手間をできるだけ少なくしようとして、その下書きに限っては、詳細に読み直しをしたのだろう。
次は、途中まで書いておいたきのうの日記を、50分ほどかけて完成させる。ここでようよう昨夕からの服を脱いでシャワーを浴びる。そして今度は浴衣を羽織り、15時30分からは今日の日記に取り掛かる。
旅の初日の日記は、どうしても長くなる。「23日の夜に羽田空港へ行き、ウドンタニーには翌日の朝に着きました」というような、途中の経過を欠いた旅行記は好まないからだ。その、今日の日記に目鼻がつくころには腹が減り始めていた。時刻は17時40分。そろそろ晩酌の時間である。
ところでこの旅には前述の、半藤一利による「日本のいちばん長い日」に加えて、おなじ著者による「新版昭和史戦前篇1926-1945」を持参していた。それをきのうSNSに上げたところ、既にして2冊とも読んでいた自由学園の後輩ナカヤブノリマサ君が「自分は『日本の…』を先に読んだが、後から『昭和史…』を読んで、むしろこちらを先に読んだ方が良いと感じた」と、返信を付けてくれていた。
確かに歴史の時系列からすれば「昭和史…」を先に読んで、その時代の空気を知っておくべきだ。よって30ページまで読み進んでいた「日本の…」は脇へ置いて「昭和史…」の方をトートバッグに入れる。
街は良い案配に暮れ始めていた。行く店は決めてある。今年3月に見つけた駅ちかくの屋台街である。そのとき機敏に動いてくれたから20バーツのチップを欠かさなかったオバサンは、僕の顔にすぐ気づいてくれた。後はオバサンにお任せ、である。
ホテルに戻ると時刻は19時20分。即、シャワーを浴びつつ歯を磨き、寝台に上がる。
昼飯 “FOOD CENTER”に入って左手の3番目と4番目のブースを使っている店の豚ひき肉のガパオ炒めライス目玉焼き添え
晩飯 ウドンタニーの駅に向かって左の屋台街の串焼き屋の豚ひき肉の串焼き、その斜向かいの店のソムタムタイ、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)
2026.9.23(水) 深夜便への搭乗
目を覚ましてから布団の中でいたずらに時を過ごすのはいかにも勿体ない。というか「早く起きるべし」と、ここ数日はなぜか気が急く。時刻は3時23分。
服を着て顔を洗うだけに、なぜ5分もかかるのか、それが分からない。茶葉が少なくなっていることは、きのうのうちに気づいていた。よって2階に降りて、備蓄庫から次の茶葉を4階へ持ち来る。
仏壇に花と水とお茶と線香を供えようとして、箱の中のマッチが少なくなっていることを指先で知る。マッチは仏壇の下の引き戸の中に、いまだ数箱がある。そこからひと箱を取り出して、現在のマッチ箱と重ねて置く。食堂に戻ると食器棚の電波時計は3時42分を指していた。起きてから19分も経ってしまっている。「一寸光陰不可輕」とはいえ、窓の外はいまだ真っ暗だ。
販売係が複数になった8時50分に、店から事務室へと戻る。そして先週の月曜日からきのうまでの9日分の売上金を合計し、キャッシュレジスターの記録と照合する。明日の午前には直近10日分の売上金を銀行に入金する。しかしその10日目の今日の閉店後は、僕は忙しくて現金の集計はできない。せめて9日分だけでもまとめておこう、ということである。
明日はまた配達係イザワコーイチさんの休みの日であり、且つ道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への初回の納品時には、僕はスワンナプーム空港で国際線から国内線への乗り換えの最中だ。よって今日の道の駅には、朝から汗牛充棟の品出しをしておく。
10時45分よりテレビの取材が入る。ここ10年ほどの対応は、ほとんどすべて長男に任せている。店舗での撮影は、正午を過ぎて、ようよう完了した。
夕刻が近くなるころ、4階の応接間に広げたスーツケースのほぼ真ん中に、冷蔵庫から出したばかりの、バンコクのコモトリケー君に頼まれた「にんにくのたまり漬」を収めてスーツケースを閉じる。そしてそれを事務室へ降ろす。コンピュータとiPhoneは、事務室にてそれぞれバックパックとボディバッグに収める。
17時30分の閉店時にもお客様はいらっしゃったから、キャッシュレジスターの締め作業も、遅れて始めることとなった。紙幣や硬貨を数える指の動きは、普段の倍ほども速い。
18:10 4階へ戻る。
18:12 入浴。
18:29 外へ出ると小雨が降っている。家内の運転するホンダフィットにて下今市駅まで送ってもらう。
