「小型のランチアを一言で形容するなら、それはイタリアの宝石だ」
この静かなタッチで始まる小林彰太郎の名文は、1970年代前半の"CAR GRAPHIC"へのリポートだったと記憶する。
彼にそれ程の表現をさせた対象は "Lancia Fulvia Sport 1.3s"。 ランチア伝統の狭角V型4気筒エンジンを積む最後のモデルだ。このエンジンが世界初のモノコックボディを持つ"Lancia Lambda"にも用いられていた事実を考えれば、その基本設計は実に第二次世界大戦前にまで遡上することになる。
しかし更に驚くべきことは、この伝統のエンジンがファンのノスタルジーによって生き長らえたものではなく、まぎれもなく1960年代のラリーシーンにおける勝利のため積極的に求められたという事実だ。"Lancia Fulvia Sport" をクーペ化したラリーヴァージョンは特に "Lancia Rallye HF" と呼ばれ、このエンジンに掉尾の光芒を与えた。
1967年11月、ムナーリの操縦、ロンバルディーニのナヴィゲイションによるツールドコルスでのことだろうか、その興奮を伝える白眉の聞き書きがある。ミラノの出版社"Libreria dell’Automobile"によって1973年に出版された"Lancia Fulvia HF"30ページからの引用。
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We shot off to the third time trial at 7am morning.----------------------------------------------------------------
このとき、パワーにおいてはるかに優るポルシェに勝利した我がランチアの排気量は、ワイン2本分にも満たないものだった。Viva LANCIA!