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お買い物かご

清閑 PERSONAL DIARY

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2024.9.13(金) しその実

8時からの朝礼を終え、道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ売り場の掃除と納品に赴くべく外へ出る。そしてホンダフィットに商品を積み、運転席へ回ろうとしながら、キリギリスの亡骸をアスファルトの上に見つける。鮮やかな黄緑色のそれは頭から胸までがあって、そこから下は失われていた。蟻は、腹の部分を好むらしい。

ある朝、テレビで旅の番組を見ていた。季節は冬で、タレントは東北地方の海岸にいた。砂浜にはストーブが置かれ、大きな鍋からは湯気が盛大に上がっていた。鱈鍋だった。地元の人がいよいよそれをお椀に盛りつけようとすると「あの、内臓は避けて」とタレントは遠慮気味に言った。プロデューサーやディレクターの段取り不足がもろに、電波を通じて家庭に流れてしまった。今年の鱈鍋は、いつごろから食べることができるだろう。

それはさておき、今月の2日から始めたしその実の買い入れが、いよいよ佳境に入ってきた。15時を回ったところで伝票を集計してみれば、今日はこの秋で最高の量が届けられていた。これで今年の目標の91パーセントを達成。残りの2日間で100パーセントが超えられれば嬉しい。

夕刻に驟雨。10分ほどで止む。


朝飯 ハムと大根のサラダ、キャベツと胡瓜と人参のサラダ、納豆、セロリの葉の炒りつけ、目玉焼き、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「プレミアム」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と玉葱の味噌汁
昼飯 納豆のつゆの素麺
晩飯 キャベツとモヤシとシメジのソテーを添えた豚肉のたまり漬「刻みザクザクしょうが」と同「鬼おろしにんにく」炒めらっきょうのたまり漬「プレミアム」、メシ、麦焼酎「こいむぎやわらか」、エクレア、Old Parr(生)


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2024.9.12(木) 洪水

起きて洗面所を経由して食堂に来る。東南東に面した窓からは、空の高いところにも低いところにも星が見える。「よし」と思わず声が出る。晴れれば朝食の画像や動画の色も良くなるからだ。時刻は2時51分だった。

4時50分、空が最高に綺麗な時間までもうすこし、というところで屋上に上がる。朝の空はひとときもじっとしていない。「まだ」と考えているうち絶妙の一瞬を逃してしまうのは、スクランブルドエッグを作ることに似ている。なぜ朝に空の写真を撮るかといえば、日中は忙しく、しかし最上部に置く画像が無ければ、文章は書けていても日記の更新ができなくなるからだ。

6時30分、閲覧数が極端に上がることを期待して、素麺による朝食の準備にかかる。今月6日の日記に書いたように、以前とは異なって、現在のTikTokでは、バズらせるための条件、定石がよく分からない。今朝の動画も手探り、である。

ところで今月末から出かけようとしているタイの最北部に洪水が発生している。メーサイでは、人が腹まで水に浸かって逃げる様子がインターネット上にあった。チェンライには「コック川には何があっても近づかないでください」という注意報が出ている。

チェンライの空港から市内へ向かう道路に豪雨の跡を見たのは、いつのことだっただろう。2011年8月にはチェンライの目抜き通りが冠水し、横断できない夜があった。南の国の歩道は日本のそれよりよほど高い。その上まで水が上がったのだから、かなりの降雨量である。

今回、チェンライではふたつのホテルを泊まり歩く。後半のそれはコック川のほとりにある。庭のプールが濁流に呑み込まれていれば、そこで朝から夕方まで本を読む、という楽しみは消える。多分、大丈夫だろう。多分。


朝飯 生玉子と納豆と梅干と胡麻のつゆの素麺
昼飯 「やぶ定」の冷やしたぬき蕎麦
晩飯 “JOHNNEY’S CAFE 638″のお通しのフォカッチャのベルデソースグリーンプラムとリコッタチーズと生ハムのマリネトマトと茄子のスパゲティカラフの白ワイン謎の白ワイン謎のロゼワインチョコレートとミントのケーキ、銘柄は失念したウイスキー(水割り)