18:49 上り特急「けごん52号」が下今市を発。栃木の手前あたりから春日部の手前あたりまでは、眠ることができた。
20:21 北千住着。
旅に出る日の夕食は、前回より北千住の駅の構内で摂ることとした。それが存外に合理的だったため、今日も同じようにする。
20:37 日比谷線の車両が北千住を発。
20:53 日比谷線の車両が人形町に着。
20:57 都営浅草線の羽田空港行き快特が人形町を発。
21:27 その車両が泉岳寺を経由して羽田空港第3ターミナルビルに着。
21:36 自動チェックイン機でチェックインを完了。
22:14 5月のタイ行きの際には行列のまったく無かったタイ航空のカウンターに、今日は長蛇の列がある。それに38分のあいだ並んで荷物預けを完了。スーツケースの重さは11.4Kgだった。ラオカーオを持っていなければ、ひと桁で済んでいたところだ。
22:19 保安検査場を通過。タイのような道の悪いところではブーツが安全ではあるけれど、保安検査場で脱がされるのが嫌だから、大抵は”trippen”の短靴を履いている。
22:20 出国審査場を通過。
22:45 本を売る店などに寄り道をしながら105番ゲートに達する。
23:40 搭乗開始
朝飯 揚げ湯葉の甘辛煮、胡瓜と大根の糠漬け、スクランブルドエッグ、納豆、らっきょうのたまり漬「こつぶちゃん」、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、メシ、大根と若布の味噌汁
晩飯 「カレーショップC&C EQUiA 北千住店」の温野菜カレーライス(野菜ハーフ)
2026.9.22(火) ニ度目の訪問
起床は4時27分。
きのうの予報は今日の天気について「台風一過の青空が広がるでしょう」と伝えていた。よって屋上へ上がり、その気配のような景色を眺める。風はほとんどなく、寒さはもちろん感じない。
きのうの日記を完成させるなどの朝のよしなしごとを済ませたら、きのうに引き続いて旅の準備に取りかかる。きのうしたのは、持ち物を揃えること。今朝は、それらを機内持ち込みサイズのスーツケースに、何とか収めなくてはならない。
ホテルは安いところばかりでガウンの備え付けはなく、だから浴衣なども持つことになり、ふたつの圧縮袋は満杯になった。サンダルは、ゴム草履ならかさばらないものの、つま先を守るため、2014年からはKEENの「ワイメア」を履いている。好きなラオカーオは”BANGYIKHAN”で、今年の5月にはバンコクで3本を買った。その余分はガラス瓶から500ccのペットボトルに移して持ち帰った。これが冷蔵庫に3本半ある。
今月19日の日記に書いた一覧表の上から列記をすれば、パスポートや現金などの必需品、現地で使うバッグ類、衣類、薬品類、マスクなどの衛生用品、コンピュータのホコリを払う除電ブラシやジュエリートレイまで持つ文房具、本などの活字関係、前述のラオカーオなどの嗜好品、その他を、まるでパズルを組み上げるようにして”RIMOWA Essential Lite Cabin U”に詰め込んでいく。
そして遂に、バンコク在住の同級生コモトリケー君に頼まれた「にんにくのたまり漬」のための空間のみを残して、荷造りはようよう完了した。ちなみにコンピュータや充電器は、盗難を避けるためバックパックに入れることにしている。
午後は、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に本日最後の納品を済ませてから、目と鼻の先の如来寺に寄る。そしておととい供えた花の水を足したり交換をしたり、あるいは線香立てを水で洗ったりする。新しい方のお墓の花の水はほとんど枯渇していたから、お彼岸に入ってニ度目の訪問は正解だった。
夜は家族8人で中華料理を食べに行く。
朝飯 法蓮草の胡麻和え、揚げ湯葉の甘辛煮、切昆布の炒り煮、温泉玉子、納豆、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 納豆と万能葱のつゆの素麺
晩飯 「山泉楼」のあれや、これや、それや、他あれこれ、紹興貴酒三年(常温)
2026.9.21(月) 887ページ
枕頭のiPhoneは3時57分。即、起床する。
朝の優先順位の第1位は、仏壇に花と水とお茶と線香を供えること。第2位は「汁飯香の店 隠居うわさわ」にインターネットを介していただいたご予約の承り。しかし今朝のそれは来月にご来店のものだったから、ご対応は事務室に降りてからでも遅くはない。第3位は日記の作成と公開で、今日の日記のここまでを書くと、時刻は6時になっていた。よってここでおととい印刷した旅の持ち物の一覧表をテーブルに広げ、先ずは薬の類から揃えることを始める。
