2018.6.22 (金) タイ日記(2日目)
気づくと枕元の灯りを点けたまま眠っていた。サイドボードに置かれた腕時計は2時42分を指している。バスローブに着替えているところからすれば、シャワーは浴びたようだ。寝室から主室に移ると、洗濯機が洗濯を完了している。昨夜の記憶には定かでないところがある。しかし部屋に戻ってからも、実はいろいろと、細々としたことをしたらしい。
持参した粉末スープを明け方に飲んだものの、6時を回ると空腹は耐えがたいほどになった。きのうフロントで手渡された食事券を見ると、朝食は5時30分から10時とある。よってそれまでのバスローブを服に着替えて1階に降りる。
9時2分にようやくきのうの日記を書き終える。「こんなに長い日記を誰が読むか」とは思うものの、書かずにはいられないのだ。その代わり、今日の日記は短くなるだろう。
9時35分、Patagoniaの青いバギーショーツの上に白いポロシャツを着て屋上のプールに上がる。屋上より更に高いところに留まった、少なくとも3種類の鳥が盛んに啼き交わしている。”Dusit Island Resort”の、中国人の客が来るとすかさず中国の音楽を流すプールよりも、耳への心地は格段に良い。鳥が多いのは、このあたりに点在する邸宅の緑陰のお陰だと思う。
プールの寝椅子に仰向けになって、3時間ほども本を読む。朝食を食べ過ぎたためか、腹が一向に減らない。昼食は抜くことにする。
午後はトンローのsoi7とsoi9のあいだにある、何度か使ったことのあるマッサージ屋へ赤バスでおもむき、昨年もフロントのオバチャンに勧められた2時間のコースを受ける。きのう30分ものあいだ強く揉み続けられた左の肩は、今日は萬金油を塗って撫でるだけにしてもらった。
ホテルに戻ってからは、ふたたびプールに上がることも考えたけれど、結局のところは部屋にいて、きのうの日記をサーバに上げたり、今日の日記の途中までを書いたり、あるいは窓際のソファに寝転んで、このホテルの7階より高く育った巨木を眺めたりして過ごす。
17時26分にコモトリケー君からメッセンジャーの電話が入る。渋滞がそれほどでもなかったので、もうアソークに着きそうだという。「渋滞がそれほどでもなかったので」ということは、会社のあるチョノンシーからはタクシーで来たのだろう。本来の待ち合わせは、ジャスミンシティの1階に18時20分だった。
そそくさと服を着て靴を履く。コモトリ君に頼まれた辛ひしおの大瓶を冷蔵庫から取り出し、ショッピングバッグに入れる。そしてsoi49のホテルから急ぎ足で、いや、それは嘘だ、タイに来れば誰でも歩く速度は落ちる、とにかくトンローの駅へと向かう。
「バンコクの中心はどこか」と問われたときの答えは、人によって違う。タイ人なら「王宮に決まっているではないか」という意見が多数かも知れない。バンコクの中心はアソークと、僕は漠然と感じている。アソークは僕の感覚からすると新宿のような街で、自分から近づくことはない。
コモトリ君と落ち合って10分も経たないうちに、ちかくの会社で仕事を終えた後輩アズマリョータロー君が合流する。そしてタイ中華の店で食事をしつつ、種々の情報を交換する。
帰りはアズマ君が、会社のクルマでホテルまで送ってくれた。時刻は20時17分だった。バスタブに湯を張って、からだを休める。そして21時18分にベッドに入る。
朝飯 “ADELPGI FORTY-NINE”の朝のブッフェのサラダ、トースト、コーヒー、オムレツ、ヨーグルト
晩飯 「堂記酒楼」のヤムウンセン、オースワン、グリーンアスパラガスとエリンギの炒め、焼叉、香港焼きそば、ラオカーオ”BANGYIKHAN”(ソーダ割り)