2021.7.5 (月) ロンさん
僕にモノを売ろうとする人は、僕にそれを売ることはできない。何やら禅問答めくけれど、美空ひばりの「柔」の歌詞を引用すれば分かりやすい。「売ると思うな、思えば負けよ」である。
僕を訪ねてきて、あれこれ勧めるでもなく、しかしそのおっとりした風情により「この人からは、何か買ってあげなくては」と強く感じさせたのは、香港出身のワイン商ロンさんだった。結局のところ僕は、1996年の”Les Forts De Latour”半ダースをロンさんから買った。21年前のことだ。
ふたり目も名前はロンさん。こちらはカンボジア人。
2010年6月、栃木県味噌工業協同組合の親睦旅行でアンコールワットを訪ねた。超弩級の遺跡を2日間で見てまわるという、いかにも日本人の旅行にふさわしい無茶な日程の最終日に、僕は行きたいところがあった。インドシナが発展するにつれ消えつつある「カフェー」だ。カフェーとは、地元の歌手が舞台で歌い、客はそれを眺めながら食事をする、ひとつの飲食形態である。
ロンさんは「カフェー」という未知の言葉をようやく理解して、それをシエムリアップでは「ビアガーデン」と呼ぶことを教えてくれた。同行を募るとふたりが手を挙げた。夜の案内は、ロンさんの仕事には含まれない。心付けはいくら払うべきかと訊く僕に「それは、これから行くところで使ってください」と答えたロンさんに、僕を含む3人は計30米ドルを手渡した。
「柔」の2番には「人は人なり、望みもあるが、捨てて立つ瀬を越えもする」の文句がある。「仕事に恵まれるのは週に半分」と語っていたロンさんは、欲を捨てて30米ドルを得た。更に、ロンさんの人柄に惚れた僕は彼の電話番号を手帳に走り書きした。その携帯電話を2013年の初夏に日本から鳴らして、今度は個人旅行の案内を頼んだ。そして5日と数時間の働きに対して630米ドルを支払った。
いかにしてモノを売るか、という本が書店には満ち、インターネット上には動画があふれている。しかしふたりのロンさんのような売り方は、習得しようとしてできるものではない。
1996年の”Les Forts De Latour”には、いまだ手を付けていない。アンコールワットやバライはピラミッドに匹敵する遺跡ではあるけれど、あまりに巨大、あまりに濃すぎるから「3回は、どうかな」と感じている。もっとも昼はプールサイドで本を読み、夜はロンさんとビアガーデンに行く、そういう手はあるかも知れない。
朝飯 生のトマト、生玉子、刻みキャベツと肉団子、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、蓮根の梅肉和え、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、小松菜の味噌汁
昼飯 「ふじや」のタンメンバター
晩飯 トマトとコールスローのサラダ、カレーライス、らっきょうのたまり漬「浅太郎」、Old Parr(お湯割り)