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2024.9.11(水) 24時間すべて

本日は店休日だが、社員はほぼ全員が出勤ををしたし、僕は道の駅「日光街道ニコニコ本陣」へ、いつものように配達をした。午前は隠居に集まった社員と意見交換。昼食を挟んで午後はデザイナーと話し合いを持つ。夕刻に風が吹き、しばらくすると雨が降ってきた。しかし雨は幸い、夕立のような激しさになることはなく、間もなく止んだ。

気温の低くない季節、あるいは気温の高い地域にいるときには、身につけているものが少なくなるほどメシや酒は美味くなる。夕刻、すべての社員を送り出して戻った4階ではすぐに靴下を脱ぐ。すこし考えて、シャワーも浴びる。

「オマエ、そんなの着てるとケーサツに捕まるぞ」とバンコク在住の同級生コモトリケー君にサパーンタクシンの船着場で注意をされた、麻の葉の柄、というよりもマリファナの柄のシャツは見あたらなかった。よって手に入れて以来、何年ものあいだタンスの肥やしになっていた水兵用のシャツに袖を通す。

清少納言によれば、夏は夜が良いらしい。僕からすれば、夏は24時間、すべて良い。そして夕食を摂るため、外へ出て日光街道を下る。


朝飯 茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、ハムと大根のサラダ、キャベツと胡瓜と人参のサラダ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、茄子とトマトと若布の味噌汁
昼飯 梅干と胡麻のつゆの素麺
晩飯 「コスモス」のトマトとモッツァレラチーズのサラダチーズオムレツのカレーライスドライマーティニ、TIO PEPE


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2024.9.10(火) 目標

町内の会計係を17年のあいだ続けていると、8月31日の日記に書いた。「もう、そんなになるのか」とも思うし、また「オレが突然死したら、町内の会計はどうなるのだろう」とも思う。コンピュータにはパスワードが設定してあるから、金銭の出し入れは僕にしか見ることはできないのだ。ひと月に1回ほどの頻度で、金銭出納帳と領収書の綴り、そして現金残高を副会計に確認してもらえば、万一のことが起きても、立て直しにはそれほどの時間はかからないだろう。そんなことを考えても実行には移していない。なるようにしかならないのが世の常である。

それはさておき敬老の日を6日後に控えた今日は、町内に住む70歳以上の人に配る祝儀を作った。数十年前に町内の育成会長を務めたときには、町内に住む子供と親の名簿を整えた。会計係になってからは、おなじく70歳以上の人の名簿を整えて今に至っている。今年の祝儀の数は71。用いるお札はすべて北里柴三郎の新紙幣とした。その新券が揃ったのは幸運だった。

祝儀袋の上方には赤で「寿」、下方には黒で「春日町一丁目自治会」の判を捺す。年齢によって入れる額は異なるから、お札は湿らせた指で慎重に数え、慎重に袋に納めていく。すべて入れ終えたら東、西、中央の地域ごとにまとめて輪ゴムで留めて一件落着。

僕がこれをもらえる歳になったら、祝儀袋のままポケットに入れて、蕎麦屋でコップ酒を飲んでみたい。目標を持つとは、良いことに違いない。


朝飯 茄子とパプリカとピーマンの味噌炒り、納豆、生玉子、めかぶの酢の物、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と万能葱の味噌汁
昼飯 茄子の味噌炒りのつゆの素麺
晩飯 「和光」のお通し三点盛り、鰹の刺身のたたき風秋刀魚の塩焼き、もつ煮、「二階堂酒造」の麦焼酎「吉四六」(オンザロックス)


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2024.9.9(月) すこし前までは

きのうはひとり夕食を摂りながら、高野秀行の「イスラム飲酒紀行」の最後のところを読んだ。酒が歓迎されない地域を旅したことは僕にもある。1982年に滞在したインドのバラナシでは、大麻樹脂の黒い玉は屋台にピラミッド状に積まれて堂々と売られていたにもかかわらず、酒は手に入りづらかった。タイではラオカーオを提げて夕食の場所へ向かう楽しみがある。しかし2016年に訪ねたナラティワートの食堂にはヒジャブを着けた女の人が目立ち、流石の僕も酒は遠慮した。

