2019.3.23 (土) 白内障手術の体験談
昨秋、両目に白内障の手術を受けた。術後の検査は徐々に間遠になり、その最後と思われるものが来週に予定をされている。それに臨む際には、手術を体験しての感想文を書いてくるよう、あらかじめ紙を手渡されていた。その文章を、今日の朝飯前に書いた。以下にその全文を引用する。
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2016年6月に遠近両用のメガネを紛失しました。よってメガネを新調すべく馴染みのメガネ屋に行きました。すると検眼の際に「特に右目の視力が極端に落ちている。いちど眼科で診てもらうべき」と言われました。2ヶ月後に地元の眼科で診察を受けると、白内障と診断をされました。そして「白内障の手術は、以前はよほど悪くなるまで引き延ばしたものだが、今は、早く受けた方が良いという方向に変わってきている」と、説明を受けました。
そうは言われても、人が手に握ったメスで眼球を切られるなどは、手元の狂いなどもあるでしょうし、想像しただけで恐ろしく、手術を受ける気には、到底なりませんでした。
2018年5月、何かのきっかけから、ヤマザキケンイチロー先生による「人生が変わる白内障手術」という本に出会い、即、購入しました。本は平易かつ丁寧な文章によるため、1日で読めました。そして即「コンピュータに制御されたレーザーが水晶体を真円に切るなら安心だ。この先生に手術をしてもらいたい。しかしこの先生が九州や関西の人では、ちょっと遠くて無理」と考えつつ調べると、場所は埼玉県とのことで「だったら栃木県日光市からでも通える」と、2018年7月にオーミヤナナサト眼科を訪ねました。
手術日は、自分にとっての重要な日程を避けて、10月に決めました。以降は何度か術前の検査、診察を受けましたが、多種にわたる検査も、大勢の技師が手際よく行ってくれるため、待ち時間はほとんどなく、毎回、すぐに終わりました。ところで「コンピュータに制御されたレーザーが水晶体を真円に切るなら安心」とはいえ、怖さはあります。それをヤマザキ先生に伝えると「目は誰でも怖いです。頑張りましょう」と励まされました。
手術の当日、待合室で椅子に座っていると、手術室から出てくる患者さんたちが皆さん、穏やかな笑顔を浮かべているので「気が抜けるほど楽だったんだろうな」と分かりました。そしていざ自分の手術が始まってみると、それはやはり、とても楽なものでした。手術は20分ほどで完了しました。
手術を受けている間は、患者が安心できるよう、ヤマザキ先生や看護師さんが、いろいろと声をかけてくれました。
火曜日に右目、そしておなじ週の金曜日に左目の手術を受けました。極端に言えば、手術の最中の私は「鼻歌まじり」くらいの気楽さでした。白内障の手術を鼻歌まじりに受けるための要諦は、病院と執刀医を信頼することです。逆の言い方をすれば、信頼できる病院と執刀医を見つけることです。
手術の翌日に眼帯を外すと、外の景色が鮮やかに見えました。風景全体が青みを帯びて感じられる点については、3ヶ月ほどで慣れるということでしたが、実際にはそれより遥かに早く慣れました。手術前は、特に夜の街灯や信号機が、まるで観覧車のように大きく重なって見えていましたが、術後は若いころの見え方に戻りました。そして1日も経たないうちに、白内障を患っていたときの、極端な近視や乱視風の見え方は忘れてしまいました。
白内障手術を受けた後は、暗いところでは光が「グレア」とか「ハロー」という独特の見え方をすると、先生の本には書いてありました。しかし私の場合には「グレア」はまったく感じません。また「ハロー」についても、術前のひどい見え方にくらべれば、気にもなりません。
私は子供のころから視力が高く、50歳を過ぎてからの遠近両用メガネも、読み書きをするときにしか使っていませんでした。つまり煩わしく感じるメガネは、できるだけ使いたくありません。今回の手術では三焦点レンズを入れましたので、術後はメガネがまったく必要なくなりました。
白内障と診断をされた人は、先生が書いた「人生が変わる白内障手術」をすぐに読み、できるだけ早く手術を受けるべきと思います。お年寄りは、認知症が始まると、否、認知症でなくても、先生や看護師さんの言うことが理解できずらくなります。よって更に早く手術を受けるべきと思います。
白内障の手術を受けていなかったら、私の、特に右目は早晩、視力を失っていたでしょう。正に「人生が変わる白内障手術」でした。
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朝飯 塩鮭、切り昆布の炒り煮、しもつかり、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、らっきょうのたまり漬、ふきのとうのたまり漬、メシ、揚げ湯波と長葱の味噌汁
昼飯 ラーメン
晩飯 トマトとベビーリーフとモッツァレラチーズのサラダ、4種のパン、鶏肉と根菜類のクリームシチュー、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”