「この世でいちばん美味い湯豆腐は?」 と訊かれたら、僕は即座に
「吹雪の夜、奥日光の雑木林に張ったテントの中で食べる、コールマン ・ スポーツスターの上のミルクパンで調理した湯豆腐。タレは横田柔道の奥さん手製の柚子風味のやつ。豆腐はそのへんのスーパーで売っている、ごく普通のものでOK」
と、答えるでしょう。
美味い食べ物にありつけるかどうかというギャンブルにおいては、シテュエイションというものが、その勝負のかなりの部分を左右すると僕は考えます。
銀座8丁目から4丁目にむかって、並木通りの右側を歩きます。三井アーバンホテルの隣はポルシェ ・ ビル。これを過ぎるとシグナスというジャズ ・ クラブのある第五秀和ビル。この第五秀和ビルのもっとも4丁目寄りに、その路地の入口はあります。
100人のうち99人は気づかずに通り過ぎるような狭い路地の奥に、小さなビストロを発見した僕は、静かに驚喜しました。この表現、おかしいですか?
古いビルの一階部分なのか、意外や高い天井。まぶしいほどに白い漆喰の壁。オープン ・ キッチンに4人がけのカウンター。合計で10席分の、いくつかの四角いテイブル。紙のメニュもありますが、僕の視線はいきおい、入口ちかくに下げられた 「今日のおすすめ」 という黒板に誘導されます。
お酒はちょっと贅沢をして、この店にあるたったひとつのシャンペン、ディアボル ・ ヴァロア ・ ブリュを注文しました。
「はまぐりのエスカルゴ風」 うーん、ニンニクとバタと貝類の好きな僕は、これを頼まずにはいられません。熱い皿の上のひとつを食べると、酒飲みの僕にとっては少し塩気が足りない感じです。
「すいません、塩ください」 と言うのもちょっと恥ずかしいかなーと思いながら二つ目を食べると、こちらはちょうど良い塩梅。このばらつきも、愛嬌のうちでしょうか。
「ウニタマ」 は、スクランンブルド ・ エッグにスプーンを差し込むと、その奥からオレンジ色のウニが現れる楽しい一皿でしたが、卵をもっとレアに仕上げてくれれば、更に美味でしょうね。
「白子のグラタン」 は、表面がカリッと焦げた中から、トローリと例のコクのある果実がムニュッと出てきます。これも、もっと塩を利かせて、おまけにバタもコテコテにしていただけると、もっと僕の好みになるのですが。なにか、文句ばかりつけてます。
「フォアジャガ」 これは、当方の想像力を高速回転させずにはおかない料理名です。
果たして白い大皿に、二つ割りの切り口を上にした熱々のジャガイモが2個。ここに分厚く大きなフォアグラのパテがバンバンッ! と載っています。このフォアグラが、ジャガイモの熱によって徐々にトローリと溶けはじめて、これはもう、たまりません。味付けは、皿に散らした塩胡椒のみ。
溶けだしたフォアグラによって光沢を帯びたジャガイモを先に食べるべきか、それとも熱を帯びて柔らかみを増した、フォアグラの角の黄色い脂の部分からナイフを入れようか、あるいはやはり、双方を同時に頬張るべきだろうか。ここで僕は、東海林さだお風の物狂おしけれ状態に突入しました。
この料理を、僕はこの店の白眉としてお薦めします。価格も2500円ですし。ちなみにこれを真上から俯瞰すると、ジャガイモよりもフォアグラが大きくて、つまりジャガイモがまったく見えません。
ということで僕の視線は次のひと皿を求め、ふたたび入口近くの黒板に向かうことになります。リードボーのソテや仔牛のモリーユソースなんてのもありますが、運が良ければ、ここの若い主の試作品である、牛の面身(つらみ)のミジョテなども出してもらえます。
ところで僕は、このGOURMETペイジを 「グルメ本には出ていない、僕が見つけた美味しい食べ物屋さんの紹介」としています。しかしこの "Bistrot Cache Cache"、ふと覗いたグルナビで念のため検索してみると、既に掲載されているんですね、驚きました、というか残念! URLは、以下です。
https://r.gnavi.co.jp/g150600/ でも折角ここまで書きましたので、このコンテンツに入れることにしました。
最近、このパターンが多いんです。 根津に隠れ家のような日本料理屋を見つけたところまでは良かったのですが、実際に食べてみて、ネタ帳で紹介文を練っているうちに、グルメ本に紹介されちゃったり。
あ、言い忘れましたが、ここのデザート 「焼きチョコ」 は凄いですよ。
カップに入れてオーブンで焼いたチョコレイトを白い皿にカポッと落とし、その横にバニラのアイスクリームをドーンと配置します。大きなスプーンで、コワントロウをスーッとかけまわして出来上がり。こっれっはっ、最高です。
作曲家の團伊玖磨はかつて 「女はバスト、ウエスト、ヒップで計らずに直径で計れ」 と言いましたが、うん、これはいわゆる 「直径で計るデザート」 です。しかも美味い!