"Kiss of Fire"

利用する者の、きのう、おととい、あるいは1ヶ月前の行状でも "amazon" は憶えているからアクセスすれば大抵、身に覚えのある画家や音楽家の旧作や新作、あるいは写真集やDVDが当方の購買欲を刺激すべくそのトップページには並んでいる。

ある日、いつものようにこの巨大なウェブショップを訪ねてみると、いつどこで関連づけられたものか分かりかねるCDが目にとまった。シャンペンゴールドにオレンジ色を加えた絹のドレスを着て踊るソフィア・ローレン似の女、ミラーボール、そして煙草の煙に霞む客たちがそのジャケットには見える。コンボは "Harold-Mabern Trio"、スペシャルゲストには "Eric-Alexander" の名があった。

このCDは、巧妙な意図を持った "amazon" の仕掛けが 「きっと気に入るはずだぜ」 と勧める品物である。しかしてハロルド・メイバーンというピアノ弾きもエリック・アレグザンダーというサックス吹きも既知のものではない。苦く笑いながら僕は注文ボタンをクリックした。記憶にない地底の水脈から湧き出たアルバムは "Kiss of Fire" という。

モダンとモードっぽさが荒々しく混交するピアノ、それがブラジルの4拍子と絡み、ときに疾走する。通常であれば破綻のないリズムセクションの上を飛んでいくはずのテナーサックスがこのカルテットでは却って折り目正しく音の敷布を延べ、ピアノの奔放さを許している。「そこまでいじるこたぁねぇだろうが」 という "Blue Bossa"、「指、鍵盤よりも太いの?」 と訊きたくなるミスタッチの多さ、そしてときおり顔を覗かせる抒情。このアルバムは僕のクルマに常駐するただ1枚のCDになった。

ある夕刻、西へ伸びる高速道路は逆光に暗く沈み、その先の空には水色と金色の得も言われない縞模様があった。そして小さなホンダ車はまるで軽飛行機のように、その空へ向かって徐々に高度を上げていく。「ハロルド・メイバーンのピアノは、ひょっとして死んだ同級生ハセガワヒデオのピアノに似てねぇか?」 と思った。そして更に 「"amazon" のトップにこのCDをもってきたのはハセガワだったんじゃねぇか?」 とも思った。

インターネットのウェブは霊界と繋がっている、そういう神秘主義は信じないが、そしてピアノを綺麗に弾く技術においてはハロルド・メイバーンよりもハセガワヒデオの方がずいぶんと上ではあるが、それでもこのアルバムは大いに大いに悪くない。白眉は無論、表題の "Kiss of Fire" である。

Kiss of Fire
2005.1101