2018.9.29 (土) タイ日記(5日目)
今朝の鳥は5時15分から啼き始めた。その声は「キュイッ、キュイッ」だったり「ギィーッ」だったり「ポッポッポロー」だったりする。カーテンを開け、ベランダへの引き戸を全開にする。すると遠くから鶏の声も聞こえてきた。朝食の用意をしているのだろう、食堂棟には既にして灯りが点っている。
このホテルは、昨年まで泊まっていた、コック川の中州に建つドゥシットには較べるべくもないものの、結構、広い。その広さを銀座の地理で説明すれば、正門は中央通りに、そして裏門は旧電通通りに抜けている感じだ。裏門の方が目抜きのパホンヨーティン通りにちかいため、僕はもっぱら、こちらの方を使っている。
よって今朝は、このホテルに来たときにしか通らなかった正門まで庭の小径を歩き、その外を散歩してみた。道を渡ると風景は一気に郊外のそれになり、種々の竹籠を製造販売している店、あるいは庭に置くコンクリート製の祠を売る店などが、途切れ途切れに並んでいた。また郊外型の、大きな食堂も目立った。
散歩から戻ると9時30分。ようやく薄日が差してきたところを見計らってプールサイドに降りる。
いま読んでいる岡村昭彦の「南ヴェトナム戦争従軍記」は、3月にフアヒンで読み始め、バンコクに移動するまでの数日間で256ページまでを読んだ。今回はその256ページから読み始めて、本日、最後の500ページに達した。
1965年4月、岡村は南ヴェトナム解放民族戦線の誤解からDゾーンのジャングルで捕虜となり、50数日間の厳しい監禁生活を耐えた。そして遂に、同戦線の副議長フィン・タン・ファットと念願の会見を果たし、親しく意見を交換した。その際、押収されていた3冊の本を彼に頼んで戻してもらうと、タン・ファットはそのうちの「魯迅選集」の扉にある魯迅の家族の写真を「じっと吸い込まれるように」見てから「もしできることなら、あなたがお帰りになるとき、記念として、この本を私にゆずっていただけないでしょうか」と岡村に頼む、この場面こそ「南ヴェトナム戦争従軍記」後半の白眉と、僕は感じた。
寝椅子で本を閉じるとポツリと顔に雨粒が落ちた。午後のスコールが来るのかも知れない。上半身にバスタオルを巻き付け、庭を歩いてロビーから40段の階段を上がって部屋に戻る。時刻は13時10分になっていた。
昼食を摂るため街に出る。食後は初日にも訪ねたマッサージ屋”PAI”で2時間ほどからだを揉んでもらう。係は今日もジェップさんだった。
チェンライでは土曜日の夜に、大きな市が立つ。それだけなく、広場に市民が集まり、地元の音楽を楽しみながら、飲み、食い、かつ踊って楽しむ。チェンライの滞在に土曜日が含まれるときには、僕はかならずこのサタデーナイトマーケットに出かける。早く行かなくては席が埋まる。すこし焦りつつホテルの裏口を出る。時刻は16時50分。
店を開きつつある露店のあいだをすり抜け、会場の広場には17時10分に着いた。案に相違して、席のほとんどは空いていた。市民は天気の行方を知っているのだろう、西の方で雷鳴が聞こえ、やがて雨が降り始める。僕はすぐちかくのセブンイレブンで買ったばかりのソーダと氷で席を確保してから大きな木の下に避難した。
幸いなことに、雨は間もなく止んだ。露店のひとつで鳥の心臓の串焼きを買う。別の露店で豚肉をバナナの葉に包んで蒸し焼きにしたものを買う。席に戻ると「国王賛歌」がスピーカーから流れ始める。時刻は18時。僕は地元の人たちと共に起立をする。
空が徐々に暗くなる。木々からはいつものことながら、異常なほど集まった鳥が、考えられないほど大きな声を発している。「空いてますか」と若いカップルに声をかけられて「もちろん」と席を勧める。19時にいつものバンドがステージに現れる。歌の達者な帽子のオジサンは今年も健在だった。
タイ人は日本人よりもよほど、個人の多様性を認める。あるいは個人の趣味や嗜好、あるいは性癖に干渉しない。僕にはそのように感じられるけれど、実際のところはどうなのだろう。変化に富んだ市民による踊りの輪が、だんだんと大きくなっていく。
広場にはいまや、1,000人を越えると思われる市民が集まっている。同席のカップルは去り、入れ代わるようにして、今度は老夫婦が来た。その奥さんが踊りの輪に加わるべく去ると、オジサンは手持ち無沙汰になったか、僕に盛んに話しかけるが、もちろん、何を言っているかはほとんど分からない。
「ホテルに戻る」と、オジサンの耳に口を近づけ、大きな声で伝える。銀糸を織り込んだ青いシャツのオジサンは「そうか」という風に頷いた。田舎の夜に眩しいほどの光を連ねた露店を眺めつつ、帰り道を辿る。
今夜は遠回りをして、朝、散歩をした方に回ってみる。このあたりにはムーカタの店が多い。ホテルの正門に何時ごろ帰り着いたかは、酔いも手伝って、記録はしていない。
朝飯 “Diamond Park Inn Chiang Rai Resort”の朝のブッフェのサラダと目玉焼き、エスプレッソ
昼飯 「カオソーイポーチャイ」のバミーナムニャオ
晩飯 鶏の心臓の串焼、豚肉をバナナの葉に包んで蒸し焼きにしたもの、ラオカーオ”YEOWNGERN”(ソーダ割り)