2018.10.10 (水) 「ガバナンス」は「統治」と言ってくれ
秋にタイの最北部から戻ると、初秋はおろか仲秋の空気さえ、既にして失われていた。つい数日前には台風25号の置きみやげのようなフェーン現象があり、列島の各所で30℃以上の気温が観測をされた。しかしそれは気温だけのことで、日は確実に短くなっている。
先週土曜日の夕刻、18時の閉店直前に駐車場に出て何気なく視線を上げると、国道121号線沿いの看板がいやに暗い。その瞬間、看板に時限装置着きの…と、その字面を眺めれば何やら物々しい、つまり「タイマー」という外来語を使いたくないからそう書いたわけだけれど、とにかく照明の電力通断機…これまた「スイッチ」という外来語を使いたくないからそう書いたわけだけれど、つまりタイマー付きの照明のスイッチを入れる時期が来ていたことに気づいた。
よって翌日の昼に、その看板の直下にある制御板の扉を開き、タイマーを設定した。今のところは16時から18時までの通電である。そうして夕刻を迎えると、当たり前のことながら看板の「日光味噌のたまり漬」の文字が闇に浮かび上がり、心は落ち着いた。
それはさておき、かつての植民地や多くの旧植民地では、高等教育の現場において、教科書は宗主国のそれをそのまま輸入して使われることが多いと、どこかで読んだ。つまり宗主国の言語の読み書きが自国語並みにこなせなければ、高等教育は受けられない、ということだ。
その仕組みは、外国語をひとつ強制的に身につけさせられる、という点においては優れている。しかし不便といえば不便、情けないといえば情けない。
日本では、明治初期の先輩方が頑張って外来語を日本語にしてくれた。しかし以降はその頑張りが弱まって、外国語をそのままカタカナで表すことが多くなった。何でも漢字にしてしまう中国語の文化圏に暮らす人たちが、なんとなく羨ましい。
朝飯 レタスとトマトのサラダ、鮭の昆布巻き、筑前煮、納豆、穴子の佃煮、大根のたまり漬、メシ、豆腐と万能葱の味噌汁
昼飯 「ふじや」の広東麺
晩飯 ジャガイモとレタスとセロリのサラダ、5種のパテ、パン、3種のソーセージ、“Petit Chablis Billaud Simon 2015”、”TIO PEPE”