2024.11.16(土) 続・予約
携帯電話のいわゆるショートメールはほとんど見ない。仲間うちで使われる文字による意思の伝達手段はPCメール、メッセンジャー、LINEに限られるからだ。しかし今朝は何気なく、スマートフォンのそのアイコンをタップした。そうしたところ、先ずは「23,776JPY、不審な場合にはご連絡ください」とのメールが今月7日の19時46分に、また「先ほどのと利用について確認がございます。ご回答ください」とのメールはきのうの13時15分に入っていた。一体全体、何が起きているのか。
指先でチマチマと操作をしなければならないスマートフォンから離れ、コンピュータにパスワードを打ち込んで、自分のカード情報を見に行く。すると僕のクレジットカードに不正使用が疑われたため、現在、その有効性を止めているとの説明が出てきた。そこでそれに続く質問に答えたところ、カードは有効性をすぐに取り戻した。
「どうりで」と合点がいった。きのう伊豆の整体院ちかくのホテルを予約する際、いますぐカードで支払う方法を選んだところ、遂にその決済ができず、現地決済に切り替えた経緯があったのだ。
クレジットカードの使用履歴を遡った限りでは、SMSが知らせてきた23,776円の支払いは発生していなかったから、気分はすっきりした。そしてきのうの日記に書いた来春のタイ行きにおける、すべてのホテルを一気呵成に予約した。円安ドル高の急進により海外のホテル代も上がっていることを懸念したものの、つい先日に調べたときより料金はすこし下がっていた。更にはこれまたきのうの日記に書いた、来月に伊豆から帰宅する途中の料理屋にも席を確保した。
世の中には予約を嫌う人が、ある一定の割合で存在する。僕にはどうにも理解できない性向ではある。しかし「予約は自分を束縛する」という意見に触れて「なるほど、そういう考え方もあったか」と腑に落ちた。僕にとって予約は「自由の確保」に他ならない。路頭に迷うなどは、したくないではないか。
朝飯 茄子とピーマンの醤油炒め、生玉子、蓮根のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蒲鉾、鰤の蕪鮨、らっきょうの「小つぶちゃん」、夏太郎らっきょう、牡蠣とモロコの佃煮、トマトと刻みキャベツを添えた”AGETE”のらっきょうのたまり漬入りメンチカツとコロッケ、「片山酒造」の「冷やおろし純米吟醸」(冷や)
2024.11.15(金) 予約
午前、きのうおとといとかかったばかりの伊豆の整体院に、来月の予約を入れる。整体院ちかくのホテルにも予約を入れる。その頃には2024年の年の瀬が、いよいよ迫っている。よって2日目の、帰宅途中の夕食の場所も、予約をしておく必要があるだろう。
ホテルの予約がインターネットでできる世の中が来たことは、僕にとって大いなる福音だった。「当日は生憎と全館満室でございまして…」とホテルの予約係に謝られることを思うと、どうにも受話器に手が伸びなかった。会話を必要としない予約は心の負担が少なく、とても有り難い。
来月の整体とホテルの予約に引き続いて、来年2月のタイ行きの航空券を、なじみの旅行代理店にメールで発注する。先方の係は、今日は仕事に忙殺をされていないらしく、返事は間もなく戻った。運賃および座席の位置は来週の月曜日に確定するとのことで、即、了承した旨を返信する。
いわゆるLCCには、タイ深南部のナラティワートからバンコクまでの路線に1度だけ乗ったことがある。国際線でも使ってみたい気持ちはあるものの、羽田空港にはその発着が無い、深夜便も無い、というふたつの「無い」により、いまだ経験できずにいる。深夜便を嫌う人もいるけれど、限られた時間を有効に使える点において、僕にはとても有り難い。
旅行代理店からの、月曜日の返事が楽しみである。
朝飯 スクランブルドエッグ、納豆、菠薐草の胡麻和え、蓮根のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 ナッツとドライフルーツのたまり漬「山のにぎわい」、海老真薯の椎茸詰め、牡蠣の醤油煮、蛸の唐揚げ、「片山酒造」の「冷やおろし純米吟醸」(冷や)、リンゴ、ロールケーキ、Old Parr(生)
