2020.1.16 (木) それが義務になると
「日記、よく続きますね」と人に感心をされることがしばしばある。そのたび「趣味ですから」と答えている。「それにしても、20年も…」と更に問われれば、続く秘訣のようなものがないわけでもないことを伝える。それはすなわち針小棒大であり、牽強付会であり、我田引水である。
日記を書こうと強く決意して、しかし続かない人がいる。「儲かるウェブログ教室」というようなセミナーを受けても、その研修仲間と励まし合っても、書くことが義務になると、日記は続かない。
吉田兼好は、それで利を得ようとするでもなく、人の役に立てば幸いなどと考えるでもなく、ただの暇つぶしとして、身辺雑記、見聞きしたこと、また当時の逸話を書いた。アレン・ギンズバーグの「インド日記」は、ほとんど散文だ。
暇つぶしであれば、そこに義務の生ずる隙はない。散文も、義務に襟首を引きずられて書くものではない。「食べていくすべ」以外のことは特に、それが義務になった瞬間から、続きづらいものになるのだ。
朝飯 煮卵、切り昆布と豚三枚肉の炒り煮、大根おろしを添えた厚揚げ豆腐の網焼き、たぐり湯波の淡味炊き、白菜漬け、らっきょうのたまり漬、ふきのたまり漬、メシ、長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 「やぶ定」のあれや、これや、他あれこれ、5種の日本酒(冷や)