柳橋 「小松屋」

ふだん関東で苦手としている料理も、京都へ行くとすんなり食べられてしまうということが、ままある。 「てっぱい(ぬた)」 や 「白和え」 は、その代表だろう。どうしてこれらの食べ物が、関東では食べられなくて、京都では 「あー、これは美味い」 と目から鱗の落ちる思いで食べられるのか? それは「甘くない」 からだ。 京都の料理は一般に甘口と言われているけれど、これは 「淡口」 という意味なのだろう、京都の料理は糖分による強い甘さを決して持ち合わせない。

神田川のもっとも下流、隅田川と合流する直前にかかる小さな橋が柳橋だ。この橋のたもと、神田川の流れから柱を立ち上げたその上に、奇跡のような木造家屋がある。佃煮の「小松屋」だ。クルーザーの船室を思わせる極小の店舗には、数々の珠玉の佃煮が木目模様の円筒に納められ、美しく包まれて並んでいる。

「のりの佃煮」 は直球勝負だ。これを萩焼の高杯小鉢に盛り、酒肴にするのは夕刻の大いなる愉しみだ。全くといって良いほどに甘味を感じさせないこの一品をワサビと混ぜて、サイコロ状のマグロの刺身に少しのせると、海の香りはいっそう深くなる。

「穴子の佃煮」 を刻み、味つけを最小限に抑えたすし飯と共に、ちらし寿司にしてみる。 具は他にシイタケ、フキ、タケノコ、人参、ハス、芝エビ、じゃこ、白ゴマ、錦糸卵、きぬさや。酢〆めの鯛やヒラメを飾れば更に豪華になる。最後に木の芽。フワフワと甘く煮られた具の中で、穴子だけがキリッとした辛口を主張して、ひとつの点睛になる。軽く甘く流れそうな全体を穴子の辛口が、ワイン樽の帯鉄のようにしっかりとまとめてくれる。

また別の日には、冬季限定の 「牡蠣の佃煮」 をカクテルの肴として準備する。優れた肴を目の当たりにすると、酒を選ぶ楽しみも増そうというものだ。 ドライベルモットとドライシェリー、それにウォッカをステアしたソヴィエトは、この場面に打ってつけのカクテルだろう。

ソヴィエトをノドの奥に送り込んでから、ペティナイフで半割りにした牡蠣を口に含む。貝柱の部分は塩辛く、固く締まってコリコリと歯を喜ばせ、内臓の部分はほろ苦く、ネットリと舌を愉しませる。そしてまた、ソヴィエトのグラスを口に運ぶ。 舌の上の塩味と牡蠣の香りをソヴィエトが上品に洗い、坪庭をあしらった半地下のバーには静かで豊かな時間が流れていく。

小松屋の佃煮は「甘くない」 のだ。男っぽくて骨っぽくて、ただ美味いばかりなのだ。

小松屋 小松屋
小松屋
〒111-0052 東京都台東区柳橋1-2-1 TEL.03-3851-2783
日曜日 ・ 祝祭日定休 9:30~18:00 (土曜日は17:00まで)
2000.0322