2025.3.6 (木) タイ日記(10日目)
最初に目を覚ましたのは、いまだ3月5日の22時48分。以降は短い眠りを幾度も繰り返した感覚があって、遂に6時を迎える。現在の川沿いのホテルに移ってからは、どうも早起きができない。目は覚めても、ベッドから起き上がる気力が湧かない。しかし今日ばかりは、そうも言っていられない。いよいよこの街から去ろうとしているのだ。
ようよう起きて荷作りに取りかかる。ラオカーオの4本はどうやら買いすぎだったらしく、600ccと250ccのペットボトルに移した各々2本がいまだある。これと、バンコク在住の同級生コモトリケー君から頼まれた「日光みそ粒みそ」の1キログラムの袋がスーツケースの容量を圧迫する。結局のところ、3日の夜に買った社員への土産はザックへ収めることとした。
朝食の会場には7時20分に降りた。そして「臓物全種類と生玉子入り」のお粥2杯を食べて、7時43分に部屋へと引き上げる。チェックアウトは8時3分。Tシャツ2枚の洗濯代は160バーツだった。
さて今朝の迎えは4日の日記に書いたタクシーの運転手に「3月6日、8時30分」のメモを渡して頼んでおいた。そのことは今朝、僕のスーツケースを玄関前に運んだベルボーイにも伝えた。ところが8時35分になってもタクシーは現れない。エーという運転手にもらった電話番号を見せると、ベルボーイは親切にも自前と思われるスマートフォンに、その番号を打ち込んだ。流れたアナウンスは多分「その番号は現在、使われていません」というものではなかったか。彼は念のためもういちどその番号を呼び出して、またもやおなじアナウンスが流れた。
ベルボーイは今度はフロントのカウンターに近づき、おなじ番号を固定電話から呼び出すよう、オネーサンに伝えた。しかし結果は変わらない。「タイではよくあること」とは思うものの、フライトの時間は10時15分であり、気が気ではない。その僕の顔を見てベルボーイは自信たっぷりに「心配には及びません」と確約をした。
十数分が経って、トヨタ製のセダンがポーチに横付けをされる。これまでの経緯をベルボーイから聞かされていたらしいオバチャンの運転手は、クルマの中から僕に視線を送って呵々大笑をしている。「助かった」である。親切にしてくれたベルボーイには50バーツのチップ。
08:58 タイではよく目にするところの、個人のクルマを流用しているらしいタクシーがホテルを出る。渋滞を気にしてか、オバチャンは一旦、空港とは反対側にハンドルを切った。
09:14 タクシーがチェンライ国際空港に着。料金は250バーツ。オバチャンには50バーツのチップ。
09:25 チェックインの列に並ぶ。
09:37 保安検査場を通過して、そのまま隣接の2番ゲートに入る。
09:43 搭乗開始。
10:00 58Kの席に着く。
10:25 Airbus A320-200(320/3201)を機材とするTG131は、定刻に10分おくれてチェンライ国際空港を離陸。いくらも経たないうちに「バンコクまで1時間5分」とのアナウンスがある。
バンコクとチェンライのあいだを結ぶタイ航空機の機内は、前席と後席とのあいだが狭く、ひどく居心地が悪い。そのうえ前席の、中国語が表示されているスマートフォンを見ているオネーサンは、離陸前から背もたれを最大に倒して人の迷惑などお構いなしだ。その背もたれから引き出したテーブルにコンピュータを載せ、身をかがめるようにしてきのうの日記の下書きをする。
「バンコクまで1時間5分」なら着陸は11時30分のはずだ。しかし機は、スワンナプーム空港の北方で行ったり来たりを繰り返している。滑走路が混み合っているに違いない。快晴の日にもよくあることだが大気が不安定らしく、機は小刻みに、あるいは大きく上下する。飛行機は最も安全な移動手段と言われても、どうにも気持ちが悪い。
11:37 TG131は定刻より13分はやくスワンナプーム国際空港に無事着陸。
12:11 回転台から荷物が出てくる。
12:34 エアポートレイルリンクの車両が空港駅を発。
13:24 エアポートレイルリンクをパヤタイで高架鉄道BTSに乗り換えてトンロー着。
