2017.3.11 (土) タイ日記(3日目)
3部屋しかない小さな宿が、きのうは満室になった気配があった。朝8時をすぎて階下の食堂に降り、4種のメニュの中からきのうとおなじ”ABF”を選ぶ。ややあって、その食堂に小さな男児を連れたタイ人の若夫婦が入ってきた。静かで行儀の良い親子に心を癒やされる。
僕がプレーに来た目的は、環濠と土塁により守られた旧市街をひとまわりしてみること、本場の藍染めによる品物を手に入れること、プールサイドで本を読むことの3つである。自転車は使い放題らしく、宿の親切なオカミの案内もあって、ひとつ目、そしてふたつ目の目的の半分は易々と達成された。ふたつ目の目的のもう半分は、「アーティスト」がかった人による藍染めではなく、一般大衆のための藍染め製品を手に入れることである。
藍染めを売る店は、プレーから4Kmほど離れた、英語の表記によれば”Bann Tung Hong”という場所にあるという。よって初日に宿で手渡された絵地図を指しつつ、その場所をオカミに確かめる。”Indigo hotel”から4軒目の”Natural Mild Shop”がお薦めと、オカミは教えてくれた。
11時31分に自転車でホテルを出る。11時42分にテスコロータスの前まで来る。オカミによれば”Bann Tung Hong”はこの交差点から1kmとのことだった。それくらいの距離を走ってみて、しかし周囲は見わたす限りの、田舎の広い道でしかない。
不安を覚えつつ走りながら、左手に大きな地図を見つける。近づいて注意深く読む。サイアム商業銀行のマークの先に”Mohom market”の文字がある。「この道で間違いない」と、ふたたび自転車にまたがる。すると、近視と遠視と乱視の入り交じった僕の目にも、800メートルほど先の右側に、サイアム商業銀行の紫色と黄色による看板が見えた。
11時55分、左手に”The Indigo House Phrae”というホテルがあらわれる。オカミの言っていた”Indigo hotel”とは多分、ここのことだろう。あたりにはなるほど藍染め屋が集まっている。そして”Natural Mild Shop”はホテルの数軒先に難なく見つかった。
店に入り、ジンジャーブレッドからの紹介で来たことを告げる。他のものには脇目もふらず、タイパンツを出してくれるよう頼む。念のため試着をして即、これを買うことを告げる。価格は900バーツだった。宿を出てから30分も経っていない。
バンコクからデンチャイまでの列車こそまともに走らなかったけれど、プレーに来てからは主に宿のオカミの親切心により、すべては順調だ。
「交通量が多いから気をつけてください」とオカミが注意してくれた街道を、心を軽くして戻る。途中左手に、木の柱とトタン屋根だけの、さっかけ小屋のようなクイティオ屋に客の満ちているのを見る。即、その店の前に自転車を停める。
調理場の材料棚を一瞥して「センヤイナム」と注文をする。あるじらしいオバサンは、隙間の空いた前歯に舌を押しつけながら「センヤイナム」と、確認のため繰り返した。タイ語の発音は、日本人にはまったく難しいのだ。
席に届いたセンヤイナムには、煮込まれた鶏の手羽と足がたっぷりと入っていた。味も良い。オバサンが僕に何ごとか言う。その意味を分からずいると、皿に山盛りの生野菜を従業員のオネーサンが持ってきてくれた。もちろんすかさず、それらすべてを汁麺に投入する。
食べながら見ていると、入ってきた客は先ず、調理場の横のバットから生野菜を好きなだけ取っている。また、プラスティックのコップに氷と水を満たしている。なるほどこれは素焼きの水瓶を家の前に置いて「どなたでも飲んでください」とした、タイの古い美風とおなじではないか。僕は勝手に、この店を「ナムジャイ屋」と名付けた。
あとは一路、宿へ戻るのみである。市の中心部に入ってからは、知らない道にわざと迷い込み、街の地理をより深く知ろうとする。
シャワーを浴び、ベッドで休むうち14時を過ぎる。それから更に30分ほど経ったところで服を着る。代金を払えばプールが使えることを確かめておいた「メーヨムパレス」のロビーには、団体客が溢れていた。フロントできのうのオネーサンに60バーツを支払い、受け取った切符を手に奥のプールへと行く。そうして17時まで寝椅子で本を読む。
夕刻の街には、調理のための炭火の香りが漂っている。その匂いを頼りに自転車を走らせると、そこはきのう「まるで昼寝でもしているような」と感じた一角だった。「今日の晩飯はここにするか」と考えつつ奥へと進む。しかしここは持ち帰り専門の屋台街らしく、机や椅子の用意は無かった。また、きのうの昼に美味いバミーヘンを食べさせてくれた店には「11日から15日までお休み」と書いてあるらしい案内があった。
日が落ちるのを待って、ペットボトルに小分けしたラオカーオとコップを持ち「勝利の門」前の屋台街へと向かう。そうしてきのうとおなじ注文屋台にて、目玉焼きを載せた海老炒飯を頼む。このあたりで英語を使う人はほとんどいない。屋台のオヤジが何ごとか訊くので、とりあえず「日本人だよ」と答える。そしてまた、調理場の黄色い麺を指し「ラートナー」と訊くと、オヤジは頷いた。「明日も来るよ」と、これは英語で告げて、夜の街を宿へと戻る。
朝飯 “Gingerbread House Gallery”のアメリカンブレックファスト其の一、其の二
昼飯 「ナムジャイ屋」のセンヤイナム、薬味盛り合わせ
晩飯 「勝利の門」前の屋台街の注文屋台のカオパックンカイダーオ、ラオカーオ”Black Cook”(生)