浜辺に置かれた色鮮やかでモダンな、しかし今となっては十分に歴史を感じさせる 「家」 をその表紙に見たとき、僕の耳は確かに、スタン・ゲッツの "Litha" を聴いていた。
1960年代のアメリカの、乾いて豊かで涼やかな風が感じられる。
砂の上から数段ステップを上がったヴェランダに、ひとりの男が立っている。近くの誰かに話しかけているような背中のカーヴだが、あるいは、サーフィンを楽しめるだけの波が立たない今日の昼下がりを、ボンヤリとやり過ごしているようにも見える。
壁の丸い穴の周囲にある4個の黒い点は、換気扇を固定するためのビスだろうか。とすればこの小さな建物は、キッチンを備えていることになる。
まばゆい海に面して、広い窓がはめ込まれている。右の窓は素通しだが、左の窓は、網戸が空の色を幾分、暗いものにしている。窓辺に置かれた小さな影は飾り物などではなく、なにかの実用品に違いない。
屋根の高さまで水平に跳ね上げられているのは、雨戸だろうか。実はこの家の窓は素通しで、日中は常に、オンショアやオフショアの風が吹き抜けているのかも知れない。
コンラン卿による "small spaces" という本をシンガポール・チャンギ空港の書店で見かけたとき、僕は一も二もなく手にとって、これを開いた。装丁は計算され尽くした美しさを保っていたし、第一僕は、狭いところが大好きだ。
プラスティックの筐体をふたつ重ねた風の軽快な家や、バスタブを用いた書斎などと共に、僕は、自分が子どものころに愛してやまなかった、押し入れをくり抜いて作った勉強部屋までをも、コンラン卿によって選ばれた "small spaces" のひとつとして、この本の中に見たような気がする。
ミニマムとは僕にとって、むかしも今も、抗しがたい魔力だ。