以前の日記にも書いたことだが、1980年代のはじめにバックパッカーをしていたときから、楽品類は充分に持つようにしてきた。旅先の、特に田舎や山の中で具合を悪くしたら、あるいは怪我などしたら、薬だけが頼りになるからだ。2013年にタイ最北部の温泉で転倒し、腰の皮膚に穴を開けたときには、小さなバンドエイドしか持ち合わせがなくて、大いに焦燥した。そういう経験が、薬の類を益々多くしているのだ。
店の運営は、雨によりお客様の出足が遅れたこと、また出社する販売係の人数が充分だっことから、きのうほどの大変さはなかった。よって文房具などは事務机に着きながら脇に置いた紙袋に次々と入れて、旅の持ち物は、昼までにはほとんど揃えることができた。
今回、持参する本は2冊。そのページ数の合計は、解説まで含めれば877ページ。旅程は12日間だから、1日に73ページ以上を読めば、活字はそこで枯渇する。まぁ、大丈夫とは思う。
終業後は日光街道を徒歩で下り、瀧尾神社責任役員の会議に連なる。
朝飯 鱈子、納豆、揚げ茄子、梅干、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」のお茶漬け
晩飯 「幸楽」のあれや、これや、それや、他あれこれ、日本酒(燗)
2026.9.20(日) "The most hard day"
テレビの天気予報は数日前より台風25号の情報を伝えてきた。その調子は、シルバーウイークのすべてが、それによって塗りつぶされてしまう予感を視聴者に与えるような声高さだった。風雨による被害を最小に留めようとするなら、それも止むを得ないところだろう。
早朝の空は雲に覆い尽くされているものの、雨は降っていない。できれば朝のうちだけでも降らずにいてくれと、強く望む。
8時30分の開店を前にして、店の駐車場には既にして5台のクルマがあった。よって定時より12分はやく、8時18分にシャッターを上げる。役所ではないのだから、そのあたりは臨機応変にすれば良いのだ。有難いことである。
販売係がふたり揃った9時に4階へ上がり、家内の用意してくれた白菊30本を抱えて1階に戻る。
このところの墓参りは週末に当たることが多かった。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の営業日は毎週の土日月曜日だから、家内はその厨房から離れられず、墓参りは自分ひとりで行ってきた。親や祖父母の祥月命日の墓参りは、それほど手間のかかるものでもない。しかしお彼岸ともなれば、話は別である。今日は幸い、仕事に行く前の次男が同行してくれたから、また雨も降ってはいなかったから、随分と助かった。
ところで今日は蔵見学のご予約を3件、いただいている。そのうちのひと組様からは、きのうのうちから予約の時間に3時間おくれるとの電話をいただいていた。今日は別の組の方から、やはりすこし遅れる旨の電話が入った。それにより蔵見学は、昼の前後に集中することとなった。よって昼食は買ってきたものでそそくさと済ませて即、店に戻った。
諸般の事情により、今日がシルバーウイーク中の”The most hard day”になるだろうことは、朝のうちに分かっていた。明日からは、ずっと楽になるだろう。夕刻に開いたスマートフォンの天気予報によれば、火曜日からは天気も回復をするという。大いに期待をしたい。
朝飯 なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとキャベツと揚げ茄子と玉子とウインナーソーセージの味噌汁
昼飯 「カルフールキッチン」のサンドイッチ、千本松牧場牛乳
晩飯 焼肉丼、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、夏太郎らっきょう、「渡邊佐平商店」の「日光誉雄町ひやおろし純米吟醸」(冷や)
2026.9.19(土) 「なにもしないこと」の前にすること
目を覚まし、幽と明の境から抜け出たところで枕頭にiPhoneを探す。時刻は4時21分だった。即、起きて服を着て洗面所へ向かう。「なにもしないこと」のできる時間を確保するには、その前に、勤勉に動くことが欠かせない。
