2017.9.19 (火) 宿題
店舗に向かって左手の目立たないところに坪庭がある。草木を愛でる趣味は、それほど持ち合わせない。しかしこの小さな庭に我慢できないほどの乱れがあれば、雑草を引き抜き、枯れ葉を拾い、踏み石の上の砂利を掃くくらいのことはする。
今朝はその坪庭の、ほとんど日の差さない湿ったあたりに秋海棠の咲いていることに気づいた。秋海棠には想い出がある。
いまだ10歳に満たないころ、自分の一番の楽しみは、ウチの番頭だったコイズミヨシオさんの家に泊まりに行くことだった。コイズミさんの家は朝日町の愛宕神社のちかくにあって、男ばかり3人の子供がいた。釜で炊いたごはんは美味く、おかずも、また味噌汁の具も家では目にしたことのないものばかりで、これまたすべて美味かった。
3人の少年は、それぞれ僕より2歳、4歳、6歳ほど年長だったように思う。彼らに加わり、愛宕神社の庭で近所の子供たちと交わるひとときは、集団で遊ぶことのなかった僕には、それこそ至福の時間だった。
コイズミさんの家には子供向けの週刊漫画が大量にあった。漫画をほとんど買ってもらえなかった僕は、それを片端から読んだ。飢えた猟犬が水を飲むようにして漫画を読んでいると、コイズミさんのオバチャンは、まるで珍しいものでも見るように「まったく静かでお利口だねぇ」と褒めてくれた。漫画を読んで褒められるなどは、まるで天国である。
3人の少年がそれぞれの遊び、あるいは部活動に散っていった午後、僕はコイズミさんの家の板張りの部屋で、絵の宿題をこなしていた。描いたのは秋海棠。背景は紫色に塗った。できあがった絵を見てオバチャンは「そう、ムラサキ… クリームが良いように思ったんだけど」と、すこし残念そうな口調で感想を述べたけれど、僕は気にしなかった。
秋海棠のピンク色を目にするたび、僕はコイズミさんのオバチャンを思い出す。コイズミさんのオバチャンは、数ヶ月前に会ったときには、僕のことはもう、誰やら分からないようだったものの、いまだ健在である。
朝飯 糸こんにゃくと切り昆布の炒め煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、青エンドウ豆の炒り卵、胡瓜のぬか漬け、塩鮭、メシ、三つ葉の味噌汁
昼飯 うどん
晩飯 冷やしトマト、糸こんにゃくと切り昆布の炒め煮、塩楽京、チーズ、穴子の佃煮、揚げ湯波と小松菜の炊き合わせ、麦焼酎「田苑シルバー」(ソーダ割り)