2023.4.25 (火) タイ日記(8日目)
額の左側の皮は3日前から、鼻の左側の皮はきのうから、そして今日からは左肩、左腕、左胸の皮がむけ始めた。すべて、ハジャイでの1日目と2日目の日焼けが原因である。「オレもいよいよ、プールサイドでは紫外線を防ぐ服が必要だろうか」と考える。しかしてまた「服を着て泳ぐほど悲しいこともない」とも思う。
きのうの朝に続いて今朝も、動画の撮影にかまけて日記用の静止画を撮り忘れた。明日からは注意をしよう。午前中はプールサイドで本を読む。そしていつもより早めに部屋へ戻る。今日はすべきことがいくつもあるのだ。
持参した米ドルすべて、手持ちのタイバーツのうちすべての1,000バーツ札、パスポート、そしてiPhoneを”WANDERLUST”のカンパラパックミニに入れる。カメラを持たなくなった今、海外での外出用小物入れはこの小さなショルダーポーチで充分だ。財布はズボンのポケットに、手拭いは買い物袋に入れて外へ出る。
タイの米焼酎ラオカーオの、僕の最も好きな銘柄は”BANGYIKHAN”だ。バンコクでこれを売っているのは、僕の知る限りピンクラオのパタデパート、ビッグC、そしてゲートウェイエカマイ1階のマックスバリューである。このうち公共交通機関を使ってもっとも早く行けるのはマックスバリュー。よってルンピニーからスクンビット、アソークを経由してエカマイでBTSを降りる。
タイは日本よりよほど酒やタバコに厳しい。酒類は8時から11時、14時から17時までの時間帯で販売が禁止をされている。明るいうちなら昼時を狙わないと、それを買うことはできない。以前は11時前にここへ来て、11時がくるまで他の店でマンゴージュースを飲みながら待ったことがある。今回の購入は1本で充分。そして他にも少々の買い物をする。”BANGYIKHAN”の価格は157バーツだった。
ところでタイは「微笑みの国」などと賞賛される一方、悲しいほどの、あるいは滑稽なほどの階級社会だ。人は地位、職業、財産により、ピラミッド状に階層を作る。クルマなら、大金持ちはロールスロイスやランボルギーニに乗り、金持ちはメルセデスやアウディに乗り、中金持ちはトヨタのハリアーに乗り、小金持ちはトヨタのカムリに乗る。夕食を食べに行く店、身につける服や靴や持ち物、利用する公共交通機関もすべて、ピラミッドの序列に従って意図的に、あるいは仕方なく選択をする。
飲む酒にもそれがあてはめられて、ラオカーオは現在、その最低のところに置かれている。有り体に言えば「車夫馬丁の酒」である。「酒席にこれを飲む者がいれば、その席の全員の沽券に関わる」とまで言う人もいる。東京で百年、数十年の歴史を持つ飲食店は、21世紀になっても焼酎を置かない例が目立った。タイ人も現在の日本人とおなじく、そのうちラオカーオの価値を認める日が来るだろう。あるいは前述の階級意識や見栄により、いつまで経っても同じだろうか。
エカマイからトンローにひと駅を戻る。そして何年も前から気に入っている店で汁麺を食べる。そこから駅へ戻る途中で散髪をする。記憶に残る床屋は姿を消していたため、別の、ヘアサロンと呼んだ方が似合いそうな店を使った。そのせいか料金は600バーツと、いささか高かった。
ほとんどすべての現金を部屋の金庫から持ち出した理由は焼き物である。トンローには気に入った骨董屋があるのだ。炎天下、額に汗を浮かべつつその店の前まで来ると、上の方だけ透けたシャッターから店内の灯りは見えるものの、シャッターの手前の鎧戸には大きな南京錠が掛けられていた。次は電話で営業日、営業時間を確かめてから来ることにしよう。
夕刻に至ってホテルちかくのマッサージ屋を訪ね、2時間のマッサージを受ける。そこから、かねてより行きたいと考えていたステーキ屋の前まで来ると、ここ何日も見ている看板には”OPEN DAILY”と書いてあるものの休みだった。仕方なく来た道を戻り、ホテルから表通りに出る途中の中華料理屋で食事を済ます。しかしどうも、気分が収まらない。
ラマ4世通りに出て横断歩道橋を渡る。クロントイ方面が渋滞を起こしている。僕もクロントイ方面へ歩き、きのうの日記に書いた、バンコク商業銀行の脇の道に入ってみる。陋屋といっても差し支えのない店で、ファランが女の人と食事をしている。僕の感想は「いいなー、こんなところでメシが食えて」だ。明日は捲土重来といくだろうか。
朝飯 名前を知らないカオゲーン屋のカオゲーン
昼飯 「東明」のバミーナム
晩飯 「日月楼」の炒土豆絲、溜肚片、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(水割り)