2024.11.14(木) 伊豆治療紀行(30回目の2日目)
目覚めて枕頭のiPhoneをたぐり寄せる。時刻はいまだ1時16分だった。それから6時までのあいだには多分、一睡もしなかったはずだ。温泉ホテルに泊まっても朝風呂はほとんどしない。しかし今朝は朝食までの時間調整として地下1階の大風呂へ行く。
伊豆高原痛みの専門整体医院での治療は「少し張っている」という背中にこそ5,000ボルトを発する電子ペンはお灸のような熱さを感じさせたものの、筋肉の緩みは早く、だから熱さも数秒で去って行った。ペンを打たれた個所は、背中の両側に10個所ほどだっただろうか。膝の関節の裏側、また膝の上部、両側、正面に打たれたそれは、触れているくらいの感触しか今日は感じさせず、つまり状態は良好、ということだ。
整体院から城ヶ崎海岸駅までの下り坂は勾配が大層きつい。この1,100メートルを徒歩で下って11:55発の上りに乗る。乗り換え案内によれば新橋に着くのは13時54分。よって熱海の新幹線プラットフォームから新橋の大衆床屋に電話を入れ、14時5分に予約を入れる。予約に500円の料金がかかるとは、今日のオネーサンに教えられて初めて知った。
新橋には乗り換えが上手くいって、13時44分に着いてしまった。散髪もそれに伴って、14時38分に終わってしまった。家内との待ち合わせは新橋で16時55分。それまで何をして過ごそうか。
新橋から銀座線で日本橋へ移動する。高島屋地下1階の味百選売場にて、上澤梅太郎商店の商品を視察する。陳列に乱れのあるものについては、それを綺麗に並べ直す。「汁飯香の店 隠居うわさわ」の仕込みのある明日から月曜日までは、長男夫婦や孫たちとは夕食を共にしないから、何かを買うことはしなかった。
中央通りを隔てて向かい側の丸善では、腕時計のベルトの調整をしてもらう。1階の書籍売場では松岡正剛特集に、壁のかなりの面積が割かれていた。ドナルド・キーンの「百代の過客」は、僕の持つ朝日選書のそれは正の上下、続の上下と4冊組みだが、講談社学術文庫の1冊にまとめられていることを知る。すこし離れたところには吉田武著「虚数の情緒」があって、一驚を喫する。枕のように分厚いこれは、しばらく前に仲間うちで話題になったことがある。しかしいくら活字中毒の僕でもこれは読めない。そうハナから決めて、手に入れることはしなかった。
他の棚に、僕の興味を引く数冊を見つけて記憶に留める。僕は手に持つものが多く、重くなることを嫌うから、本を実店舗で買うことはほとんどしない。
京橋のモンベルまで歩いて、ここでもあれやこれや見る。いま着ているユニクロのソフトタッチタートネックTは縮んで袖と裾が短くなっている。よって来春まで我慢をしながら着たら6着すべてを捨て、来秋からはモンベルの適当なもの6着を春と秋の普段着にするかも知れない。
新橋に戻っての夕食は、肴をひととおりこなした直後の白甘鯛の握りに大いに驚く。ひと切れの中に、歯ごたえのあるところと柔らかいところ、脂の乗っているところと淡泊なところが良い塩梅に混じっているのだ。この店に来るのは2007年以来の17年ぶり。前回は「よくお召し上がりになりました」と店主に感心されたものの、そして今回は「おまかせ」にしたものの、腹ははち切れんばかりになった。
新橋駅前の機関車には、既にしてサンタクロースが乗っていた。そうして浅草19:19発の下り特急に乗って、21時すぎに帰宅をする。最繁忙の来月も、伊豆にはいずれ、行くことになるだろう。
朝飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の朝のブッフェ其の一、其の二、其の三
晩飯 「新橋しみづ」のおまかせ、おまかせの日本酒(燗)
2024.11.13(水) 伊豆治療紀行(30回目の1日目)