13:34 トンロー駅から徒歩にてホテル着。
ホテルは、トンローsoi10にあるビルの一室を会場とするバンコクMGに参加をするうち見つけたところだ。駅からちかく、清潔で、部屋は狭くてもバスタブを備え、お湯の出は良く、価格は安い。先ずはシャワーを浴び、スーツケースから必要なものを取り出す。今回のホテルは1軒目から今日の3軒目まですべてバスローブを備えていたから、持参したパジャマの出番は無かった。
冷房の効いた室内でしばしゆっくりしてからトンローの通りに出て、通り沿いのショッピングモールで少々の買い物をする。炎天下をしばらく歩いてホテルに戻り、ペットボトルに入れ替えたラオカーオ、チェンライのフードコートで不要にもかかわらず買う羽目になった”Sang Som”、そして土産の「日光味噌粒みそ」をIKEAのトートバッグに入れる。
トンローから乗ったBTSのスクムヴィット線をサイアムでシーロム線に乗り換え、サパーンタクシンで降りる。駅にほどちかいロビンソン百貨店の地下にあるスーパーマーケット”Tops”に入ったのは16時45分。
酒売り場の冷蔵庫の前まで来て、フランス産の白ワインに目を付ける。しかしタイでは、酒類は17時を過ぎなければ売買ができない。腕時計とiPhoneにて17時になったことを確かめ、支払いの列に並ぶ。オネーサンは自分の腕時計にチラリと目を遣ってからキャッシュレジスターの機械にあれこれの操作を加え、ボトルのバーコードを読み込んだ。代金は699バーツ。
コモトリケー君の住むコンドミニアムの舟は、17時10分にサトーンの桟橋に来る。現在の時間は17時5分。目と鼻の先とはいえ気が急く。僕の重い荷物のほとんどは酒、である。「バカみたい」である。
今は乾季だから、チャオプラヤ川の面は低い。よって浮き桟橋への通路は急な坂になっている。それを、足を滑らせないよう慎重に下る。目指す舟は上流から来てタクシン橋をくぐり、いくつかのホテルの送迎船が去ってから桟橋に着けられた。
前述のラオカーオと”Sang Som”は、次の訪タイ時までコモトリ君の家に預かってもらうこととする。そして買ったばかりのシャルドネ、およびコモトリ君のサントリーだかどこかの酒をIKEAのトートバッグに入れて外へ出る。
コモトリ君お勧めの食堂までは徒歩で20分ほどもかかった。タイ人なら決して歩かない距離である。料理はどれにもひと工夫が加えてあって美味かった。シャルドネのほとんどは、僕がひとりで飲んだ。
帰りは歩く気にも、また公共の交通機関を使う気にもならない。コモトリ君にGrabで呼んでもらったタクシーの運転手は小さなオバチャンだった。時刻は19時43分。目指すはトンローsoi1。
オバチャンは渋滞を避けるためだろう、チャオプラヤ川の西岸を南下し、やがて橋を渡った。いつの間にか眠りに落ちる。しばらくして目を覚ますとタクシーはナナの、スクムビットsoi13を南下している。なぜこんなところにいるのか。僕はオバチャンにiPhoneでGoogleマップを見せつつ「行きたいところはトンローのsoi1ですよ」と言う。タイ人らしく言い訳をするかと思われたオバチャンは笑って、スクムヴィット通りに出るとハンドルを左に切った。
ひどい渋滞は、アソークを過ぎると幾分か収まった。トンローつまりsoi55の手前のsoi53に差しかかったところで左に折れるよう言う。次の丁字路が近づいたところで右に折れるよう言う。ホテルに着いたのは20時45分。スマートフォンに示された255バーツをオバチャンは僕に見せる。僕は100バーツ札3枚をオバチャンに渡して「おつりは要りません」と言葉を添える。
部屋は夕刻の熱気を溜めて暑かった。よって冷房を最大の風量で回し、シャワーを浴び、今度は冷房の設定温度を26℃、風量は最小に落として就寝する。
朝飯 “THE RIVERIE BY KATATHANI”の朝のブッフェ其の一、其の二
昼飯 “TG131″の機内スナック
晩飯 “ROD TIEW”の蒸し鶏、ピータン豆腐、オースワン、麻婆豆腐、クンオップバミー、Pour Le Vin Avoir la Pêche Chardonnay