某日、きのう机上のメモに残した仕事を、コンピュータを使ってさらりと終える。
サモアの酋長ツイアビは、白人であるパパラギについて、
「パパラギは、いつでも早く着くことだけを考えている。彼らの機械の大部分は、目的に早く着くことだけがねらいである。早く着けば、また新しい目的がパパラギを呼ぶ。こうしてパパラギは、一生、休みなしに駆け続ける」
と言った。また、
「丸い金属と重たい紙、彼らがお金と呼んでいる、これがパパラギたちの本当の神様だ」
とも言った。
コンピュータは、「お金」 という目的に 「早く着くため」 の道具だ。多くの人は、コンピュータを使って素早く金儲けの方法を見つける。そしてすかさず、次の金儲けに向かって、ふたたびキーを叩き始める。
ツイアビはまた、このようにも言う。
「たとえば私が馬で村を駈けぬけようとする。たぶん早くは行けるだろう。だがもし、私がぶらぶら歩いて行くとすると、いろんなものも見物できるし、友だちも私に声をかけて、家の中へ呼んでくれるだろう。目的地に早く着くことが、大した得になるわけではない」
コンピュータを使っても、それで何ごとかを発見すれば、もう安心をして、あとはのんべんだらりと過ごす僕のような人間についてなら、ツイアビも少しは、ゆるしてくれるだろうか?
ぶらぶら歩く時間を得るために目的地へ早く着くということにこそ、僕はコンピュータを使いたい。