1987年、池波正太郎は初夏にフランス、秋はドイツ、フランス、イタリアと旅した。フランスはあちらこちらを歩いたものの、イタリアはヴェニスアのみ。この地に惹かれるようになったのは三岸節子の画集によると、本人の著作「ル・パスタン」にはある。
ヴェニスに着いた夜、池波は吉行淳之介の夢を見る。多分、吉行の紀行文「ヴェニス光と影」を読んだことによるものだろう。「船着場からゴンドラに乗って、運河にすべり出した吉行さんを大声でよびかけたが、吉行さんは振り向きもせず、ゴンドラの中で憮然としていた」というその夢の「憮然としていた」には苦笑を禁じ得ない。
「私は、今年の異常な夏の気候で、体調をくずしていたので」と池波は独白をする。そのとき池波は64歳。文章から気息奄々の雰囲気は伝わってこないものの「ヴェニスへは、もう一度、行きたいとおもうけれど、おそらくは行けまい」と、弱気である。
「ヴェニスに来て、何もしなかったおかげで、悪い思いもせず、よいホテルへ泊まった思いだけを胸にしまって帰ってきた。こういう旅行の方法というのもあるのだ」と、池波は帰国後に振り返る。僕などは元気にもかかわらず、旅先では何もしないから「楽」以外の何ものも無い。
「私は六白の星で、衰運のどん底が三年後にやってくる。この衰極にそなえ、いまから、種々の方法を考え、実行に移しつつあるところだ」とも池波は書いている。しかしその「三年後」である1990年の初夏に、池波は逝った。
青い海を眺めつつ、また「ル・パスタン」を読みつつ着いた伊豆高原からは、専用のバスでホテルまで運ばれた。そこから徒歩で行ける「伊豆高原痛みの専門整体医院」での治療には幸い、痛みは伴わなかった。この整体院の治療は、からだ、あるいはその一部の具合が良ければ痛くなく、反対に、悪ければ悪いほど、痛いのだ。
ホテルでの夕食は19時30分から。そして21時すぎに寝に就く。
朝飯 蓮根のきんぴら、里芋の味噌和え、菠薐草の胡麻和え、揚げ湯波の甘辛煮、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツとベーコンと万能葱の味噌汁
昼飯 「笹八」の爆弾おむすび、JAVA TEA
晩飯 「亀の井ホテル伊豆高原」の其の一、其の二、其の三、其の四、其の五、其の六、其の七、「澤乃井」の特別純米(冷や)、「三和酒造」の「臥龍梅」(燗)
2024.11.12(火) 一択
本日1回目の配達や開店準備、店番など、朝の一連の仕事を終えて4階の食堂でひと休みをしている最中に館内電話が鳴る。僕を呼ぶようおっしゃるお客様がいらっしゃっているという。
旧知のお客様は店内のベンチに腰かけ、お茶を飲んでいらっしゃった。現役時代は介護タクシーを自ら運行する経営者。現在は悠々自適のご隠居さんである。お客様の第一声は「タイ、行ってる?」だった。
このお客様の趣味は旅行で、普段は国内を、昔取った杵柄でクルマでお回りになる。海外はタイ一択。そこに僕との共通点がある。共通するところは他にもある。いわゆる「観光」は、なさらないのだ。
お客様はこのところ、タイではスワンナプーム空港に着くとエカマイまで鉄道を乗り継ぎ、ここのバスターミナルからミニバンでアユタヤへ移動をする。アユタヤは14世紀の遺跡群が世界遺産にも登録されている観光地ではあるものの、お客様は知り合いが経営する安いホテルに滞在し、昼は本読み、気が向けばマッサージ、夜は外で買ってきたおかずを肴に部屋でテレを見ながらビールを飲む、そうしてただただ気楽にしているのだという。
「今、タイ航空は安いよ」と、お客様は僕に笑いかけた。確かに、いまだコロナの余韻の残っていた昨年4月のハジャイ行きでは、航空券はコロナ前の3倍ほどもしていた。それが今年に入って随分と落ち着いてきた印象は、僕も持っていた。
「私は、次は来年の2月に行きます」と、お客様はおっしゃった。「えっ、僕も2月です」と、僕は反射的にお答えをした。ただし行き先は、お客様とは異なる。