「ようやく日常に戻った気分」と、きのうの日記の最後の行に書いた。まったく以て、今朝もおなじ気分を味わっている。事実、今日の日記のここまでも、いわゆる”Real time”で書けている。しかし忘れてはいけないこともある。食器棚の引き出しから剥離式のメモ用紙を取り出し「9/19 8:30 床屋 とけいはめる」と書いてズボンのポケットに入れる。床屋への予約は、きのうのうちに入れておいた。
道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への本日最初の納品を済ませたら、事務室へ戻るなり手提げ袋に財布を入れて外へ出る。隣の町内の床屋「スティング」には、8時30分に5秒だけ遅れて自転車を乗り入れた。
ひと月に1度の割合で髪や髭を刈る。僕に特定の休みはないから、伊豆へカイロプラクティックの治療に出かけた帰り、また出張のついでなどに、新橋の大衆床屋にかかる。ところが日本橋の銀行へ出かけた今月8日には、髪や髭はいまだそれほど伸びていなかったから、新橋の雑居ビルのエスカレータを上がることはしなかった。「スティング」での散髪は、40分で完了した。
さて5日前および昨日の日記に書いた、町内に住む70歳以上の方々79名にお配りする祝金は、午前のうちに多当袋に納めることができた。年齢により金額が異なるところに気をつけながらの作業には、数十分を要した。これを今夜の役員会議に持参し、各地区委員長に手渡せば、これからしばらくの出金は無いだろう。
しその実と茗荷の、近隣の農家さんからの買入れは今日で終了。事務係のヒロタイクコさんは先月25日から今日までの伝票と現金残高を照合し「ピッタリでした」と笑った。
夕刻に至って、今般の旅行の日程表を2枚、印刷する。2枚とは、ウドンタニーとチェンライの宿の壁にそれぞれ貼るためだ。166行から成る持ち物の一覧表も印刷する。荷造りは、明後日の月曜日から始める予定である。
朝飯 大根おろしを添えた鰯の塩焼き、なめこのたまり炊、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、メシ、トマトと長葱とキクラゲの味噌汁
昼飯 納豆と長葱のつゆの素麺
晩飯 鱈子、夏太郎らっきょう、豚ひき肉のつゆのうどん、「齋彌酒造」の「雪の茅舎秘伝山廃純米吟醸」(燗)
2026.9.18(金) スリップ
久しぶりに3時台の起床。きのうおとといは早くに目を覚ますことができず、日記を書くこともままならなかった。
仏壇に花と水とお茶と線香を供えるなどをしたら、次は釣銭のための種銭がいくらあるかを確かめる。そしてテレビの台に置かれた小さなカレンダーを手元に引き寄せて、タイから戻って次の釣銭つくりができるまでの日数を数える。明日からはシルバーウィークが始まる。テレビの天気予報は盛んに台風の襲来を伝えている。どれほどの釣銭を準備すべきかの予測は難しい。
おととい16日の日記を完成させ、17日の日記に取りかかろうとする5時39分より、朝日が眩しくなった。雨続きの9月ではあったものの、空はきのうから晴れ始めていた。遮光カーテンを降ろすのも、久方ぶりのような気がする。とにかく空が晴れれば文句はない。
ところで僕の手元には、きのうキャッシュレジスターの裏手の棚に置かれていた、本のスリップ9枚がある。「スリップ」とは、売れる前の本に挟み込まれている二つ折りの細長い紙で、次の注文時に役に立てたりするものだ。これが9枚とは、きのうは本を9冊もお買い上げいただけた、ということだ。その9枚を見ていくと、おなじものが4冊も売れている。集団でおなじ本を買われた方々がいらっしゃったのだろうか。発酵の専門書も売れていれば、哲学書も売れている。
本が無ければ生きていけない、ということはない。空気と水と食べ物さえあれば、人は生きていけるだろう。しかしもしも僕が本を欠けば、人生の愉しみの大きな部分が欠落することは確かだ。手も足も出ない、という気もする。だから漬物や味噌や醤油と共に本の売れることは、とても嬉しい。
さて町内の地区委員長からは、先般、回覧板で回した70歳以上の方々の名簿が届いた。これを元にした一覧表を、午後に完成させる。町内の会計係を十数年も続けていられるのは、強力なデータベースソフト”My Tool”があってこそのことだ。明日は祝金を多当袋に納めることにしよう。ようやく日常に戻った気分、である。
朝飯 めかぶの酢の物、キャベツのソテー、豆腐の玉子とじ、生のトマト、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ茄子と長葱の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 桃とモッツァレラチーズと生ハムのサラダ、蛸とトマトのスパゲティ、飲み差しの2種の白ワイン