「イスラム飲酒紀行」に話を戻せば、高野はイスラマバードの茶屋で大学生と知り合い、彼の自宅まで行く。そこでジョイントを勧められると首を横に振って「マリファナなんて子供のやるものだ。酒はマリファナとは比べものにならないほどいい」と断定する。

「腑に落ちないのは酒を売る人々のこと。 このよきものを売って何に替えようとか」と、オマル・ハイヤームは詠った。詩人はペルシャ、つまりイランの人である。高野はその禁酒国でようやくチョウザメのフライと発酵食品アシュバルを肴にビールを飲むことに成功する。金を出したのは高野でも、シャイロックに似た案内人は遠慮なく料理とビールに手を伸ばし「昔はよかったよ。お祈りも酒も両方あった。今(ホメイニ以降)はお祈りしかない」と嘆く。

ホメイニ以前のイランはパーレビ朝の独裁が国を覆っていたわけだから、その時代はその時代で民衆のあいだには不満が満ちていたに違いない。しかし酒は自由に飲めた。つまり大昔からすこし前までは、酒は自由に飲めた。「今」は難儀なことである。


朝飯 鮭の粕漬け、菠薐草のおひたし、大根と胡瓜のぬか漬け、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、メシ、若布と揚げ湯波とオクラの味噌汁
昼飯 茄子の味噌炒りのつゆの素麺
晩飯 「食堂ニジコ」のキュウリの辛子和えピータンあんかけ焼きそば「二階堂酒造」の麦焼酎「二階堂」(ソーダ割り)


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2024.9.8(日) さえあれば

この秋、親戚の結婚式への参列を求められた。そうとなれば、それなりの格好を整える必要がある。長男の結婚式を前にして誂えたタキシードは、都合3回しか着ていない。以降は体重の減少が続いたため、修正が必要だろう。先日は有楽町を歩きながら、新しいリフォームの専門店を見つけた。しかし修正は、やはり仕立ててくれたところに頼むべきだろう。

「さて忙しくなったぞ」と考えていたところ、式の日取りが上澤梅太郎商店の繁忙期に重なるところから、僕はそれより早い時期に、個人宅での宴に呼ばれることとなった。とすれば、上着の着用すら必要ないかも知れない。しかし靴くらいは選びたい。

僕の持つそれなりの靴は、リーガルのストレートチップとオールデンのVチップ。リーガルのそれは、行き帰りの電車や駅では浮きそうなほどあらたまり過ぎている。オールデンのVチップは数十年前に現在の価格の4分の1ほどで手に入れたものだが、なぜかコバにカビが生える。専門の業者に処置を頼んでも、また生える。よって今度は自分の手でどうにかしてみようと思う。

夜はひとりにて、直前まで外へ出ようと考えていた。しかし紙に包まれたパンを台所に見つけた。パンとバターとワインさえあれば、僕は充分に凌げる。そういう次第にてこれを焼き、他に簡単なおかずを添えて、本日の夕食とする。


朝飯 茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、生玉子、納豆、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と玉葱の味噌汁
昼飯 「やぶ定」の冷やしたぬき蕎麦
晩飯 トマトサラダ、茹で玉子のマヨネーズかけ、SMIRNOFF VODKA(生)、パンChablis Billaud Simon 2018


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2024.9.7(土) 虫の音

「汁飯香の店 隠居うわさわ」にご来店くださったお客様が、帰り際には感想を残してくださった、その内容をコンピュータに入力しようとして、きのうはそれを自宅へ持ち帰った。しかし今朝は早く起きることが能わず、用紙はふたたび事務室に戻った。幸いにも今日は、販売係、事務係とも出勤数が多い。それに助けられて、午前の20分ほどでその仕事を終える。タイへ向けて出発をするのは25日。よって23日までにいただいたご感想は、24日のうちにデータベース化する必要がある。タイの田舎で1週間以上を過ごすことを考えれば、入力への意欲も増そうというものだ。

今月2日から始めたしその実の買い入れは、今日に到って急にその数量が伸びた。しその実は、気温が一定のところまで下がらないと実が入らない。夏の去ることは寂しくても、しその実も欲しい。今日までに集まったそれは目標の4分の1。明日は今日に増して多く持ち込まれることを期待している。