チェンライは、王様のひとりがその研究者だったラオスとの国境も近ければ、岩波文庫の吉川一義訳「失われた時を求めて」全14巻を持参するのも悪くないかも知れない。そのような酔狂をする人がどこかにいないものだろうか。僕にはとてもできないことではあるけれど。
朝飯 ベーコンのソテーとスクランブルドエッグ、蓮根のきんぴら、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、菠薐草の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 鮨其の一、鮨其の二、鮨其の三、玉子とじの吸い物、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、夏太郎らっきょう、「鳳凰美田」(燗)、パウンドケーキ、Old Parr(生)
2024.11.11(月) 精進
先週金曜日の日記に画像のある「古本屋台2」の112ページ、常連客のセリフに「失われた時を求めて」があるものの、それについての解説は、巻末には無い。声を上げて笑ったのは140ページ。林望の「源氏物語の楽しみかた」を手にしたロバート・キャンベルが焼酎「白波」のお湯割りの2杯目を所望して、屋台のオヤジに断られる場面。屋台で売るものがラーメンでもおでんでもなく古本、というあたりに、久住昌之の面目躍如がある。
開高健によれば、大阪にはむかし、カクテルを売る屋台があったという。オヤジの決まり文句は「郵船で鍛えた腕」だったものの、長くは続かなかったらしい。
木曜日には鮨を食べる。ところが冬の僕の指はアカギレだらけ、バンドエイドだらけで、鮨を摘むには適さない。よって夜は入浴をしながらそれらすべてを剥がし、爪に残った粘着性の成分も、綺麗に落とした。そして寝る前には手にメンソレータムを擦り込み、木綿の手袋をした。
「今日はこれに集中しようと思って、朝からタバコも吸わずにがまんしているんだ。昨夜は昨夜で一滴もウィスキーを飲まなかった。毎晩、分量はべつとして、飲まないってことはないんだがね」と口を開いた開高健らしい男に「たいそうな御精進ですな」と、こちらは佐治敬三らしい男のからかってみせる会話が「ロマネ・コンティ・1935年」に出てくる。
手にメンソレータムを擦り込んで、更に手袋をして寝るという行いも、僕にとっては「御精進」のようなものだ。精進をしなければ鮨を食べることもできない。冬とはまことに厄介な季節である。
朝飯 納豆、生玉子、鶏肉そぼろ、焼き海苔、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、キャベツと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 「コスモス」のカプレーゼ、カツレツ、ホットバタードラム、ドライマーティニ、TIO PEPE、家に帰ってからのシュークリーム、Old Parr(生)
2024.11.10(日) コロモガヘ
所用により早朝、家内と外へ出る。家内はダウンパーカを羽織っている。僕は半袖ポロシャツに長袖のTシャツを重ねている。「寒くないの」と家内。「寒いよ」と僕。「寒さより、着ぶくれる方が不快なんだよ」と言葉を添える。
昨年より、仕事着に限れば年間で以下9回の衣替えをするようになった。
春:ソフトタッチタートネックT+パタゴニアRIクルー
晩春:ソフトタッチタートネックT+長袖Tシャツ
初夏:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
盛夏:半袖ポロシャツ
初秋:半袖ポロシャツ+長袖Tシャツ
秋:ソフトタッチタートネックT+長袖Tシャツ
冬:極暖ヒートテックシャツ+パタゴニアRIクルー
真冬:極暖ヒートテックシャツ+パタゴニアRIクルー+ダウンベスト
厳冬:極暖ヒートテックシャツ+パタゴニアRIクルー+ダウンパーカ
上記に照らせば11月10日現在の僕の服装は、初夏あるいは初秋の服装になる。寒いのも当たり前にて、午後、押入の衣裳ケースからユニクロのソフトタッチタートネックTを取り出し、チェストに移す。そしてチェストの半袖ポロシャツは、押入の衣裳ケースに戻す。