2026.9.17(木) 第48回日光MG(2日目)
木曜日は配達係イザワコーイチさんの休日に当たる。僕は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」への配達以外にもすることがあり、よって昨朝、熱海館までお迎えに行った方々には、申し訳ないことながら、日光MG2日目の今朝は、徒歩で会場まで向かっていただくよう、メッセージをお送りする。
販売係のタカヤマソラさんが出社をし、9時が近づいたところで隠居へ行く。MG会場の方は、事務局を務めつつゲームにも参加をしている家内に、ほぼお任せ、である。
昨夜の交流会は「汁飯香の店 隠居うわさわ」で行った。歓談は22時30分まで続いた。食べたり飲んだりしたものは、参加の皆様に助けられて、大きなところは当夜のうちに片付けられた。しかし細かいところ、たとえば空き瓶を資源ごみの置き場まで運ぶなどは残さている。僕は自分のできる範囲内のことをし、後は隠居係のタカハシリツコさんに任せて普段の仕事に戻る。
8日より東京に出張をしていた長男は、僕がMG会場へ昼のお茶を届けに行っているあいだに帰社していた。14時50分にMG会場の家内から電話が入り、15時30分に片付け要員の製造係タカハシアキヒコ君を、これまた東京から帰ってきたばかりのハイエースと共に来させてほしい旨の電話が入る。
第48回日光MGは無事に終了したらしく、参加をしてくださった方々は、15時45分ころより店に見え始めた。一行の中にはかねてより蔵見学のご希望があったため、僕はその案内を務めさせていただいた。また皆さんは店に戻られると、少なくない買い物をしてくださった。
クルマでいらっしゃった方々は、上澤梅太郎商店の駐車場から次々と、今夜の目的地へと向かわれた。北は秋田県、南は長崎県から飛行機や列車でいらっしゃった方々は、その時間までJR、東武の各駅にほどちかい中華料理屋で、しばらく喉を潤したりされるという。
販売係のササキセイラさんが、今回の研修に参加をしながら、その終了後に店に戻ってくれたことは有難かった。17時30分の閉店後はキャッシュレジスターを締め、18時15分にすべての社員を送り出してから外へ出る。そうしてどなたかはいまだ残っているはずの中華料理屋へ向かう。
怒涛の2日と数時間は、無事に完了した。きのうに引き続き、感謝に堪えない。大いに有難い、2日と数時間だった。
朝飯 炒り昆布、スクランブルドエッグ、納豆、法蓮草の胡麻和え、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と長葱の味噌汁
晩飯 「山泉楼」のあれや、これや、それや、他あれこれ、紹興貴酒三年(常温)
2026.9.16(水) 第48回日光MG(1日目)
上澤梅太郎商店が主催する研修「日光MG」は、基本的には毎年の1月と9月に開催をされる。1月のそれは会社を2日のあいだ休む。そして鬼怒川温泉の旅館にほぼ全社員が集まり、また社外からも参加者も迎えて行う。9月は1月にくらべて何かと忙しく、よって店は休まず、社内の若干名に社外からの方々を加えて開催をする。
今回は、新宿タカシマヤの催し「美味コレクション・グルメフェス」が9月10日から16日にかけて入り、既にして決まっていた日光MGの日程に重なってしまった。それによって普段は日光MGの事務局を務める長男が、地元を不在にせざるを得なくなった。
そのことにより、事務局は家内に変更。僕も会社のことをしつつ、いくらかの時間は日光MGに割くこととなった。
今回の日光MGには「日光市歴史民俗資料館・二宮尊徳記念館」のもっとも広い部屋を借りていた。会場の準備をするための社員4名は、道具類を満載した2台のクルマで9時前に現場へと向かった。僕は自分に割り当てられた方々を旅館にお迎えするため、おなじ時間にホンダフィットの運転席に着く。
JR通りの旅館「あたみ館」にお泊りだったお二人を9時5分に会場へお送りしたら、その足で東武線の下今市駅へ急行する。ここで9時13分に到着されたお二人をお乗せして、今度はJR今市駅で、9時20分に到着されたお一人をお迎えする。そしてそれら3人様を、またまた会場へお送りする。