夜、通用口から外へ出ると、虫の声がかまびすしかった。耳の向きを変えながら、その声の聞こえてくる場所を知ろうとする。それらは果たして坪庭と、駐車場の紅葉の根本から盛大に発せられていた。虫の大音声を聞くたび、もう何年前のことやら思い出せないけれど、勉強仲間の先輩と遊んだ夜のことを思い出す。銀座の真ん真ん中であったにもかかわらず、街路樹の根元の草陰からは、信じられないほどの大きさで虫の声が聞こえていた。その先輩も、今はもう亡い。虫は、いつまで鳴いてくれるだろう。


朝飯 鮭の粕漬け、めかぶの酢の物、大根のたまり漬、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと若布と玉葱の味噌汁
昼飯 梅干と胡麻のつゆの素麺の素麺
晩飯 「大昌園」のあれやこれやそれや他あれこれ「田苑酒造」の麦焼酎「田苑シルバー」(オンザロックス)


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2024.9.6(金) いまの動画

先月27日の朝食動画がTikTokに上がるなり、往年のそれには遠く及ばないものの、それでも再生数は5万を超えた。フォロワーはひと晩で100人以上が増えている。数年前までは、みずから会得した定石さえ守れば10万ビューは固かった。しかし近年は僥倖に恵まれないかぎり、1万ビューも難しい。

僕とおなじくTikTokで情報を発信しているひとりに「なぜあんなにフォロワーが多いんですか」と訊かれたことがある。「梅太郎」のフォロワーは、僕からすれば、そこまで多くない。それでも「始めた時期が早かったので」と答えると「私も早かったですよ」とのことだった。そこで更に考えてみれば、その人の動画は解説系。対して僕のそれは、例外を除けば言葉を持たない。つまり右脳のみで理解ができる。他にも理由は多々あるとは思うけれど、よくは分からない。TikTokのフォロワーの増やし方を伝えようとしているアカウントのフォロワーが「梅太郎」のそれより少なかったりすることからも「いまの動画」の難しさは分かるだろう。

それはさておき閲覧数が上がれば「アンチ」まがいのコメントも増えてくる。今朝は「よく米が手に入ったな」というものがあった。今回の米不足は、報道やSNSに煽られて危機感を覚えた人の買い占めをはじめとする、複合的な原因によるものだろう。そして少なくとも我が街においては、米穀店にもスーパーマーケットにも道の駅にも、米は整然と並べられている。

新聞やテレビでは更に、今秋の米価の上がることが伝えられている。上がるなら、そのうちの多くは農家の取り分となって欲しい。「誰がいちばん苦労をしているのか」である。


朝飯 小松菜のおひたし、茄子とピーマンの炒りつけ、納豆、生のトマトを添えた目玉焼き、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 梅干と胡麻のつゆの素麺
晩飯 夏太郎らっきょう、たまり漬「プレミアムらっきょう」、SMIRNOFF VODKA(生)、2種のパンベビーリーフを添えた鶏のトマト煮Chablis Billaud Simon 2018


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2024.9.5(木) 伊豆治療紀行(28回目の2日目)

スポーツ選手が遠征のたび寝具を持ち歩く気持ちはよく分かる。寝具が変わればからだのあちらこちらの調和が一夜、否、一瞬で変わってしまうからだ。だから僕は「常に」でなければ意味はないものの、少なくとも伊豆に治療に来るときは枕を持参する。稀代の荷物ぎらいであるにもかかわらず、だ。

今朝は腰の右側に違和感を覚えていたため「伊豆高原痛みの専門整体医院」では先ず、そのあたりを調べてもらった。「左は大丈夫だね」と先生は、僕の背中を見るなり言った。6月の訪タイの最にも、帰国の前日に到って痛んだのは腰の右側だった。僕の知る限りもっとも痛みを感じる膝への電子ペンは幸い、きのうとおなじく触れているだけ、あるいはごく小さなお灸を据えられたくらいの熱さしか感じなかった。具合の良い証拠である。

治療を済ませて後は、城ヶ崎海岸駅までの急坂1,100メートルを一気に下る。そして前回、待合室の本棚で借りた本を返す。この棚には本を寄付する人、借りる人、中には借りて返さない人もいるだろうけれど、ある種の特徴が色濃い。一定の周期を以て、僕が数十年前に読んだ本が現れるのだ