その衣替えの作業中に、買ってはみたものの、そして着ようと思えば着る機会はいくらでもあるにもかかわらず着ない服の、結構あることを再確認する。貧乏性のため、他所へ行く際にもそれらは温存したまま仕事着で出かけてしまったりするのだ。
ところで上記一覧のうち、気に入って使ってきた長袖のTシャツが随分とヨレてきた。小遣い帳を検索してみれば、3着のうち2着は2017年5月に、1着は2022年10月に買っていた。7年ものあいだ着ていれば、ヨレも当然だろう。
先般、厚みは普通にもかかわらず丈夫さは天下一品と製造元は主張するTシャツを、FACEBOOKの広告で知った。価格は通常のTシャツの倍あるいは3倍。道具は丈夫で長持ちをするものが好きだ。年が明けたら現物を確かめに行こうと思う。
朝飯 ピーマンとベーコンのソテーを添えたスクランブルドエッグ、鶏肉そぼろ、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトとキャベツと若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 もやしナムル、夏太郎らっきょう、水餃子、担々麺、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)
2024.11.9(土) 料理をお出しできるまでに
早く起きたにもかかわらず、アカギレの切れた手指とかかとに計7枚のキズパワーパッドを貼るだけで、結構な時間を費消する。おまけにそれを貼った指で操作するトラックパッドは感度が落ちるため、いつものようには日記の作成が捗らない。更には日記のための画像をウェブ上に上げると拡張子に”-1″が付いてしまう現象を解決することにも時間を取られ、気づけば6時が過ぎていた。冬の寒さはそれほど厭わない。乾燥によるアカギレや、低い気温に対処するための重ね着がイヤなのだ。
日中、事務室と店舗のあいだを行ったり来たりしながら外を見る。日光街道や会津西街道を往くクルマの数は、先週の日曜日がこの秋の頂点になるかも知れない。とはいえ今日の道路が空いている、というわけでもない。紅葉見物の観光客の高原状態は、今月の24日までは続くだろう。
夜、ちかくのイタリア料理屋へ次男とふたりで出かける。木の扉に取り付けられた自然木の取っ手を引くと、週末ということもあって、お客の数はいつになく多かった。この店は凝りに凝った料理を提供する代わり、それがテーブルに運ばれるまでの時間が長くかかる。よって酒肴と締めのスパゲティは同時に頼む。
その肴で赤ワインを飲んでいる最中に、背後で扉の開く気配がする。ややあって「えーっと、えーっと、どうしよう。お客様が立て込んでいるので、料理をお出しできるまでに時間がかかると、ウワサワさん、伝えていただけますか」とオカミに頼まれ、振り向くと入口には白人の男女が立っていた。彼らは僕の説明に「飲み物だけなので」と答え、無事、ひとつだけ残ったテーブルに着くことができた。
しばらくするとまたオカミに促され、振り返ると、また白人の男女。カウンターにも空きは無く、彼らは夜の街へ引き返すこととなった。
いつごろからか、我が街にも旅行中らしい外国人の姿が目立ってきた。実質的な彼らは旧日光市や鬼怒川温泉を避け、それらの観光地の、川本三郎のことばを借りれば「ひとつ目小町」となる旧今市市街に滞在をする例が増えてきたのだろう。「エアビー、増えてきたからなー」と次男と話す。
朝飯 牛蒡と人参のきんぴら、生玉子、鮭の焼きほぐし、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、トマトと大根と若布と揚げ玉の味噌汁
昼飯 2種のおむすび、万能葱のスープ
晩飯 “JOHNNEY’S CAFE 638″のフォカッチャ、アンティパストの盛り合わせ、ムール貝と天使の海老のスパゲティ、カラフェの赤ワイン、栗のケーキ、おまかせのウイスキー(オンザロックス)
