エラのクリスマスソング

エラ・フィッツジェラルドのクリスマスソングを聴いている。

Ella Fitzgerald / Ella Wishes You a Swinging Christmas UCCV-3001

この CD は、ジャズの名門 Verve レコードからリリースされたものだ。録音は1960年の7、8月、場所はニューヨーク。その年のクリスマスに備えての、盛夏の録音だろう。

のどの奥から響く艶、高音の可愛らしさ、粋なこぶし。エラは神経を集中しながら、軽く軽くスイングする。腕の良いパイロットが単発の小型飛行機に乗って、晴れた空を流している風景が目に浮かぶ。

軽いエラは新鮮だ。

高校生のとき、ひとりの同級生と高田馬場へ行った。同級生は YMCA の活動をしているらしく、僕ひとりを喫茶店に残して、近くの会合場所へ向かった。喫茶店は通りに面して解放された大きな窓を持っていた。明るい店内に似合わず、ジャズが流れていた。

店の男の人と常連らしい女の人が、次にかけるレコードの相談をしていた。やがて聞こえてきたのは、エラ・フィッツジェラルドの歌うゴスペルだった。「つまんねぇ歌だな」 と、僕は思った。

何年か前に、生まれて初めてエラのCDを買った。

Ella Fitzgerald / The Complete Ella In Berlin POJC-9241 \1,427

このアルバムの "Mack the knife" を聴いて、僕は泣いた。エラは曲の中でルイ・アームストロングの物まねなどをして、大した芸人ぶりを発揮している。別段、シリアスな歌ではない。それどころか彼女は歌いながら 「ヘッ」 と笑ってさえいる。それでも僕は泣いた。

この "Mack the knife" には、彼女の半生が、ヴァージニアに生を受けてからベルリンのドイツホールへ至るまでの42年間が、彼女の肉体やものの考え方が、偶然の幸運によって凝縮されている。

高校生の僕に、エラ・フィッツジェラルドの歌は分からなかった。彼女が酷暑のニューヨークで録音したクリスマスソングの軽やかさに、僕はまた新しいエラを発見した。

エラのクリスマスソング
2001.1201