2025.2.28 (金) タイ日記(4日目)
このホテルにチェックインしたとき、部屋のミニバーにはウーロン茶のティーバッグがふたつあって、1日目と2日目の朝には重宝した。それを使い切ってもメイドは補充をしてくれない。部屋にメモを残そうとしたものの、それを思いとどまって、日中、廊下に留め置かれるハウスキーピングの台車を見ると、コーヒーやミルクや砂糖の包みはあるものの、お茶のティーバッグは無い。「だったらあれは特別なものだったのだろうか」と考えて、催促することは止めた。
そして今朝は朝の散歩の途次に最寄りのセブンイレブンに入り、自分では見つけられなかったから店員に探してもらって紅茶のティーバッグ10包入りを買った。価格は57バーツだった。
いま泊まっているところは洒落たブティックホテルで、こぢんまりとしながら建物には様々な意匠が凝らされている。庭から螺旋階段を昇った上には喫茶室があるらしい。朝食の後に行ってみると、ガラスの壁には”CAFE & WORKSPACE”の文字があった。
部屋でしばらく休んでから、今年の正月に届いた年賀状と、初日に買った絵はがきを手にふたたび庭へ降り、螺旋階段を上がる。喫茶室”common’day”のオネーサンには、冷たいタイティーを注文した。持参した年賀状は7通だったものの、印刷のみのものは脇へ置き、たとえ1行でも手書きの文字のある5通にのみ返信を書く。
ホテルから目抜きのパフォンヨーティン通りに出ようとする右側に郵便局のあることは、初日から気がついていた。ホテル2階の喫茶室から、その郵便局に直行する。オネーサンはハガキが5通あることを確かめて「250バーツ」と告げた。一瞬、頭の中には疑問符がいくつも浮かんだものの、オネーサンは確かに50バーツの切手5枚を僕に差し出した。タイの、ハガキによるエアメールの運賃は長く15バーツで、僕の知る限り2016年まで変わらなかった。それが今は50バーツだという。
タイの物価高騰と円安を呪うタイファンは少なくない。その恨みつらみをウェブ上で目にするたび「むかしが安すぎたんだ。そう高い、高い、嘆くな」と僕は腹の中で言い続けた。しかし今日の50バーツには驚いた。小刻みな変更を繰り返したくないための、一気の値上げだったのだろうか。
そうこうするうち昼も過ぎたため、今回の初日に場所を確かめておいたカオマンガイ屋へ出かける。チェンライは、タイの最北部にあっては大きな街だが、中心部を外れれば、まるで田園のような空き地が広がる。そのような場所にかなりの面積を占めるカオマンガイ屋は、おそらくできたばかりで、とても綺麗だ。屋内にいた人の良さそうなオニーチャンはすぐに出てきてくれたから、煮鶏と揚げ鶏の盛り合わせを頼んだ。そうしたところオニーチャンは僕が日本人であることを確かめて、iPhoneを取りだした。
オニーチャンの差し出したiPhoneには「普通の鶏は50バーツ、去勢鶏は60バーツ」とあった。どちらが美味いかと言葉で問うと、オニーチャンはふたたびiPhoneに向かって何かを話しかけ、ふたたび見せられたiPhoneには「去勢鶏の方」とあったから、そちらにしてもらう。
それにしても、このカオマンガイ屋は、金持ちの道楽としか思えない。というのは、南の国らしく簡素な作りではあるけれど、広く、清潔で、整理整頓が行き届き、店の周りには、将来は水を張るつもりなのか、空堀まで巡らせてある。それでいて、昼どきにもかかわらず、客は僕ひとりなのだ。
オニーチャンは煮鶏用と揚げ鶏用の2種のソースを僕のテーブルに運び、その説明をしてくれた。タイでは揚げ物には、まるでジャムのような見た目の甘いソースを添える。日本人としては受け入れられないから、これまでは味見をするくらいに留めていた。しかし今日ことそのスイートチリソースを試してみると、揚げ鶏との相性は、決して悪くなかった。
太ったオニーチャンは、とにかく人なつこい。僕がカオマンガイを食べ終えたと見るやすぐに近づいて来て「味はどうでしたか」、「改善するところはありますか」、「チェンライにお住まいですか」と、矢継ぎ早にiPhoneの翻訳ソフトで訊いてくる。口で話してしまった方が簡単で速いだろうに、よほど英語が苦手なのだろうか。
「チェンマイは人が多すぎる。その点、チェンライはちょうど良い。だからチェンライには10回以上も来ている」とiPhoneに日本語で話しかけると、翻訳されたタイ語を読んだオニーチャンは、またまたiPhoneに向かって何ごとかを話しかけた。ディスプレイには「次の機会にも、ぜひこの店にお出かけください」とあった。
午後はプールサイドで数時間ほども本を読む。そのページを繰る手の、昨秋ほど捗らないのはなぜだろう。
その昨秋に2度ほど訪ねた食堂については、撮ってきたメニュの画像、またウェブ上にあった更に詳しいメニュを紙に出力するなどして、いろいろと調べておいた。しかし今いるところからその店までは、1.2キロメートルの距離がある。往復2.4キロメートルは歩く気がしない。自転車を使えば酔っての帰路が危ない。しかし往きは自転車、帰りは押して戻れば良いと考えて、16時にフロントで自転車を借り、先ずはマッサージ屋の”PAI”に乗りつける。
僕のかかとに剥がれかかっているバンドエイドに触れて「痛いか」と、今日のオバサンが訊く。「痛くはない」と答えると、オバサンは今度はバンドエイドの剥がれかかっているところを気にし始めた。「切っちゃったらどうかね」と身振りで示すと、オバサンは奥から持ち来た鋏でそれを綺麗に切ってくれた。
カオマンガイ屋のオニーチャンではないけれど、僕もiPhoneを取りだし「日本の冬はとても寒いです。空気も乾いているので、手や足の皮が切れます。でもタイに来てしばらくすると治ります」と翻訳ソフトに打ち込む。オバサンは現れたタイ語を、周囲のオバサンにも聞こえるよう声に出して読んだ。そのオバサンのマッサージは上手かった。料金は1時間で200バーツ。チップは50バーツ。
外の席に着いた食堂の、英語と中国語のメニュに「鸡蛋炒木耳」とあるのはムースーローに違いない。タイ語による料理名をオニーチャンに訊いたものの、そのフワフワした発音は、僕には聞き取れなかった。目の前に届けられたそれは日本のムースーローとは異なって、赤と緑の唐辛子が共に炒め込まれ、とてもタイらしい。味は勿論、良かった。明日はまた、別のものを頼んでみることにしよう。
そうして結局は帰り道も、交通量の少ないところを選んだとはいえ、自転車でホテルまで戻る。空はいまだ、明るい。
朝飯 “NAI YA HOTEL”の朝のブッフェ其の一、其の二
昼飯 「ミーカオマンガイ」のカオマンガイ(トムトーパッソム)
晩飯 「ジャルーンチャイ」のガイサップルートロット、鸡蛋炒木耳、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)