2024.11.8(金) 好きな仕事
目を覚まし、しばらくは布団の中でぐずぐずしたものの、好きな仕事の控えていたことに気づいて即、起床する。好きな仕事とは、上澤梅太郎商店が運営する朝ごはん専門店「汁飯香の店 隠居うわさわ」の予約の受付、および釣銭のための種銭の準備、である。
淹れたばかりのお茶を飲みつつコンピュータをインターネットに繋ぐ。きのうの終業後から今朝までにいただいたご予約により、今月の18日、23日、24日の隠居は満席になった。23日と24日にご予約をくださったお客様には渋滞に気をつけていらっしゃるよう、返信にひとことを加える。そして予約表の当該の部分に、丸で囲んだ「満」の文字を赤いフェルトペンで書き入れる。
ひと息をついたところでWordPressを開く。そしてきのうの日記に続いて今日の日記のここまでを書き、コンピュータを閉じる。次は保存容器を手に1階へ降り、帽子とマスクを着けて蔵の冷蔵庫に入る。日光味噌梅太郎白味噌は、きのう使い切った。その容器に今度は日光味噌梅太郎赤味噌を満たして4階の食堂に戻る。時刻は6時24分。ふたたびお茶を淹れて、久住昌之と久住卓也による「古本屋台2」を開く。
その「古本屋台2」の55ページに吉田健一著「汽車旅の酒」を見て早速、検索エンジンに当たる。これは書かれた時代はとにかく、出版は2015年だから古くない。そのamazonのページにはおなじ著者による酒と食べものに関する本が複数あって「へー、こんなに書いていたのか」と、すこし驚く。そして「あー、たこ梅、行きてぇな」と、痛烈に思う。
文章が長くなるので、以降については割愛をする。
朝飯 鮭の焼きほぐし、茄子とパプリカの味噌炒り、胡瓜のマヨネーズ和え、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 トマトとベビーリーフのサラダ、隠元豆のソテーと目玉焼きを添えたハンバーグステーキ、GRAND ANDES CABERNET SAUVIGNON CENTRAL VALLEY CHILE、リンゴ、エクレア、Old Parr(生)
2024.11.7(木) 初冠雪
土井たか子と無名の男がリングの上に対峙し、今まさにボクシングを始めようとしている。僕には背を向けているため、男の顔は見えない。という夢を見ながら目を覚ます。素っ裸である。きのう風呂に入ったか否かの記憶も無い。
「飲んじゃ日本酒がいちばん美味いわな」と言う人がいる。僕は必ずしもそうは思わないけれど、きのうは日本酒が捗った。多分、いつのものか知れない朝鮮の徳利と、薄い織部釉の猪口の組み合わせが良かったのだ。
天気も上々であれば、朝食の準備をはじめる前に屋上へ上がる。雲間に男体山の初冠雪が望める。ひとつ下の4階へ戻ってテレビの電源を入れてみれば、何と富士山の初冠雪の観測も、今朝だという。11月7日の富士山の初冠雪は、130年間の観測史上もっとも遅いものとも、気象予報士は伝えていた。これから訪れる冬の気温は一体全体、どのような具合になるだろう。
日中、店のキャッシュレジスターの100円玉と10円玉と5,000円札が何度も少なくなって、事務室の金庫から忙しく補給をする。「人はときおり、目に見えない何者かからの指令により同じ行動に及ぶ、そう考えたくなることは結構、多い」と、先月23日の日記に書いた。今日もそのような指令が天から降ってきて、電子決済より現金、それも1万円札でお支払いになるお客様が増えた。まぁ、そんなこともないだろうけれど、明日は釣銭を得るため、銀行へ行くことになるだろう。
朝飯 茄子とパプリカの味噌炒り、納豆、牛蒡と人参のきんぴら、なめこのたまり炊、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、大根と若布の味噌汁
昼飯 にゅうめん
晩飯 蒲鉾、鰤の蕪鮨、手巻き鮨、「小泉酒造」の「東魁盛ゆめかなえ純米吟醸」(燗)、“Chez Akabane”のチョコレートケーキ、Old Parr(生)