東海道新幹線を東京駅で山手線に乗り換え、神田で降りる。家内とはそこで別れた。おとといの日記にも書いた銀行の場所は、住所は日本橋でも神田からは目と鼻の先にある。毎月この時期に行う仕事ではあるものの、今日は随分と時間がかかった。以降は新橋に移動をして、散髪その他の用を足す。


朝飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の朝のブッフェ其の一其の二
昼飯 もち麦入りおむすびおかずセット、伊右衛門
晩飯 「加賀屋北千住店」のあれやこれやそれや、チューハイ


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2024.9.4(水) 伊豆治療紀行(28回目の1日目)

「目をつぶっていても」と言えばいささか大げさになるけれど、タイとラオスの、あるいはタイとミャンマーの国境まで行く必要が生じれば、羽田から飛行機に乗り、最後はドアを開け放ったまま疾走するバスに乗り、鼻歌交じりで現地に達することができる。苦手なのは国内の、特にJRを使った移動である。僕は鉄道はほとんど、日光と浅草のあいだの東武線、それと東京都内のそれにしか慣れていない。

普段は家内の後を着いていく伊豆行きだが、家内は今日は、夕刻に遅れて来る。よってスマートフォンのYahoo!の乗り換え案内に頼り、前日から予習をした。

東武線の下今市から乗る上りの特急は下今市10:34発。北千住には12:02着。そこまでは理解できるものの、東京駅へ向かう、途中から上野東京ラインとなる常磐線は12:29発と出る。北千住で27分間の乗り換え待ちは、明らかにおかしい。

スマートフォンをコンピュータに換え、おなじYahoo!の乗り換え案内で、今度は北千住を起点として調べてみた。すると常磐線から上野東京ラインのダイヤに北千住12:09発が現れた。何とも不思議なアルゴリズムである。

よって今日はその北千住12:09発に3番線から乗る。車両は10両付近。そう決めているのは、東京駅のプラットフォームから「いつものエスカレーター」を降りるためだ。コンコースに降りる場所を誤れば、いつも弁当を買う紀伊國屋も見つけられず、いつも切符を買う券売所も見つけられず、右往左往することは必定だからだ。東京駅には12時30分に着いた。

いつもは新幹線で熱海まで行くところ、今日の行程では13:00発の「踊り子11号」がもっとも具合が良い。いつもの券売所で恐る恐る「ここで踊り子の切符は買えますか」と訊く。そんなことも僕は知らないのだ。「はい、買えます」の答えを待って、その11号の、伊豆高原までの切符を手に入れる。熱海での乗り換えおよび伊豆急行鉄道の各駅停車を含めれば、踊り子でも所要時間は変わらず、料金は1,000円ほども安くなる。踊り子11号の切符を無事に手に入れたのは12時36分しかも発車する9番線へのエスカレーターは目の前にあった。すっかり気を良くして、弁当はいつものおむすびではなく、それよりすこし高いものを選ぶ。

「伊豆高原痛みの専門整体医院」のワタナベ先生は、診察台にうつぶせになった僕の背中に触り「ちょっと張ってる」と言ったから不安になった。具合が悪ければ、治療による痛みも幾何級数的に増すからだ。「はい、頑張って」と先生が腰に押し当てた9,000ボルトを発する電子ペンによる痛みは不快ではあったものの、頑張らなければ耐えられないほどのものでもなかった。もっとも恐ろしい膝への電子ペンも幸い、今日は「触れているくらい」の感触だった。

伊豆高原駅前からシャトルバスに乗り、チェックインを済ませておいたホテルは、治療院とは徒歩で往来できる距離にある。入浴を済ませ、頃合いを見計らって降りたロビーには、ちょうど家内が着いたところだった。そして夜は早々に寝る。


朝飯 茄子とピーマンとパプリカの味噌炒り、小松菜の胡麻和え、納豆、スクランブルドエッグ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と若布と長葱の味噌汁
昼飯 「紀伊國屋」の「銀鮭塩焼海苔弁当」、JAVA TEA
晩飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の其の一其の二其の三其の四其の五其の六其の七「澤乃井」の特別純米(冷や)


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上澤卓哉

上澤梅太郎商店・上澤卓哉

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