2018.5.14 (月) 東京MG(1日目)
下今市07:03発の上り特急スペーシアに乗り、9時21分に大井町に着く。東京MGの会場は駅前の「きゅりあん」だ。時間に余裕があるため、いつの間にか東口にできていたスターバックスでコーヒーを飲む。
サラリーマンが休日を使って自費で勉強ができるようにと、MGは当初、週末に開かれていた。それが平日にも開催をされるようになったのは、1990年代の中ごろと記憶する。
昨年、自分のMGの履歴を調べていて、総本山ともいうべき東京のそれに5年ものあいだ参加していなかったことに気づいて驚いた。そして早速、8月の平日MGにおもむいた。驚きついでと言ってはなんだけれど、参加者中に知った顔は数えるほどしかいかなった。自分は浦島太郎になってしまったのだろうか。
5階の会場には、ひとつの市場を形成するテーブルが9卓も並べられていた。参加者は53名。1990年代の平日MGは、せいぜい3卓から4卓ほどの規模ではなかったか。大した盛況ぶりである。席に着き、会場を眺めてみると、ニシジュンイチロー先生、ヨシエ先生、事務局のカワナベコージンさんを除いて既知の顔は4名のみ。何十年もの経験を持つ人たちの多くは僕と同じく、地方で、あるいは海外で、それぞれの場所で地方でMGを続けているのだろう。
10:00 第1期はルール説明。この説明は講義の側面も持つ。
14:30 第2期終了。
16:50 第3期終了。
第3期末の会社盤には、材料、仕掛品、商品の合計が11個、ワーカー1人にセールスマンは2人。教育チップ1枚、研究開発チップ3枚、宣伝広告チップ1枚がある。この陣容で損益分岐点比率236パーセントという、とてつもない赤字を出してしまうところが、僕という人間の特殊性である。固定費が売上総利益はおろか売上高をも超えるとは、尋常ひととおりの会社ではない。自己資本は朝の300円から22円へと、一気に落ちた。
MGの1日目の夜は、明日の午前中に控えた第4期の経営計画を立てる。経営計画の立案と聞けば何やら物々しいが、MGのそれはニシ先生のお人柄もあって、それほど肩の凝るものではない。
20時から21時までは、ロの字型に並べ替えたテーブルに参加者の3分の2ほどが残り、交流会が催される。この時間に得られるものは少なくない。そして片づけの後は皆とエレベータで1階に降り、駅へと向かう。
朝飯 独活の炒り煮、らっきょうのたまり漬「浅太郎」、炒り豆腐、トマトのスクランブルドエッグ、エノキダケの酢の物、山椒の佃煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、たけのこごはん、豆腐とトマトと万能葱の味噌汁
昼飯 MG会場で支給の弁当
晩飯 MG会場で支給の弁当