2019.2.5 (火) 今日の彼らを思い出せ
「まつやあたりでゆっくり酒が飲みてぇなぁ」と、年末の忙しいときにふと思った。今日はその、連雀町の蕎麦屋には来られたものの、仕事が控えているから飲酒はできない。
入って右奥、蕎麦打ち場の手前の席でカレー南蛮蕎麦を食べ終えようとするころ、白人のオニーチャンふたりが来て相席になった。ひとりは赤毛の髭など生やしているが、肌の具合や表情からすれば、ふたりとも、いまだ二十歳になるかならないかの年ごろだろう。
彼らは先ず、英語のメニュの左上の”CASH ONLY”の文字を指して顔を見合わせた。そして各自、小さなサイフを取り出して、その中身をテーブルに並べ始めた。500円玉が1枚、100円玉が1枚、2枚、3枚…。
このまま彼らが席を立つようであれば、1000札1枚を喜捨してやろうかと考えるうち、ふたりはやがて意を決したようにダウンパーカを脱いだ。そしてメニュのすべてのページを行きつ戻りつして、しかし何も決められない。持ち合わせが数百円であれば、元より天ぷら蕎麦などは食べられないのだ。
見るに見かねて”The best is…”と声をかけると、メニュから顔を上げた彼らの目に喜色が浮かんだ。僕は盛り蕎麦の写真を差して「ベストは盛り。いちばん安いし」と、ふたたび口を開いた。
やがて若女将が近づいて「ご注文はお決まりですか」と流暢な英語で訊ねた。オニーチャンふたりは声を合わせて”MORI!”と注文を通した。「盛り蕎麦、おふたつですね」と若女将は今度は日本語で答えて奥に去った。
酒でも飲んでいればもうすこし相手もしてやれただろうけれど、僕は自分のどんぶりを既に干している。よって目の前の蕎麦湯の桶に軽く触れつつ「後で、つゆにこのポットの中身、注いで飲むんだぜ」と伝えて席を立った。
日本の食べ物によほど興味があるのだろうか、気楽さを採れば立ち食い蕎麦で済むところ、神田の老舗を選ぶなどは大した根性だ。海外で何か逡巡をするようなことがあれば、そのときには僕も、今日の彼らを思い出すことにしよう。
朝飯 すぐきを薬味にした納豆、しもつかり、生玉子、大根の麹漬け、柴漬け、たまり漬「七種きざみあわせ・だんらん」、昆布と牛蒡と蓮根の佃煮、メシ、なめこと長葱の味噌汁
昼飯 「まつや」のカレー南蛮蕎麦
晩飯 「ビストロペイザンヌ」の牡蠣のチーズ焼き、羊のロースト、他あれこれ、白のグラスワイン、カベルネソービニョン系のハーフボトル