2021.10.25 (月) 鮎並と豆腐
財界を引退したMさんと、ある集まりを終えた後で立ち話になった。話題は、行きつけの店についてである。互いの好みには通じるところがあった。我々はいつの間にか、連れだって歩いていた。行き先は、先ほどMさんが口にしたうちのいずれかと思われた。しかし違った。
場所は銀座の2丁目だった。中央通りと外堀通りのあいだの一角である。その店の玄関は、傷むたび分厚い木っ端を釘で打ち付けたらしく、でこぼこしている。そのでこぼこには砂埃が溜まっている。馴染みのMさんはさっさと座敷に上がった。僕はかまちに腰をかけたまま、しばし躊躇っている。その逡巡は、まるであばら屋のようなその店の様子によるものではない。ここまで着いてきてしまって何ではあるけれど、僕はひとり飲みを好む。しかし遂に心を決めて、靴を脱ぐ。
床には左手の壁から5尺ほども間を開けて、一枚板がカウンターのように奥まで延びている。店主は壁を背にして仕事をする。客は煎餅布団に座る。畳はなくて板敷きで、その板と板の隙間から縁の下の砂が見えている。
できる料理は渋団扇のような紙に墨で書かた3品のみ。先ずはアイナメと豆腐の炊いたもの、3ミリ角ほどの刺身を10種ほど細長い皿に並べたものは4万5百円、そして炙った魚の干物。
特に注文もしないうちに、とりあえずは燗酒が出る。もっとも安いひと品と銚子1本で中座をしようと考えていたものの、この酒がやたらに美味い。
店の名は以前は「ささき」だったという。それなら現在の名は何だろう。しかし店主は気むずかしそうな男だから、何も訊かずに黙っている。店主によれば、漱石の三四郎の家とこのあばら屋とは、梁と煙突を共有しているという。また先の天皇の養育係が引退後に開いた居酒屋が、すぐ裏手にあるという。
ふと、自分はいま眠りの最中にあることに気づく。しかしこの夢は面白いから、いましばらく見ていられるよう、努めてみる。
朝飯 椎茸とシメジの味噌炒り、納豆、生玉子、「夏太郎」らっきょう、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、ごぼうのたまり漬、メシ、舞茸の天ぷらとパプリカの味噌汁
昼飯 「大貫屋」のチャーハン
晩飯 柿と菠薐草の白和え、刺身湯波、マカロニサラダ、豆腐と大根の味噌汁、豆苗の玉子とじ、鶏肉の味噌酒粕漬け、麦焼酎「こいむぎやわらか」(お湯割り)