生まれてこの方アメリカ製のクルマを欲しいと思ったことはただの一度もない。しかし対象が靴であれば、その性能の優秀さに満足どころか一驚を喫した経験を二度もしている。
自分の足の甲の周囲は、左の方が右のそれより10ミリ長い。だから多くの場合、左の靴は右にくらべて常にきつく、血行を保つためしばし左の靴紐のみ緩めたりする。足の左右にこれほどの違いがあれば、靴はオーダーメイドに頼るしかないように思われる。しかしそのように左右非対称の足の持ち主にして一度目に驚かされたのが"Alden"のコードヴァン製Vティップだ。どういう仕掛けになっているのかは知らないが、これは足の形そのままに吸いつき、まるで革でできた足袋そのものである。空気のようにその存在を忘れてしまうほど肉体の一部になってしまう、それがこの靴の持ち味だ。
自分を驚かせた靴の第二は"WHITE'S"の"Semi Dress Boots"である。二重のステッチを持つ広いコバ、えぐるように削り取られたヒール、厚い皮の大きく褶曲した土踏まず、そこに打たれた銀色の鉄鋲。後ろへ向けて大げさに突出したかかとから足首へ向けて急に細くなるシルエットは南北戦争に従軍した兵士の軍靴のようでもあり、あるいはスカーレット・オハラが長いスカートの裾に見せていた半長靴のようでもある。
この"Semi Dress Boots"は遠方の靴屋より異なるサイズの2足を取り寄せ、より具合の良い方を選んだ。部屋の中で試着をし、そのままソファで眠ってしまったほどの履き心地である。いったん履いたら脱ぎたくなくなるほどの靴は珍しい。
ヨレたリーヴァイスにTシャツを引っかけ、各々が好き勝手なキャップをかぶった職人たちは、一体全体どのような技を駆使して、この精妙可憐にして剛健一途の作品を作り得るか。そして、このような優れた品を長く世に出し続けることのできるアメリカ人が、クルマにおいてはなぜあのように大味無惨、陳腐面妖なものしか作り得ないか。これは、いつまでも解けない謎のひとつである。