会場では社員4名が、社外から参加の方々に混じって机の並べ替え、ゲーム版の展開、自己資本グラフ用紙の壁への貼り付けなどに余念がなかった。その最中に、家内の運転するクルマで西順一郎先生も到着をされる。すべてが整ったところで、僕は開会の挨拶をさせていただき、即、会社へ戻る。
15時に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」に本日3回目の配達をする。そこから日光MGの会場へ回って皆さんの様子を見る。16時には日光のビストロ”Girouette”の扉を押して、家内が予約しておいたオードブルを受け取る。雨が降っている。道を行く外国人は、おしなべてカーキ色の雨具を着ている。その色が湿った暮色に溶け込んで、僕の目を惑わせる。ハンドルとアクセルとブレーキを慎重に操作しつつ、ホンダフィットを隠居のちかくに駐め、オードブルを屋内に運び込む。
終業後は、販売係のタカヤマソラさんと事務係のヒロタイクコさんに店の掃除を任せる。僕はキャッシュレジスターを締め、明日の釣銭を準備する。帰宅する社員を通用口から送り出したら即、傘を差して隠居へ行き、交流会の準備に取りかかる。
第48回日光MGの1日目を終え、交流会にもお付き合いくださることとなった20名超の方々は、19時を過ぎるころ続々と、庭の飛び石を伝って現れた。そうして半数くらいの方が席に着いたところで大きな問題が勃発。たとえ2日続きの研修でも、部屋を去るときには完全に元の状態に戻すべし、という決まりが施設にはあったという。それを知らせてくれた、久留米市からご参加のミウラサトヒコさんの呼びかけに、先生の給仕をする数名を残したすべての人員は、もちろん僕も含めて小雨の中を研修の場へと戻った。
その後の皆さんは鬼神の乗り移った如く、机の上から壁からすべてを片付け、また机の位置も今朝の状態に戻した。持ち込んだ長机2客はホンダフィットの助手席を倒して何とか入れた。折り畳めない机は新潟市から参加のシミズタカヒロさんのSUVに載せていただいた。
隠居での交流会は、20時を前にしてようやく始めることができた。夜に至って皆さんにはご迷惑をおかけすることになったものの、終わり良ければ全て良し、という一日だった。感謝に堪えない。
朝飯 ブロッコリーのソテーを添えた目玉焼き、納豆、炒り昆布、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ茄子と万能葱の味噌汁
昼飯 「セブンイレブン」のサンドイッチ、牛乳
晩飯 “Girouette”のオードブルあれこれ、SOLANA DE RAMIREZ RIOJA 2022
2026.9.15(火) 前夜祭
この日記の画像の色は、2022年6月18日の「晩飯」から劇的に綺麗になっている。カメラを”RICOH GR”から、iPhoneにダウンロードした特殊なアプリケーションに替えたからだ。しかしそのアプリケーションが変調を来したことについては、ここ数日の日記に書いてきた。そして今朝に公開した2026年9月13日の日記からは、ふたたび画像の色調が2022年6月17日までの、緑の勝る、鮮やかさに欠けるものに戻った。それは、カメラをiPhoneのデフォールトに変えたからだ。どうにも面白くないけれど、仕方がない。
もっとも1990年代の外注SEマエザワマコトさんによれば「人がどんなブラウザ、どんなディスプレーを使っているかなんて分からないんですから、自分の環境で見えている色に一喜一憂することはないんですよ」ということになる。
それでも気になるから、この4年と少々は必要としていなかった色調補正を、今朝からはふたたび行うようになった。1日あたりの画像が4枚とかの普段ならまだしも、海外へ出かけたときの、1日あたり最高で26枚もの画像を日記に散りばめる日のことを考えてみれば、今から頭が痛い。鮮やかな写真の得られる新しいアプリケーションが見つかれば幸いである。
ところで今日は上澤梅太郎商店が主催する研修「第48回日光MG」の前日にて、閉店後はキャッシュレジスターの売上現金をまとめ、社員を送り出したところで外へ出る。そうして前夜祭の開かれる居酒屋へと向かう。
朝飯 揚げ玉、納豆、鱈子、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、なめこのたまり炊、たまり漬「七種刻み合わせ・だんらん」のお茶漬け
昼飯 すり胡麻のつゆの素麺
晩飯 「陶」のあれや、これや、それや、他あれこれ、麦焼酎「二階堂」(お湯割り)

















































