「ワインに最も似合いの肴はブドウだ」 と、主張する女の人がいます。 こういう女の人を僕が好きか嫌いかといえば、それは好きに決まっていますよね。これだけの真ん真ん中に入る直球は、そう誰にでも投げられるものではありません。それになにやら内田百閒風のユーモアさえ感じられます。素性の悪い女に、こういう物言いはできません。
1983年に読んだ椎名誠の本 「わしらは怪しい探検隊」 は、登場するフジケンという少年の存在が美しくて悲しくて懐かしくて、僕の心を振るわせました。 ところでこの椎名誠は 「この世で一番美味い飲み物はビール、それに一番似合いの肴はウニ」 なんてことを言います。ビールにウニぃ? 「わしらは怪しい探検隊」 は大好きな本ですが、ビールとウニの組み合わせには首肯しがたいものがあります。
やっぱり 「ワインにはブドウ」 だよなー。
とろこで程良く冷えたブルゴーニュの軽い赤には、甘い物がよく合います。たとえばアンズのタルトとか、あるいは表面をちょっと焦がしたガトー ・フロマージュとか。先日、いささか腰が緩み加減になってきたブルゴーニュの古い赤を飲みながら自由学園のクッキーを食べたら、これがめっぽう似合いました。
長方形の缶の中に、まるで汗牛充棟のようにギッチリ詰まった伝統的な形のクッキー。これをサクッと食べながら、分厚い、どちらかといえば野暮ったいグラスでブルゴーニュの赤をスーッと飲む。サクッと食べながら、スーッと飲む。サクッと食べながら、スーッと飲む。キリがありません。
中でも、まるで菊の花のような形の丸いクッキーが、僕の1番のお気に入りです。特に軽い歯ごたえのそれは 「仙人が喰ってたカスミって、実はこのクッキーだったんじゃねぇか?」 などという想像さえ湧いてくる楽しい逸品です。
これは量産品ではありません。自由学園の卒業生たちが家内工業的に生産している品物です。 「ちょっとー、注文してから何週間たってると思ってんのよー」 などという世俗的なクレームを発する可能性のある人は、最初から注文しないでくださいね。