"Patagonia"のレインコート

1991年に見た最も美しいもののひとつは、ネパールの屋根瓦だ。

カトマンドゥから東へ15Kmほど進むと、バクタプールという古い都に行き着く。僕はこの街の真ん中にあるバドガオン広場の望楼で、熱いお茶を飲んでいた。多分、4月のことだったと思う。静かに降る雨の中、間近に見える寺院の屋根にびっしりと置かれた小さなネパール瓦。その苔むして濡れた風情の、なんとおだやかな暖かさ。

前日、僕は扁桃腺をはらせてカトマンドゥの"T.U.Teaching Hospital"へ行った。西方の血を感じさせる色の白いネパール人の医師は、僕に"ENT-infection"という病名を告げた。耳鼻咽喉系の感染症ということだろう。

処方箋通りに街のバザールで買い求めたインド製の抗生物質"Cifran500"が劇的に効いて、僕は翌朝からまた、活動を開始できたというわけだ。

静かではあるけれど、いつまでもやまない細く光る雨の中、バクタプールの迷路のような煉瓦の街を歩き回る僕が着ていたのは"Patagonia"のレインコートだ。平熱に戻ったとはいえ、前日までは40度近い体温。再度の発熱を恐れて内心はヒヤヒヤものだったが、このコートはその日1日中、僕の体を快適に保ち続けた。

今でも台風の街に出ていくときには、必ずこのコートに袖を通す。そんなときにいつも思い出すのは、1991年に見た、あのネパールの屋根瓦のことだ。

Patagoniaのレインコート
1998.0922