2021.5.13 (木) マツタニ先生
きのうティオペペを飲むために使った藍色の小さなグラスを、朝、食器棚にしまう。定位置はすこし奥の方だから、先ずは手前に置いて、それを指先で奥の方へと押し込む。その際に、グラスの底が棚板とこすれてジャリジャリと音を発する。地震か何かでグラスが倒れ、割れ、それを片付けた後も、そこに小さな破片が残っているのだろう。気がついているならそれを掃除すれば良さそうなものを、そのままにしているのは僕の怠惰さのあらわれだろうか。
いざしようとすれば数分で片付くその小さな仕事を僕が怠っているのは、生来の怠け癖からのものともあながちは言えないと、心の中で思う。
日光街道に面して旧市街の中心にあったスーパーマーケット「かましん」は、4月のはじめにJR今市駅のちかくに移転をした。むかしそのあたりには古い洋館があって、そのマツタニ医院は僕のかかりつけだった。白髪にちょびひげを生やしたマツタニ先生は町医者だったから、内科も、また簡単なことなら外科もこなした。飼っているシェパードの具合が悪くなったときは、自分が注射を打って治す、などとも言っていた。
マツタニ先生は愛嬌のあるオジイサンで、僕は好きだった。診察室の窓際に寄ろうとすると「ガラスが危ない」と、いつも注意を受けた。注射液のアンプルは明るい窓際で割る、そういう習慣が、先生にはあった。
食器棚のガラスの破片をいつまでも拭かないのは、多分、僕がマツタニ先生を懐かしく思い出すために、無意識のうちにしていた行いなのだ。その破片を今朝は思い切って、綺麗さっぱりぬぐい取った。しかしまぁ、僕が先生を忘れることはないだろう。
マツタニ医院にはいつも、消毒液の匂いが濃く漂っていた。ひとけの無い待合室には、和田英作だか誰かの油絵が掛かっていた。シェパードは、善意の人が塀越しに投げ込んだ鶏の骨を食べて死んだと、後に聞いた。
朝飯 アスパラ菜と「ほぼカニ」のサラダ、納豆、若竹煮、ラタトゥイユを添えた目玉焼き、らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、ごぼうのたまり漬、メシ、揚げ湯波とアスパラ菜の味噌汁
昼飯 「食堂ニジコ」の海老そば
晩飯 らっきょうのたまり漬「小つぶちゃん」、「マルサン葡萄酒」の「醸し甲州2019」、トマトとキウイのサラダ、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、玉子焼き、鮪の「にんにくのたまり漬」和え、鶏の唐揚げ、芋焼酎「妻」(前割のお燗)、自由学園のクッキー、Old Parr(生)