「アイスクライミング」 イヴォン ・ シュイナード著 坂下直枝訳 山と渓谷社
この1977年に書かれた思想ある登山技術書は、今でも僕の冬山遊びの教科書だ。久しぶりに書棚から取り出してみた。探すべき語句は"SVEA123"。ところがどこにも見つからない。
シュイナードがこのスウェーデン製の小さなガソリン ・ ストーヴを激賞した文章は、いったいどこで僕の目にとまったのだろう。
1986年くらいのことだ。ある登山用品屋で、売れ残りのために安い値札のつけられたクレッター ・ シューズを、僕は衝動買いした。家に帰って再度はいてみると、いかにも自分の足にはきつすぎる。
僕は翌日、自分よりも少し足の小さそうな友人の横田柔道をたずね、これを引き取ってくれないかと頼んだ。すると彼の口から返ってきた言葉は 「俺のいらない道具と交換しないか?」 というものだった。
彼の家の玄関から出てきた金色の"SVEA123"を見て、僕は彼の提案を一も二もなく受け入れた。「これは上出来の取り引きだ」
このストーヴを使うのはもちろん初めてだったが、優れた道具につきものの単純さゆえ、僕はその扱いにすぐ習熟した。
1.付属のポンプで、燃料タンク内の圧力を高める。
2.燃料噴射ハンドルを、微妙に左に回す。
3.吹き出たガソリンを、燃料タンク上の凹部に溜める。
4.そのガソリンに点火して、その上のノズルを温める。
5.再び燃料噴射ハンドルを左に回して、気化したガソリンに点火する。
この小さな燃料タンクがどのくらいの容量を持つのか、僕は知らない。
でも、吹雪の男体山裏で、アスピリン ・ スノウの降る中禅寺湖畔で、ブルーアイスに囲まれた雲龍渓谷で、"SVEA123"はいつも、僕のお酒や湯豆腐や水餃子を、燃料の補給なしに2時間近く温め続けてくれる。
収納すると直径9.5Cm、高さ12.5Cmの円筒になるこの小さな優れた道具を、僕はいつまで使い続けることができるだろう。
故障はこの10数年のあいだ、ただの1度も経験していない。当然のことだ。なぜならそれは、"SVEA123"だから。